第2話 囮 (中編)


 ほどなくして、ジュダスは無事に聖剣を手に入れた。目的を果たした勇者一行と僕は来た道を引き返していた。







「くらえっ! ≪疾風斬≫!」

「グギャァァァ!!!」


 ジュダスが放つ高速の刃が熊のような大きな魔物を八つ裂きにした。注意深く観察するまでもなく絶命しているだろう。それを確認したジュダスは聖剣を握る手をゆるめ、乱れた金髪と呼吸を整えた。


 さきほどジュダスが放ったのは【スキル】と呼ばれるものだ。職業ジョブに応じて得られる特殊技能で、ほとんどのスキルは発動させるために魔力を必要とする。また、職業ジョブによって習得できるスキルの数や性能などは大きく異なる。


 とくにジュダスたちのような、勇者や聖女などといった優秀な職業ジョブを備えている人たちは別格で、数えきれないほどの強力なスキルを獲得している。


 僕は安全な後方で、彼らが多彩なスキルを使って戦う姿をうらやましく思いながら見ていた。だって僕は、スキルを得ることができないから。


 こうしてまざまざと差を見せつけられると、彼らと僕との間にある天と地ほどのへだたりを痛感させられる。僕は胸をしめつけられる思いがして、奥歯を食いしばった。


 ややあって、ジュダスのもとに他の魔物たちとの交戦を終えてパーティメンバーが集まってきた。彼らは何やら深刻そうな面持ちで会話を始めた。


「おい、次から次へと魔物がいてくるぞ! キリがねぇ!」

「もとはといえば、ヴェルガーくんが不用意に大きな声を出すからですよ。まったく、あれほど注意したというのに」

「しょうがねぇだろ! そこの荷物持ちがモタモタしてんのが悪いんだ! 怒鳴どなりたくもなるっての!」


「ジュダス様、いかがいたしましょう? この調子で戦っているとすぐに魔力と体力を消耗してしまって、出口まで到達できるか分かりませんわよ?」

「ああ、そんなに心配しなくていいよ。俺の可愛いテレジア。こういう時のために、ちゃんと用意はしてきたんだ」


 ぼんやりと彼らの会話に耳を傾けていると、ふいにジュダスがこちらへ視線を送ってきた。それから他の三人を押しのけて近づいてくる。


 さっきのジュダスの言葉から、僕が背負っているバッグに用があるのだろうと思って差し出した。ジュダスが僕の手からバッグを受け取る。彼はそれを肩にかけると、


「マッド、今までごくろうさん。君はここまでだ」


 突然、そんなことを告げてきた。意味が分からなかった。思わず、「え?」と間の抜けた声がこぼれる。


 しばし呆然としていると、ジュダスが冷たい視線を向けながら剣をひらめかせた。途端に僕は、左足の太ももに燃えるような熱を感じた。


「ぐっ!? ああああああっ!!!」


 熱はすぐに激痛へと変わり、そこで僕の頭はようやく彼に斬られたのだと理解した。洞窟の壁からもれる淡く白い光に照らされて、傷口からドクドクと赤黒い血が流れ出ているのが見える。


「ひ、ひどい! いきなりなにするんですか!?」


 しゃがみ込んで傷口に手を当てながら声を張り上げる。しかし、ジュダスは無言で見下ろすばかりだ。分からない。どうして斬られたのか。知らないうちに、彼の気に障るようなことをしてしまったのだろうか?


 などと考えていると、ジュダスは後ろに首を回して信じられないことを口走った。


「よし、これで逃げられないだろ。ディーン、こいつに≪アトラク≫をかけて」

「なっ!?」


 それは、じゃないか!?


「なるほど。マッドくんを囮にして、その隙に出口まで行こうということですね?」

「そういうこと」

「まあ! さすがはわたくしの愛しくて賢いジュダス様! 名案ですわ!」


 な……なにを……。


「それはいいけどよ、ジュダス。こいつが戻ってこなかったら、こいつの家族や親しい連中が俺らのことを怪しむぜ。悪いうわさを広められても面倒だ。また金を握らせて黙らせるか? それともいっそ始末しちまうか?」


「そんなことしなくていいよ。こいつには身寄りも恋人も友達もいないってことは調べがついてるんだ。だから、俺たちがあれこれと手を回す必要はないよ。それに、こいつを雇うときギルドを通さなかったから、いなくなったことに気づくヤツは一人もいないさ」


「おっ、そうなのか。なら安心だぜ。さすがジュダス、抜かりがねぇな」

「でしょ? もっとめてくれてもいいよ」


 なにを……言っているんだ?

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