第9話「僕よりもバカな人っているんですね!」

「どうして勉強をするかと言えば、それは、舐められないようにするためかな」


恵那(えな)博士は珍しく、乱暴な言葉を使いました。太一(たいち)くんは、少しびっくりしてしまいました。


今日も午前中から、人生について語り合って、パチンコで期待値拾いを少しして、貯玉でお菓子とお酒を交換したりして、軽い打ち上げをしていました。博士も、酔っていたのかもしれません。


「舐められるってどういうことですか?」


話を広げるべきではない気もしましたが、太一くんは、博士に聞いてみました。


「いや、言葉が悪かったね。なんて言うかな。世の中は、良い人ばかりじゃない。勉強ができても、できないくても、馬鹿にされることってのは、あるんだよ」


「そうですね。僕もたまに、南端高校?とか聞かれて、中卒だと答えると、相手は変な顔しますもんね。ああ、馬鹿にされてるんだなーと」


「私もね、中途半端に良い大学を卒業しちゃってるから、学歴を言うと、嫌なことを言われることもあるね」


「大学出たのに悪口言われるんですか?」


「そうだね。まあ、学歴と仕事が折り合ってないって思われちゃうんだろうね」


太一くんは、博士と初めて出会った時のことを思い出しました。太一くんは、壁紙などの内装をやっていましたが、同じ現場で博士も別の業者の一員で入ってました。


今日は、博士はたくさんお酒を飲んだようです。話をしているうちに、太一くんも酎ハイが進みます。


「それで、舐められないってのはどういうことですか?」


「そうだね。どれだけ悪口を言われても、正しいことは正しいし、間違っていることは間違っている。それを知るために必要なのは、学びなんだよ」


お酒に酔ってはいるけど、博士は真剣です。太一くんも、真面目に聞いていました。少し雰囲気が真剣すぎたかもしれません。博士は、ちょっと冗談ぽく言いました。


「まあ、勉強すれば、パチンコにも勝てるしね」


「そうですね。博士からボーダーと遊タイムのことを教わって、僕もパチンコで勝てるようになりましたね。1パチですけど」


博士と太一くんは、主に遊タイムの期待値拾いを続けてました。博士の見立てでは、ユニバースⅢの1円パチンココーナーは、だいたいがボーダー以下でマイナス調整のようです。つまり、打つほどに負けます。


4円パチンコは、海物語シリーズの状況が良いようです。4円パチンコの遊タイム期待値のある台は、拾えませんでした。1パチ遊技者よりも、4パチ遊技者は立ち回りが上手なようで、美味しい台は、ほとんど落ちてませんでした。


「4パチの方がもっと勝てるのじゃないですか?」


と、太一くんは度々言ってましたが、射幸心の強さから、博士はおすすめしませんでした。ボーダーなどを知るために、太一くんは4パチにも挑戦してましたが、やがて、1パチに戻ってきました。スマートフォンで調べたボーダーを上回っている台は、なかったようです。


「朝の抽選を受けている人で、パチンコに行く人がほとんどいないからね」


入場順の抽選を受ける人は、その時々のメイン機種やジャグラーに行く人が大半です。


「バカな僕が言うのもあれですけど、信じられないG数でやめちゃう人もいますよね」


「そうだね」


「僕もそうだったんだろうけど、この人は知らないでパチンコしてるんだなーと思います。それでね、博士、怒らないでくださいよ。僕、そういう人のことを、ちょっと見下してます」


「まあ、怒らないよ。私もそうだよ。ただ、他人を見下しても、期待値はプラスになるわけでもないし、そういう気持ちからも脱したいとは思うけどね」


「どういうことですか?」


「パチンコも、パチスロも、勝ち負けってのはるけど、誰より勝っているとか、負けているとか、そんなのは収支には関係ないからね。考えないですむなら、それにこしたことはない」


「博士は偉いですね」


「……私はね。期待値のある台を、追加投資しないで、やめそうな人の素振りを見るのが得意なんだ。ハンドルから手を話して、残保留を見守るよね」


二人は、わははと笑い、この日、何度目かの乾杯をしました。博士は後年、自著にて次のように書きました。


―コンプレックスのある人こそ、パチンコ屋に行ってほしい。そこには、あなたのいた世界とは、違う人々がいる。優越感に浸ることを推奨する訳ではないけど、ちょっと学べば、誰かに勝てるかもしれない。あなたを苦しめた世界とは、きっと違う世界が広がっている。パチンコ・パチスロは遊技です。のめり込みに注意しましょう。



博士と太一くんは、貯玉無制限の週や土日は、せっせと貯玉でパチンコをして期待値を積みました。博士は、パチスロの期待値も拾っていて、太一くんは、パチスロにも興味を持ったようです。今までは、素通りもしなかったパチスロコーナーも歩き回るようになりました。


博士と1パチ勝負をして、ボーダーや遊タイムについて語り合い、お酒を飲み、パチンコ屋に行く。太一くんが店内で見えている視界の広さ、そして、解像度は、以前よりも確実に増しているようです。


博士は常々思います。パチスロとは、生命の輝く瞬間である……と。それを太一くんに伝えるこそこそが、自分の生まれてきた意味なのじゃないか?と、酔った頭で考えてました。


パチンコで覚えた学びの大切さ。太一くんの本当の学びの戦いは、まだまだこれからです。

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