第4話「一万円使い切ったら負けだよ?」

「算数ができてもできなくても、大当たり確率は変わらない。だけど、数えたり、足したり、引いたりすることを放棄している人は、きっと勝てない」


恵那(えな)博士な真剣な表情に、声の調子に太一(たいち)くんは、少しびっくりしてしまいました。博士は、パチンコ屋で祈る老人達のことを思い出し、つい独り言を言ってしまったでした。


太一くんに、パチンコにおける算数の重要性を説明するには、遊技機そのものの仕組みなどにも触れないといけません。どうしたものか……と、博士は考えます。


「いちばん簡単に言うと、パチンコで一番大事なのは『数えること』なんだ」


「魚群の数を数えたらいいんですね!」


「いや、そうじゃなくてだね……」


「じゃあ、何を数えるんですか?」


「1000円あたりの回転数だよ」


「1000円で当たったら、勝ちですね!」


「う、うーん……」


博士は、もどかしさを感じています。パチンコの勝つ理論というのは、いわゆるボーダー理論で説明できます。数を数えるというのは、その初期的な話です。


「この前に一緒に打った海物語は、大当たり確率がだいたい99分の1の台だったね」


「そうなんですか?だから、すごい連チャンした訳ですね」


「1円パチンコだったけど、1000円で60回転する台と、70回転の台があったら、どっちを打ちたい?」


太一くんは、そういう話ですか、という顔をした後で、答えた。


「そりゃ、70回転の台ですよ。博士、僕にもそれくらいは分かりますよ?」


「だろうね。つまりは、数を数えるってのは……」


「でもですよ?」


太一くんは、大きな声を出した訳ではありませんが、博士の言葉を遮りました。


「どんだけ回っても、かかったら同じじゃないですか?確変入ったら一緒でしょ?だから僕は、海のヤツなら魚群。大工のヤツなら、激アツが来そうな台を打ちますけどね」


博士は、祈る老人達を思い出しました。太一くんに算数の大切さを教えよう思っていましたが、その前に国語、あるいは道徳、いや、科学全般の話が必要なのかもしれません。


―太一くんの心を支配しているものは、強固なオカルトだ。そのほとんどは根拠がない。しかし、数字という事実よりも、強烈に支配している。その支配を振りほどくのも、やはり、学びしかないのだ。


博士は、これまで太一くんと様々な話をしてきましたが、今が、一番、熱を帯びているように思えました。


「あいわかった、太一くん。勝負をしないかい?資金は1万円、私が出そう。一ヶ月後にどれだけ増やせているか?そういう勝負だ」


「え!?いいんですか!?あざーっす」


「ただし、レートは1円パチンコだ。いいね?」


「打つ台は自由ですよね?」


「もちろん。期間は一ヶ月だよ」


座学の前に、まずは実践からと博士は決めました。博士は、勝つ自信はありましたが、パチンコは運も大きく作用します。ここでスマートに勝てれば、話はスムーズに運ぶはずですが……?


二人は、同時に歩き出しました。太一くんの瞳の中には、きっと、大木槌を担いだ大工が映っているでしょう。


こうして、太一くんと恵那博士の1円パチンコ勝負が始まりました。ルールを確認しますと、1.資金は一万円。2.期間は一ヶ月。3.一万円使い切ったら終了。4.一ヶ月後の出玉が多い方が勝ち……です。


「太一くんは、会員カードを持っているかい?」


「いいえ、持ってませんけど?」


「じゃあ、今回作ったらどうだい?端玉をお菓子じゃあなくて、貯玉できるよ?」


「僕、オマケのお菓子も好きなんですよね!」


4.に関してですが、景品交換は自由で、一ヶ月後に手元にある金額と、貯玉数などの合計で競います。勝負の開始の日に、博士の勧めで、太一くんは、パチンコ店・ユニバースⅢの会員カードをしぶしぶ作りました。


「最近、僕は運がいいので、きっと勝ちますよ?」


「まあ、お手柔らかに頼むよ」


なぜか二人は握手をして、パチンコ勝負が始まりました。打つ機種は自由ですが、ユニバースⅢの1円パチンココーナーだけです。低貸だけにしたのは、博士の優しさでした。博士は、レートは低ければ低いほど良いと考えています。


太一くんは、内装のアルバイトの後に、ユニバースⅢに行きました。大工のキャラクターの台や、人気のアニメとタイアップした台を好んで打っていたようです。


博士は、書き物などを終えた後、夕方頃からユニバースⅢに行きました。店内を見回して、パチンコや、時々、スロットも打ちました。スロットに関しては、太一くんの勝負とは別です。お店に行くけど、休憩コーナーでマンガを読むだけで帰る時もありました。


土曜日と日曜日は、午前中から博士の家に集まって、人生について語り合いました。パチンコ勝負に関しても、少しだけ話しました。


「調子はどうだい?」


「ま、まぁ……ぼちぼちですよ。最近は、ヒキが落ちてる気もしますけど。博士はどうですか?」


「まあまあだね。あの店は、良い客層だね」


「へえ」


最近は、パチンコの話が多かったので、違う話もしようと、博士は思いました。


「太一くんは、神社には行くかい?」


太一くんと博士は、同じ小学校出身です。小学校の隣には、神社があります。


「行きませんね。神様なんていないので」


「そうかい。私は、時々行くよ。お祈りするんだ」


「お祈りしても、お賽銭あげても、意味ないと思いますよ」


「そうだね」


「勝てる時はね、なんか。分かるんですよ。台が呼んでます」


また、パチンコの話になってしまいました。神様は信じないけど、自分の中の感覚は信じる。博士は、太一くんの心の有り様に思いを巡らせます。かつては、自分もそうだったように思えました。


「さて、これから私はユニバースⅢに行くけど、太一くんも来るかい?」


「あ……僕は、今日はやめときます。今日は、かからない気がするんで」


「そうかい。じゃあ、私は行ってくるよ」


「はい。じゃあ、また来週」


博士は、パチンコ店に向かい、太一くんは家に帰りました。


「今日も、打てる台があったらいいのにな。しかし、太一くん。嘘はいけないな」


そんなことを呟きながら、博士は線路の下を通る地下道を歩いたのですが、反対側から人が来ていたので、少し驚きました。独り言を知らない人に聞かれるのは、恥ずかしいものです。


今日は、土曜日なので、博士は粘るつもりです。店内を歩き回った後に、休憩コーナーに行きました。今日は、ノートパソコンで書き物をしながら、待つようです。待つのもパチンコだと、博士は考えます。


果たして、二人のパチンコ勝負の結果やいかに?

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