第3話「念で魚群を呼ぶんですよ!」
太一(たいち)くんの名字は大木(おおき)なのですが、本名とは関係ないですが、中卒です。
小学生の頃は、足が早かったから、女子からも人気があり、クラスでもちやほやされていましたが、中学にあがると徐々に勉強についていけなくなり、純粋に学力不足で高校に進学できませんでした。
「勉強って役に立つんですか?」
というのが口癖の太一くん。勉強で辛い思いをしてきました。勉強で楽しかったことや、勉強で得したことは、ただの一度もなかったのです。
中学を卒業して、2、3年はブラブラしていたのですが、親の知り合いの内装業者のところで『手元』として働き始めました。手元とは、下働きの見習いです。「言われたことをやっていればお金を貰える」と彼は言います。
恵那(えな)博士との出会いは偶然でした。複数の業者が入っている仕事現場で、スマートフォンを見ていた博士に、太一くんから、なんとなく話しかけたのがキッカケでした。
「その漫画、面白いですよね?火曜日が楽しみになりました」
意気投合して話すと、住んでいる場所も近所だったから、時々、博士の家に集まって、語らうようになりました。学力や学歴にコンプレックスのある太一くんは、難しい話は嫌がりましたが、それでも、博士は色々な角度で、人生や、時には哲学のような話をしました。
色々と話す中で、共通の趣味であるパチンコを絡めると、太一くんの食いつきが良いことが分かりました。
「足し算、引き算が出来たら、パチンコで勝てるんですか?」
「そうだね。できなくても勝てるけど、できた方が勝てるだろうね」
「バカな僕が言うのもあれですけど、電卓使えばいいじゃないですか」
「電卓を使ってもいいよ」
「でも、この間、海のヤツを打ってる人で電卓を使ってる人なんて、多分、いませんでしたよ」
パチンコ店・ユニバースⅢ。1円パチンコの海物語。詳しいスペックや機種名はさておき、大当たり確率は約99分の1。その島のことを思い出すと、博士は少し暗い気持ちになります。
―それは、遊技としては正しいのかもしれないが、液晶画面を扇ぐように、手を右から左へと動かす動作は、魚群を求める『祈り』だ。液晶を凝視するが、玉の打ち出しはコントロールされておらず、1円と言えど、小銭が投げ捨てられている。
そして、博士の気持ちをさらに暗くさせるのは、太一くんも同じ『祈り』をしていたことでした。数十年後の太一くんが、祈り続けているかは、博士にかかっているのかもしれません。
博士の気持ちは前向きでした。そうはさせない。祈っても祈らなくても、魚の群れは遊技者に平等だ。博士は、そう考えます。
この物語は、勉強で損してきたマイナスを取り戻し、ゼロに戻ろうとする太一くんの成長録であると、後に恵那博士は思いました。
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