第百五十五話 首都ファーランド




 大陸横断鉄道に乗ること数日、我々はザルカヴァーの首都であるファーランドに到着した。

 同じ規模の大国として、名が上がるのはやはり俺の母国である皇国だが、皇国の首都ガレリア――まぁ、皇都と呼ばれる事の方が多いが、機械的な発展をした皇都よりも、このファーランドは景観に重きをおいているようだ。


「おぉ……」


 俺は駅から降り立つと、街並みに目を奪われた。

 駅から放射状に大きな道路が全方向に広がっていく。まるで、世界の中心がここかと錯覚するほどに、視覚的に魅せられる。

 家屋や建造物、会社や店が入っている建物は外壁が深い乳白色、屋根が深い茶色に全て揃えられており、ところどころに植えられた背の高い樹木とうまくマッチしている。

 そして、何よりも目を引くのは大陸横断鉄道の線路と十字に交差する様に真っ直ぐに引かれた水路だ。

 観光客を乗せた小舟がゆっくりと漕がれる様は、この国ののどかさの象徴とも言えるのではないだろうか。


「んで、ファーランドまで来たはいいけど、こっからどうすんだよ?」


 ファルド殿がイドラ殿に向けて問い掛けた。


「此処に、大地の起源者が住んでいるのですよ」


「普通に街中に住んでいる……と?」


「ええ」


 俺は、まさか起源者と呼ばれる存在が普通に街で暮らしているとは思っていなかったし、当たり前のように話すイドラ殿にも驚きを禁じえなかった。


「なにか、勘違いをしているのかもしれませんが、別に起源者だからといって、人とかけ離れた存在というわけではありませんよ。生活に重きをおくのであれば、人口の多いところに暮らすほうが便利なのは、人だろうと起源者だろうと変わりはないでしょう?」


「確かに」


 そう言われれば、アリア殿も普通に食事もしていたし、睡眠もしていた。

 戦闘能力に関しては、確実に人のそれでは無いが、その他の面に関しては、確かに人間らしい部分が多かった。


「我々、四大起源テトラ・オリジンは、確かに人間の様に生まれたわけではありません。豊穣の起源者であるレイア・アウグストゥス・アウローラ様より、起源紋を分け与えられ、彼女の眷属体として生まれ出た生まれながらの起源者。それが我々です。

 ですが、我々は自らを誇りと思いながらも、やはり人として見てもらいたいという側面も持ち合わせているのですよ。

 それ故でしょうか。大地の起源者である彼が、人に溶け込もうとしたのも、ね」


 イドラ殿の言葉に、俺もファルド殿も口を噤んだ。彼等をよく知らない者が簡単にああだこうだと言える事でも無いからか、あまり気が合わないファルド殿とも行動が同調した。

 

「話が長い。エロみどり。早く大地の起源者の所に行くべき」


「その呼称は即刻やめていただきたいところですが……。貴方のような一般からかけ離れた価値観を持つ人には何を言っても無駄なのでしょうね」


 シグレ殿が無表情にそう言えば、イドラ殿はため息混じりに嫌味を吐いた。


「そう、私は特殊。選ばれし人間。だから、エロみどりが何を言っても無駄」


「くっ……」


 どうやら、この二人も、鉄道旅の間にそれなりに仲良くなったようだ。


「とはいえ、このファーランドの人口は六百万。一人の人間を捜すというのは中々に骨が折れそうですね」


 ルーファス隊長の言葉は最もだ。街の規模もそうだが、人口、それに本人が隠遁しているようであれば、尚の事調べはつきにくい。

 しかも、相手はあのアリア殿と同じ起源者だ。本気で隠れられたなら、そうそうは見つかるまい。


「それに、その大地の起源者ってのは、元々の名前を名乗ってんのかよ? 偽名で暮らしてる可能性だってあんだろ?」


「確かに……。寧ろその可能性の方が高いかもしれませんね」


 ファルド殿の言葉に俺は同調した。起源者という存在の特性上、自らの名をそのまま使うメリットは薄いだろう。アリア殿の様にこのアーレスで生きていく為の名前に変わっていると見るべきか。


「そうですね。大地の起源者――グスタフは、起源者としての誇りはもっていますが、名前に固執する程プライドが高い性格では無い。ですが、アリアがアリア・アウローラと本来の名の名残を残したように、グスタフもそうした名残を残しているかもしれません」

 

「でも、そんなの本人じゃ無ければわからない」


「貴方達、この場で意味の無い議論をしても無駄でしょう。とりあえずは役所に出向き、住民登録等から調べるのが良いでしょう」


 ルーファス隊長が場を諌め、方針を提示した。イドラ殿は悔しげに唸っている。

 あんた達……まだ仲が悪かったのか。


「全員で役所に行くのも無駄ですし、イドラ、ファルド、シグレは、この首都のウェスティン商会に行き、紅の黎明ウチの補給部隊の連絡員と接触しなさい。本部を出る時に、現地ファーランドの連絡員には調査を依頼してありますから。

 私とヴェンダー君で役所に向かいましょう」


「流石、隊長ッスね。根回しが良いッスわ」


「ぐう……」


「完敗だな。エロみどり。仕方が無いから私の胸で存分に泣く事を許すぞ」


「結構!」


 なんだ――この漫才は。

 俺は少し呆れつつも、ルーファス隊長に感服した。

 どこか、自分達だけでやらなければいけないと思っていたが、紅の黎明の組織力を使わない手は無い。

 自分達は、実働部隊。起源者の捜索と保護が目的なのだ。だが、紅の黎明には、補給部隊や武装を制作する職人衆までいる。

 ましてや、ファーランドや皇都等の大都市にはそれなりの人数が配置されている筈。

 そう考えれば……。人口六百万の大都市で、たった一人を見つける事も不可能では無い気がしてきたぞ。


「では、行きましょうか。ヴェンダー君」


「はい!」


「では、調べが終わったら、端末で連絡をします。ファルド、そちらの纏め。宜しくお願いしますね」


「了か――って、あっ! そういうことかよ!」


「フフ、では後ほど」


 ルーファス隊長は、愉快げに笑みを浮かべながら歩き出したので、俺もそれに続いた。


「ルーファス隊長、ファルド殿がなにやら憤っていましたが、どういう事なのですか?」


「あぁ、癖のある人間を押し付けられた事に気が付いたんでしょう。ですが、今回の人選を鑑みれば、この分け方が一番良いですからね」


 確かに、戦闘技術の拙い俺と、ルーファス隊長がペアの方が良いと言われればそれまでだ。


「ふ、戦闘面だけではありませんがね。仮に貴方とイドラとシグレで行動出来ますか?」


 そう言われると、あの漫才に巻き込まれるだけでは無く、この街のウェスティン商会が何処なのか、連絡員とのやり取りをそのメンツでまともにできるのか等、様々な不安がよぎった。


「ま、そういう事です。それに期待をかけるようですが、貴方はいつか副部隊長クラス――いや、もしかすれば、部隊長クラスにまでなれるかもしれない可能性を感じます。なので、今のうちに私の行動の仕方などを見ていて欲しいのですよ」


 そう言われ、俺はとてもではないが過分な言葉だと思った。

 自分の力は自分がよく知っている。とても俺に、そこまでできる力は無いだろう。


「謙虚さは、時に傲慢なものですが、貴方の謙虚は、私は好感を持てますよ。

 なのでね、単純に貴方の事が気に入ったから育てたいと思っているんですよ。私は」


「――っ」


 なんて真っ直ぐな、嬉しい言葉を掛けてくれるのだ。


「期待に応えられるよう、鋭意努力致します……!」


「宜しく」


 ルーファス隊長の背に続き歩く景色が滲んでいた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



「さて、此処が役所ですよ」


「やはり、首都の役所ともなると大きいですね」


 着いた先は役所というか、ビルだった。

 まぁ、これ程の都市だ。行政に関する業務も相当な量があるのだろう。


「実は、ここには私の顔馴染みが勤めてましてね。あまり警戒されたくないので、一人で話を通してくるので、ヴェンダー君は、少しお茶でも飲んでいてくれませんか」


「わかりました。では、そこのカフェに居ますので」


 俺はそう返事をすると、ルーファス隊長の背を見送り、カフェに足を進めた。

 カフェは、役所の中にあるだけあって、清潔感があり、小綺麗な印象があった。自然光がふんだんに取り入れられ、植物のインテリアも多い。

 役所勤めオアシスなのだろうという印象だった。


「いらっしゃいませ」


 販売員の女性は、赤髪の女性だった。白いブラウスが似合う、華奢で爽やかな笑顔を向けられ、俺はついどきりとしてしまう。


 (これは、俺が勤めていたなら通ってしまうかもな……。)


「え〜、アイスティをいただけますか」


「かしこまりました。ミルクとシロップはどうなさいますか?」


「いただきたいです」


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 丁寧な対応のあと、手慣れた手つきでアイスティを作り始めた。

 その流れるような所作に、つい、ぼーっと彼女を眺めてしまうと、胸元に名札を見付けた。


 (ウェンティア・アウローラ――アウローラ!?)


「あっ、あの――!」


「はい?」


 しまった。咄嗟に声を掛けてしまった。確か大地の起源者の名前は、グスタフ・アウグストゥス・アウローラ。彼女では無いのは分かっているが……だが、こうなれば聞くしかないだろう。


「あの……。貴方は、グスタフ殿と関係のあるお方でしょうか……?」


「――っ」


 俺が問えば、彼女は鋭く息を飲んだ。この反応は、何か関係があるのは明白か。


「……とでした」


「?」


 彼女の声はか細く聞こえない。

 だが、胸の前で腕を抱き、震える様は普通では無い。

 意を決したかの様に、彼女は俺の目を見据えた。


「――グスタフは、私の夫でした」



 

 

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