第四章 災禍の渦中へ

第百五十三話 ヴェンダーの歩み


「じゃあね。ルーファス。それに皆も。必ず無事で帰還する事。いいね?」


 新団長、スティルナ・フォルネージュ殿が、見送りの言葉を我々に送ると、ゆっくりと飛空艇が上昇していく。

 スティルナ殿は、凛々しさを感じさせる新たな装いに、漆黒の太刀を二振り穿いたその姿は、傭兵界隈でも伝説的存在として語られるに相応しい圧倒的な存在感を感じさせた。


 ――当時、『銀氷の剣聖』と謳われ、世界最強の傭兵であった『灰燼』サフィリア・フォルネージュと双璧をなした傭兵。

 至高とまで言われたその剣技、剣閃は見る者を魅了し、斬られた者は死に際ですら、その太刀筋や、流麗な体捌きに見惚れ、美しいと言い遺したのは有名な話だ。

 灰氷大戦と呼ばれる伝説的な私闘の際、両脚を失い引退していたのだが、実の娘であるリノン殿を取り戻す為、そして奥方であるサフィリア殿の後任として紅の黎明に復帰し、新たに剣を振るう事を決めた。


 そこに至るまで様々な想いがあっただろう。

 己の信念を果たす為、道を拓き歩みを進める。切り替えと言えばそうなのだろうが、並大抵の事では無い。


 伴侶を失い、娘を奪われ、それでもかつての怨敵に挑むというのだ。


 ――俺なら、同じ事が出来るだろうか。


 俺はこれでも、元々、皇国の軍人だ。皇国軍時代は戦争行動への参加はした事こそ無かったが、国内のテロ鎮圧や、国境周辺の警戒任務に就く事はあった。

 だが、大切な者を失った経験など無かった。

 紅の黎明の作戦で、母国である皇国に弓を引く事。そして、短い間だったが、様々な事を俺に教えてくれた『荒獅子』ガレオン・デイド殿を失い、俺は、これが傭兵の世界なのだと思い知った。

 ガレオン殿程の強者でも生命を失い、俺のような弱者が生命を拾った。


 それがたまらなく悔しく、未だに俺の脚が前へ進まない理由でもある。


「ヴェンダー」


 スティルナ殿の傍らに、氷像の様に精緻な美貌が並び、俺に何かを投げ落とした。


「っとと!?」


 慌ててそれを掴み取ると、それは銃弾だった。俺の使う武器に適合した弾丸で、尚且つ、弾頭には水晶の様な輝石が蒼く輝いている。


「これは――」


 上を見上げると、金糸の様なプラチナブロンドを陽光に輝かせ、氷の微笑が目に入り、俺は思わず息を呑んだ。


「お守りです。困った時に使いなさい。それと、お互い無事で、また会いましょう」


 手元の銃弾と、女神のような美貌に視線を往復させると、俺は銃弾を握り締める。


「ありがとうございますっ!!」


 俺は人生で一番大きな声を出して礼を言った。


 ――周囲の視線に気づく事なく。



 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



「いやぁ、お前。中々あっちー奴だなぁ?」


「ホント、見直した。もっと陰気な根暗男かと思ってた」


「相手があのアリアというのが、なんともむず痒いですがね。アレは見てくれは良いですが、中身は酒と博打に溺れた快楽主義者でしかありませんからね」


「君達、あまり他人を揶揄うのは辞める事だ。他者を見下す精神は慢心を生むからな」


 我々は、ザルカヴァー王国行きの大陸横断鉄道に乗り込み、個室に入るといきなりファルド殿が俺をイジり始めた。

 だが、全員が各々好き勝手に喋るから、誰が何を言っているか良くわからない。

 協調性が無く、チームとしての先行きがいきなり不安になる。


「それにしても……、ヴェンダー君。随分と物々しい得物になりましたが、ちゃんと使えるんでしょうね? それ」


「お気遣いありがとうございます。ルーファス隊長。未だ近接戦闘には自信はありませんが、ゴルドフ隊長と防御術の訓練は出発まで最低限行ってきましたので」


 傍らの、人の背丈程もある巨大なウェポンケースに手を這わせ、ルーファス殿に愛想笑いをする。


「貴方のその想いは理解できない訳ではありませんが、取り回しの効きづらい武装が、貴方の生命を奪うきっかけにもなるという事、忘れてはいけません。その為にも、常に修練に励む事です」


「はい。ありがとうございます」


 俺がルーファス殿に礼を述べると、すぐファルド殿が俺に話を振ってきた。


「つっても、戦闘スタイル的には基本狙撃が主なんだろ? んじゃ今回に関しては、俺と一緒に大人しく後衛に徹しとけ。今回は、つえ〜前衛も居るんだしな」


 ファルド殿は、軽薄な感じで窓際の席に何故か正座で座る少女を親指で指した。


「人を指で指すな。ちゃら助」


「誰がちゃら助だ! 誰が!」


 憤慨するファルド殿だが、俺は内心良いぞもっと言えと、つえ〜前衛こと、シグレ殿を応援した。


「あの少女も、リノンと同じ剣術を使うのでしたか」


 眼鏡を掛けた若草色の長髪の青年。イドラ殿が興味深げにシグレ殿を見やった。


「ジロジロいやらしい目で見るな。エロみどり」


「なっ!? 私は別に貴方の様な年端も行かぬ少女に欲情などしていませんただ貴方がリノンと同じ流派と聞き興味を抱いただけです全く失礼なそれにだれがエロみどりですか訂正しなさい!」


「凄い早口でよく噛まなかった。凄いじゃんエロみどり」


「だから誰がエロみどりですか! 私にはイドラ・アウグストゥス・アウローラという立派な名が――」


「やれやれ、騒がしいな。だが、そうですね。もし、この五人で戦闘行動を行う場合、シグレとあの男……イドラが前衛、私が中衛で、ファルドと君が後衛というのが基本になるでしょう」


 イドラ殿とシグレ殿の口喧嘩を無視して、ルーファス殿が俺に基本的な陣形を伝えてくる。


「ファルドはあれで、視野の広い男です。頼りにしてあげてください」


「は、はい」


「勿論、私の事も頼りにしていただいてかまいませんが、ね」


 自信と余裕を浮かべたルーファス殿の微笑は、嫌味さがなく、頼もしくすらあった。

 

 ――一応、ここに居る全員の戦闘スタイルと、出発までの間行っていた訓練は見て来ている。

 イドラ殿はリノン殿に全身の関節を叩き折られていた為、治療にのみあたっていたようだが、他のメンバーの得意な事は見る事が出来た。


 シグレ殿は、リノン殿やスティルナ団長と同じ水覇一刀流の使い手で、剣技や体術。そのどれもが高水準で纏まっており、やはりリノン殿の戦いを彷彿とさせるが、スティルナ団長曰く、シグレ殿は護りの太刀を得意としており、持久戦に長けるとの事だ。うまく連携する事ができれば、戦いの危険度を大きく下げる事が出来るだろう。

 

 ファルド殿は、狙撃という点においてはおそらく――この世界では最も優れた存在だと思わされた。自分の存在を相手に感じさせない技術や、超長距離狙撃の命中率等、それら全て技術が俺よりも一段上のものだし、何よりもファルド殿は近接戦闘もそれなりにこなせるのだ。これは俺とは大きく違う点だった。

 同じ戦闘スタイルだからこそ、しかも聞けば年齢も俺と同じ二十四。だというのに、これ程の力の差があるというのは、やはり才能なのか、それとも紅の黎明という環境なのか。軽薄な性格こそ好きにはなれないものの、傭兵として尊敬出来る実力を持っているのは間違い無い。


 そして、ルーファス殿に感じた印象は、正直なところ、化物。という印象が強かった。

 ミエル殿もそうだったが、部隊長クラスというのは皆ああなのだろうか? とても、同じ人間とは思えない。

 ブレードライフルのストックを延伸させ、斬馬刀の様な形状から繰り出される技法は、円回転を主とし、遠心力を存分に活かした重い一撃が、嵐の様な連撃となって相手を蹂躙し、中距離では、正確無比な銃撃と、『雷』の異能を併用した幅広い戦闘技術。更に遠距離でも、俺やファルド殿と差異のないレベルの狙撃能力を備えた万能の傭兵であり、俺にはこの人が、傭兵としての終着点にすら見えてしまった。

 ――そして、俺が目指すべきはこの人だと、そう思わされた。

 今回の任務の間……後ろから、存分に学ばせて貰いたいものだ。


「さて、ザルカヴァーまで、あと二日。騒がしいですが、ゆっくり身体を休めておきましょうか」


 未だ口論をしているイドラ殿とシグレ殿。そして時折両方を煽るファルド殿。呆れながら眠りについたルーファス殿。


「俺は……何か甘い物でもたべるか」


 テーブルの上のメニューを眺め、コンシェルジュを呼ぶ。


「すみません。この藻塩とレモンのチーズケーキを下さい」


「かしこまりました」


 思えば、ほんの数カ月前か。アルナイルに乗ってリノン殿と戦ったのは。

 車窓から流れる平原を見つめて不意にあの頃の事を思い出した。

 (あの時は、アルナイルという借り物の力で気が大きくなっていたな……。)

 勿論、太刀一本で叩き伏せられ、情けなくも醜態を晒したわけだが……。

 

 (あの頃から、俺は少しでも成長できているのだろうか)


 強くならなければ、また失うのだ。ガレオン殿の様に。大切な者を。


 強く、ならなければ。ここに居る人達を守れるくらい、強く……。


 


 

 

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