第百五十二話 戯者の戯言
私達が飛空艇に帰還すると、父様達は張り詰めた空気の中、何者かと通信をしているようだった。
「――戻ったか」
イーリス叔母さんが苛立ちを隠さない表情で此方へ振り返った。
その時ヨハンさんが抱えていた意識の無いミエルさんを一瞥し、ぐっと歯噛みした。
「成程。分かったよ。それが貴方の選択だというのなら、認めるさ。これまで先達として、朋友として、尊敬と信頼を寄せていたが、それもたった今、激情へと変化したよ」
「おいおい。おっかねぇなルナ。そう睨むなよ。
――まぁお前の言いたいことも分かるぜ? だが、これは傭兵の本分……いや、性ってもんだろ?」
この声……まさか。
「それに、身内を殺られてんのはお互い様だろ。イーリスが言うには、ウチのレヴィアやビクトル達だって、イーリスや『鮮血の魔女』にブッ殺されちまってんだからな。それからすりゃ感謝してほしい位だぜ。
ぞわりと背筋を撫でられるような声色の中に、どこか愉快げな雰囲気をもたせながら、その男は鼻で笑った。
私は歩み寄り、父様の後ろから通信端末を覗き込むと、やはり声の主は私の知る人物だった。
「ネイヴィスさん……」
いかにも歴戦の傭兵といった精悍な顔付き。顔の中ほどまでに広がった火傷の跡。左の眼には機械の義眼が仕込まれ、瞳の輝きは無い。そして、齢五十を超えて尚、相変わらず白髪の一本も混じらないその夜空の様に深く黒いその髪は、『
「んお、リノンか。久しぶりだなぁ。色々大変だったな。……にしても、ますますルナに似てきたじゃねぇか。こいつはオジサン、将来が楽しみだねぇ。
……と、言いてぇとこなんだが、ワリィな。オジサン敵対しちゃったよ」
「――は?」
「別働隊で、ルーファス達が動いていたんだけど、そちらが彼に壊滅させられた。
――そして、イドラを含む四大起源の三人が殺されたんだ。彼にね」
ネイヴィスさんと、父様の言葉に、私のみならずアリアが激しく動揺した。
「貴様……! スティルナの朋友でありながら何故その様な事を……!!」
アリアの言葉に、ネイヴィスさんは、一瞬疑問を抱いたが、彼の中で何かが腑に落ちたのか薄く笑った。
「お前、確かアリアっていったか。お前さんも確か起源者ってやつだったよな。なら、お仲間が殺られて、さぞかしムカついてんだろう。
だがな。仕方ねぇだろ? これは俺の仕事なんだ」
「依頼者も選べないのか! 戯神の下になどついて、何が傭兵だ! ふざけるな!!」
激昂するアリアを見て、通信端末越しのネイヴィスさんが
「はへぇ〜。やれやれだぜ。オイコラひよっこ。本来、傭兵ってのは依頼者なんか選ばねぇんだよ。金と名声の為なら、何でもやるのさ。それが傭兵だ。
サフィリアやルナの目指したモンは確かに立派だろうぜ。強大な武力でもって国同士の諍いを減らす。おーおーコイツぁ崇高だァ。
……でもよぉ。本来人間ってのは争い続ける生きもんだろうがよ。戯神のヤローから聞いてるが、それはテラリスだろうがアーレスだろうが変わらねぇ。こいつはな、人間に仕組まれた欠陥なんだよ」
「何が、言いたい」
「ここまで言っても分かんねぇのか? 今回の戯神のヤローが仕掛けてんのは、間違いなくこのアーレスで史上最高の
ならよ、一人の傭兵としてこの史上最高にブッ飛んだ祭りに参加しなきゃ、男が廃んじゃねえか」
――理解が、出来ない。この人は本当にそんな理由で戯神に加担しているのか?
「それなら、友である私の側について欲しかったものだけどね」
「それこそ依頼でもくれりゃあ請けてやったかもしれねぇよ? まぁ……それでも俺は戯神の方についたと思うけどな」
「貴様、何がしたいんだ」
ネイヴィスさんの思考が読めずにアリアが鋭い視線と共に問い掛けた。
「だぁから、さっきから言ってんだろうが。お前、その顔で馬鹿なのか? 俺はな、派手に戦いてぇんだよ。今や世界最高の傭兵団とまで言われる
あぁ、分かってしまった。この人は、どこまでも傭兵なのだ。
戦いが好きで好きで大好きで、頼られ報酬と引き換えにその力を振るう傭兵という稼業が大好きで、傭兵ネイヴィス・ヘイズゲルトという自分にこそ、誇りと生きがいを持っているのだ。
「まぁ、副団長のレヴィアが死んじまったのはイテェが、それも傭兵あるあるってやつだ。寂しいが仕方ねぇ。中々良い男だったんだがなぁアイツは。
……まぁ、つーわけで、そろそろ本題を話すぜ?
リノンとアリア。お前等ぁ今から七日後、二人だけでアルカセトの地下に行け。そこの地下遺構……かつてのムーレリアの首都の一部らしいが、そこで戯神がお前等とケリつけるってよ。
んで、紅の黎明。お前等は全戦力をもってザルカヴァー王国の最北、カイベルゲルン島に来い。素敵なおもてなしをしてやる。その時にルーファス達は解放してやるから一緒に戦えば良いんじゃねえか? まぁ、オジサンの言い付けが守れなかったら、全員殺すけどな」
「――ッ。……随分と、余裕だね? まさか私達に勝てるとでも思ってるのかな?」
「おいおい、イキんじゃねえよルナ。
――確かに戦力的には、以前の紅の黎明よりも大幅に下がっている。
ルーファスさん達を下したネイヴィスさん達『黒き風』に、確実に勝てるかと言われれば不安は残る。
息を呑む私の傍らに歩んで来たのはシオンだった。
「僕が、アンタを倒す。今は僕が世界最強なんだ」
「あん? お前……シオンの坊主か? こいつは驚いたな。お前、紅に入ってたのかよ」
「もう僕だっていい大人だ。そういう呼び方はやめてくれ」
「ッハ。活きのいい若いのが上がってくると、オジサンまで昂ってくるねぇ。いいぜ。お前の相手は俺がしてやる。直前になってビビるんじゃねぇぞ?」
「誰が――」
「ま、そゆことで宜しく頼むわ。そろそろ
――じゃ、またな」
シオンが言い返そうとしたが、一方的に会話を打ち切るとネイヴィスさんは通信を切ってしまった。
「はぁ……
「ルナ。マジでアイツの言う通りにすんのか? 黒き風との全面戦争はまだしも、同じタイミングでリノンとアリアの二人だけで戯神と戦わせるこたぁねぇだろ。一旦全員で黒き風をぶっ潰してから、全員で戯神に当たったほうが良いんじゃねえか」
「そうだね……」
ヨハンさんの提案に父様が思考を回す。
だが、私の思いは違っていた。
「いや、私とアリアだけで戯神と戦うよ」
「おいおい、敵の条件に合わせるのが危険なのはいくらお前だって分かってんだろ!?」
「それは勿論分かってるよ。でも、そうしないと、きっとルーファスさんやヴェンダー君は殺される。相手はネイヴィスさんだし、あの戯神だ。私達が約束を守らなければ、きっと動きを見せて新たな動揺を誘ってくる」
「……」
「それに、今の私と、オリジンドールに乗ったアリアなら、どんな相手でも一方的にやられる事は無いよ。ね、アリア」
これは強がりだ。私はそこまで自惚れてはいないし、四大起源の起源紋全てを揃えた戯神に勝てる確証なんて無い。
でも、私はこれ以上仲間を失いたくは無い。
一人たりとも。
「――ええ。リノンの言うとおりです。我々だけで戯神を討伐してみせます」
私の思いを汲んでか、アリアは自信を称えた表情で皆を見やった。
「そうか――。分かった。そのかわり、約束して欲しい。絶対に勝つと」
「「勿論」」
私とアリアの返事に父様は満足気に微笑むと、
「なら、我々は黒き風との戦いに備えるとしようか。
一度本部に戻り、ゴルドフや団員達を連れて行かねばならないし、装備も整備しなければね。
それと……ミエルの事は、ネイヴィスから聞いている。暫く本部で療養させて目覚めるのを待つしかないだろうね」
「あぁ、そうだな」
ヨハンさんと父様が話していると、私のところにユマがやってきた。
「リノン。さっきから気になってたんだけど、その赤ちゃんはどうしたの? まさかリノンと、あの変態の子……じゃないよね?」
変態……? なんの事だろう。変態なんて、私は皇都で戦ったリヴァルくらいしか知らないが。
ユマがそう言ったところで父様が、物凄い勢いでこちらへと顔を振り向かせた。
「まさか既に仕込まれてい――?」
私が抱いた子を見て父様は目を見開いた。
「いや、もしかして……その子は、いやまさかとは思うが、サフィー……なのか?」
「うん。ちょっと色々あって……こうなった」
「ええええええええええ!!!!!?」
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あとがき
と、いうところで三章が終了となります。
流れとしてはこのまま最終章――とは行かず、ヴェンダーやルーファス達がネイヴィスに敗北してしまった話を四章として書いていきます。
今となってはこちらを四章にしても良かった気もしますが……笑笑
なんか気付けば当作は女性に強キャラが多くなっていたので、ルーファス班は男の強キャラが多いので書くのが楽しみです。
また、ちょっと修羅の道に行き始めたヴェンダーがどうなっていくかにも変化があるので、その辺も見ていただけると幸いです。
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