第百五十一話 焔より生まれし者
――突如、気配を感じた私とシオンが、無言で刃を視線の先の闇に向ける。
戯神か、それとも戯神の手の者か。さらなる戦いを想定し、私は柄に這わせた指へと覚悟を伝わせる。
だが、静かに闇から姿を現したのは、機械で出来た人の様なものだった。
「なんだこれは……?」
「――君達ニ伝言ヲ伝エル」
私の疑問を他所に、機械的な声でそいつは語りだした。
「『腹が立つけど、今回は君達の勝ちだ。といっても立役者は間違いなくレイアだろうけどね。ここは癪だけど退かせてもらうとするよ。
だけど、もう一つの舞台は僕の勝ちのようだね。リノンちゃん以外の
そこで提案なんだけど、どうかな? 君達も僕を許す気は無いだろうし、僕もこれ以上邪魔をされたくは無い。
だからさ――最終決戦と行こうじゃないか。今度は逃げも隠れもしないよ。尤も君達が僕の言葉を信じるかは分からないけど、ね。
僕はアルカセトの地下大空洞で待っているよ。しっかり準備を整えて来るといい。でないと滅びるのは……どちらだろうね? じゃ、待たね』――以上ダ」
伝言を伝え切ると、機械の人形は動力を失ったように崩れ落ちる。どうやらこの人形に充てられた役割はメッセンジャーとしての役しかなかったようだ。
しかし本当に、逃げるのが上手いやつだ。ぎり、と歯噛みしながら、私は鯉口を切っていた太刀を納め、軽く息を吐く。
「――本当に、本当に唾棄すべき男だな」
アリアの声は怒りに震えていた。
「お前ら、怒るよりも気にする事があんだろ。もう一つの舞台ってのは、ルーファス達の事じゃねぇのか!?」
ヨハンさんの言葉に、アリアは冷静さを取り戻す。
「まさか、イドラ達がしくじったのか……!?」
状況が理解できずに、眉を顰めているとシオンが私に説明をしてくれた。
「イドラやルーファス部隊長、ファルド副部隊長、シグレ副部隊長、あとヴェンダーという隊員が他の二人の四大起源の保護に向かったんだ。おそらくは、戯神の言うもう一つの舞台というのはそちらの事だろうな」
――衝撃に目が大きく開き、瞼が震えた。
ルーファスさんといえば、紅の黎明でも最も万能な対応力を持った部隊長だ。それに狙撃の天才のファルドさん。私やユマと共に水覇の剣を学んだシグレ、剣技でも私と対等の力があったイドラ、そしてファルドさんに劣らない銃技を持つヴェンダー君……。その彼等が、負けたというのか? だが、情報が少なく、ヴェンダー君達が殺されたと断定も出来ないだろう。
せめて、無事でいて欲しいと願う事しか出来ないが。
そして――。
「四大の起源紋が全て戯神の手に揃った、というのか……」
「でも、戯神は私をレイアの生まれ変わりと勘違いしてた訳でしょ? それにレイアから奪ったっていう起源紋だって実際は別のもので、それも私の中にある。それなら、戯神の思い通りになんてなってないんじゃないの?」
私の問いに、振り向いたアリアの表情は焦りに染まっていた。
「その点に関しては喜ばしい事です。ですが、我々四大の力はお互いを打ち消し合う事も、干渉し合い、増幅もするのです。
四行相剋――。大仰な名前だが、私は傍らで相棒の力をずっと見てきている。
アリア本人は、制限された力と言っているが、あの展開規模や力の出力は、天変地異といっても違和の無い力だ。
それを四つ制御し、束ね、増幅させるというのだ。
生命の起源者となった私でも、どう戦えば良いのか想像がつかない。
それに、ヴェンダー君達の様子も心配だ。戦力的に見れば、彼等が敗北するというのは簡単には想像がつかないし、あのルーファスさんも居るのだ。最低限撤退は可能な筈だ。
いわば精鋭部隊とも言える彼等を敗北に追い込むともなれば、想像出来る戦力は限られてくるが――。
「とにかく、ルーファス達の状況を確認しないと動けねぇだろうな。
それに、俺達の側だって勝ったとは言えねえ状況だし、な」
ヨハンさんが渋面を見せ、抱き上げたミエルさんを見やる。
ミエルさんの状態は、まるで深い眠りに落ちたかのようで、呼吸の音すら微かなものだ。
だが、生きている。髪の殆どが漂白された様に白髪化していたりと、変わり果てた部分もあるが、少なくとも衰弱死する事は無いように思える。
「……一度、飛空艇に戻りましょうか。情報を擦り合わせないと今後の指針も決まりません。我々がこの地の底で考え込んでいても意味はなさない」
アリアがそう言い、オリジンドールに乗り込もうと歩き出したところで、私はアリアを制止した。
「ちょっと待って。ミエルさんが気を失う前、私にこれを渡してくれたんだ」
私は皆に、紫紺の火種を見せる。とても小さいが、そこに秘められた力は万象を灼き尽くすであろうほどに濃密なものを感じさせる。
「それは――まさか、サフィリアの焔、ですか?」
「うん。ミエルさんが渡してくれたんだ」
「あの時の、皇都における戦いの時のサフィリアの最後の……ん?」
アリアが、その焔を疑問げに見ると、徐々にその双眸が大きく見開かれていく。
「――まさか……いや、そんな事があり得るというのか?」
「アリア?」
私が名前を呼ぶとハッとしたのか、冷静さを取り戻していく。
「驚愕に値するとしか言い様がありませんが……
その焔は、サフィリアが自らの存在そのものを焔と変えたもののようです。
やはり、サフィリアは生きていた――いや、存在を失っては居なかった。ということです」
「存在を……失ってはいない?」
ふと、皇都での戦いで、戯神のオリジンドールの長剣に貫かれる母様の後ろ姿がフラッシュバックする。
確かにあの時、母様は、自らの内から焔を生み出しているようにすら見えた。
「君なら、もしかしたら、この焔からサフィリア団長を蘇らせる事ができるんじゃないのか?」
シオンが紫紺の焔を見ながら言い、私はそれに頷き返す。
「うん。私もそれを考えてた。出来るかは分からないけど……」
「やってみる価値は十二分にあるでしょうね」
私は軽く頷くと、紫紺の焔を手ですくい上げる様にして精神を研ぎ澄ます。
眼を閉じ集中すると、力の根源たる起源紋が語り掛ける様にして、私に力の扱い方を伝えてくる。
「母様……」
焔に、呼びかけるようにしながら、収斂した大量の命気を焔へと流し込んでいく。
「――
大量の力を取られ、気を失いそうになりながらも眩い銀の燐光と、紫紺の焔が混じり合っていく。
白銀と紫紺が眩く輝き、中心から、ちりっと赤き火花が散った。
「ちょ、ちょっと大丈夫なのか?」
シオンが眼前の光景に不安を口にしたが、私は敢えてそれを無視する。
他人に構っている余裕が無い程に、制御に集中を要しているからだ。
一瞬でも気を抜いたり、妨害を受ければ、確実に失敗する。それが簡単にわかるほどに、物凄い力の展開と制御が必要とされる。
やがて銀光は球状になり、その周りを真紅の炎が彩っていく。
――母様。
あの凛とした佇まいが、私の中に蘇った時、それは起きた。
大炎が天を衝く柱の様になって立ち上がると、銀光と炎は一瞬にして消失した。
「母――え!?」
ふわりと柔らかな熱風が吹付け、私の腕におさまったのは、小さな女の子の赤ん坊だった。
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