第百四十四話 覚醒め



 とても強いまどろみから、ぼんやりと目覚める様な感覚だった。

 ベッドで眠る私の手を取り、私の名を呼びながら手を引くような。


「――父様!!」


 私に覆い被さる様にして、力無くその身を預けているその人は、我が父スティルナ・フォルネージュその人だった。


 身体に幾つもの刀傷が奔り、全身を血に濡らしている。

 そして、何よりも……父様の腹部を貫いていたのは、私が手に持った太刀だった。


「わ、私が、やったの……!? い、いやそれよりも」


 父様の身体を抑えながら、体勢を変え横向きにする。

 脈を測れば、まだ脈動は薄っすらあるし、呼吸もなんとか出来ている。


 私が命気を送り込んで、治療しようと太刀を引き抜くと、刺し傷から大量の血が流れ出した。


「――リノン!」


 背後から、私の名を呼ぶ声が響き振り向くと、そこには巨大な蒼いオリジンドールから飛び降りて来るアリアと、ミエルさんやヨハンさん、イーリス叔母さんにユマとクルト君が居た。


「みんな! 父様が――!!」


 私は命気を父様に送りながら、皆を呼ぶ。

 こちらに向かいながら、ミエルさんとヨハンさんが状況を把握しながら、目配せをし、


「私は、あっちを」


「頼んだ。嬢ちゃん」


 と、ミエルさんは一瞬私と父様を一瞥した後、私達を駆け抜けて行った。

 今まで気がついていなかったが、奥の方で誰か知らない男の人達が戦っていた。

 ミエルさんはそちらへ加勢に行ったようだった。


「リノン……」


 アリアやイーリス叔母さんが、父様の状態を見てその顔をゆがめた。


「私が、おそらく父様を……」


「今はいい。それより集中しろ」


 ヨハンさんの言葉に父様へ視線を戻すと、集中が乱れたからか、押しとどめていた血が噴き出して来ていた。


 傷が、深い――!


 多少の切創や、貫通創なら、時間があれば命気で塞ぐ事は出来る。

 これまで、他人の傷を治した経験だって少なくは無い。

 だが、左肩の傷と腹部の刺し傷が特に深く、中々出血が止められない。

 私の命気では、傷を塞げても、失った血を戻す事は出来ない。


 一か八か、行雲流水を使うか……。収斂した命気は、通常の命気よりも強い影響を及ぼす。

 使い手である私であれば、行雲流水による命気を治癒に用いる事も可能だ。

 だけど、他人に用いる場合は勝手が変わる。

 強すぎる薬は毒になる。

 ――下手をすれば、細胞が砕け散りかねない。


 最悪、行雲流水による治療行為によって、父様にとどめを刺してしまう事にもなりかねない……。


「く……!」


 どうして、どうしてこうなった……!!


 状況から考えれば、父様を傷付けたのは私だ。ボロボロの父様と、衣服が破けてこそいるが、無傷の私を比較すれば、起こった事は想像できる。


 ――おそらく、無意識に攻撃する私を止めようとしてくれたのだろう。そして、刃を交えた。それでも父様は私を護りながら。


 私が剣力で父様をここまで一方的に傷付けるなどという事は、もとの自力から考えればあり得ないのだ。


 それ故、父様が身を挺して私を護り、私を取り戻してくれた事はとても嬉しい。

 だが、私は父様がこんな事になるのならば、自分なんて……。


 ――不意に、思考の端に浮かび上がった思いに、慌てて蓋をする。

 駄目だ。今思った事は、父様や、助けに来てくれた皆の想いを踏みにじる事だ。


 思い出せ。なんの為に強くなろうと思ったのか。

 レイアとの修行で誓った事だ。


『私に手を差し伸べてくれていた人達に、今度は私から手を伸ばそうと』


 誓ったのだ。運命をも切り拓くと。


 その時、命気を送りながら、父様の手を握る掌に、不意に熱いものを感じた。


「え――」


 溢れそうな涙で滲んだ視界の先、私の右手の甲に、見たことも無い紋章の様な光が輝いていた。


「リノン! それは、まさか……!」


 アリアが驚愕しながら私の腕に触れ、紋章を見ると目を丸く見開いた。


「起源……紋……?」


「そうか! もしかして、この力なら!」


 アリアの疑問を無視し、私は目を閉じ集中する。


 (レイア曰く、これは生命の起源紋ってやつの筈。私が今まで使っていた命気が、コレの残渣のような力だったのなら……コレを制御できれば……!)


 起源紋から流れる力を、流体の様にイメージし、私を介して増幅させる。

 途端に莫大な命気の奔流が私の中を巡り、循環していく。制御は……大丈夫。全然余裕がある。


 行雲流水によって収斂した命気を纏うが如く力を解き放てば、これまで必死に制御していた白銀の命気が、天を衝くかのように迸った。

 

「すごい……」


 迸る白銀に煌めく命気を、自分の周りに押しとどめる様に纏う。

 更に命気の純度を上げていくと、私がこれからやろうとしているものの名前が、自然と頭に浮かんだ。


白銀癒光アルジュ・リジュ


 ――纏っていた銀光が、眩く父様を包みこむ。


 急激に全身の力が抜ける様な感覚が起こるが、倒れるほどではない。多少身体が重く感じる程度だ。

 初めて行雲流水を試した時の感覚に似ている。これは、おそらく私がこの力の制御がまだうまく出来ていないという事だろう。

 だが、展開に使った力は、瞬く間に紋章から力が巡ってくる。

 これが、起源者の力と言うのなら、これは確かに一人の人が持つには過ぎたものだろう。


 ――やがて、父様を包んでいた銀光が、父様に吸い込まれる様にして消失した。


「父……様」


 銀光が晴れ、目に入った父様の身体の傷は、完全に癒えていた。

 未だ、意識は無い様だが出血どころか傷痕も無くなり、血色も良いようだ。


「治った……のか?」


 ヨハンさんがのぞき込んできて、私と視線があった。


「多分……もう、大丈夫だと思う」


 私が頬を伝う汗をブラウスの裾で拭うと、皆が安堵の表情を浮かべた。


「――! 皆、よく見ろ!」


 イーリス叔母さんが、焦った様に視線を向けた先には――無いはずのものがあった。


「脚……」


 全員が父様の下半身に目を向け、そこには、見たことの無い父様の白い脚があった。


「まさか……十七年も前に失った脚まで再生させたというのか……」


 それを引き起こした張本人である私ですらも呆気に取られていると、アリアが私の腕を掴み、目を震わせた。


「リノン、これを……この起源紋ちからを一体どこで……」


 戯神によって、なにかを施されたのか心配なのか、全員が困惑した眼差しを向けてきた。

 確かに、説明は必要だろうなと思ったが、中々説明が難しい。

 うまく説明できる自信が無かった私は、掻い摘んで話す事にした。


「あ〜、えっとね。なんか、その……私の夢の中? みたいなとこで、レイアと会って、その……レイアと結構な時間戦って、なんやかんやで勝ったんだけど、その時にレイアに貰ったっていうか……。あ、でも、レイアが昔に戯神に罠を仕掛けてて、それにまんまと引っ掛かった戯神が私に力を渡しちゃった〜みたいな話……らしいよ?」


「リノン……」


 自分でも呆れるほどのしどろもどろの説明に、全く意味が分かっていないのか、皆往々にため息を吐いた。


「戯神に力を渡されたって、何も影響は無いの?」


 ユマが私の側で膝立ちになり、肩を抱いてきた。


「多分、それ自体は問題無かったんだけど、その夢の中……みたいなとこで戯神にしてやられちゃって、自分でもよくわからないけど、自分の意識がゆっくり溶けていく様な感じになって……でも、私の名前を呼ぶ声が聴こえて来て。

 これだけは、はっきり分かるけど、父様が私を呼び戻してくれたんだ」


「そっか。流石師匠だね」


「うん」


 私が無意識とはいえ、父様を傷つけた事には触れずに、ユマは微笑むと父様を賞賛した。

 皆、私の説明の下手さに戸惑いつつも、現状父様にも私にも問題が無いと感じたようだ。

 だが、アリアだけはその表情を緊張で凍らせたままだった。


「リノン。母さんに、レイアに会ったというのは、どういう事ですか?」


 アリアの問いに、少しばかりの期待感を感じ、下手な説明は出来ないと感じる。


「レイアは、まだ自分が生きてるって言ってた」


「――!」


 私の言葉に、アリアが激しく動揺した。


「レイアは、アーレスに入植した時に、星の中枢に行って、豊穣の力で惑星の環境を改変したって言ってた。

 そして、それを今でも行い続けているって」


「ですが……それでは、貴方の魂は」


 少し言い淀みながらも、疑問と期待が勝ったのかアリアは更に私に問う。


「レイアが言ってくれたよ。私は、レイアじゃない。リノンだって」


 一息ついで、言葉を続ける。


「私の魂は、私のもので、私は父様と、母様と、そしてレイアの三人から生まれた。

 我ながら面倒な出自だと思ったけど、安心したよ」


「リノン――!!」


 私の名だけを呼ぶと、私の相棒が強く私を抱き締めた。

 本当は、まだ気になる事が沢山あるのだろう。

 だが、アリアが一番気に掛けていてくれたのは、ありがたい事に私だったみたいだ。


 様々な疑問を後回しにして、アリアからは熱い熱あついねつが伝わってくる。


「おかえりなさい。相棒リノン


「――ただいま。相棒アリア


 ――初めて見た相棒の泣き顔は、嬉しさだけに染まっていた。






 

 


 

 

 

 

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