第百四十二話 刀舞 2 side stillna
リノンに切り裂かれた肩口の痛みは、重く、熱く、私の集中を炙る。
だが、利き腕で無かったのは幸いと言える。元々は、水覇は『一刀流』なのだ。
これまでブランクを埋める為だった小細工が出来なくなっただけだ。
「初心に返りて、驕りを斬る……だったかな」
これは、私の師であるアイラの言葉だ。言わんとしていることは分かる。
実力を上げて力を持てば、人は必ず慢心する。
――正に、銀氷の剣聖などと持て囃され、サフィリアとレイアくらいしか、この世界で私に比肩する者など存在しないと思っていたあの頃は、正に驕っていただろう。
なんなら、ここに来る時もそうだったのかもしれない。
シオンが私を超えていたのは見れば分かったが、その辺の強者程度に、私が負けるはずが無いとは心のどこかで思っていた。
二刀で戦っていた事も、どこか十全な私では無いという自分への言い訳もあったのかも知れない。
成る程な。なんだかんだで、私は弱い自分を認めたくなかった。という事か。
そして、
「親孝行だね。全く」
――歩法、
呟きをかき消し、一足のもとにリノンへと踏み込み、峰打ちで太刀を横薙ぎに奔らせる。
――攻の太刀三の型二式、
本来は捻転と遠心力を使い、切り上げる術理である三の型、水天だが、水天・輪旋は横ベクトルの術理だ。
義足の踵を軸に、捻転を解放し、横薙ぎから斜め下、そして下方への横薙ぎと横から見れば乙の字の様に不可思議な斬撃が閃く。
リノンは、紙一重で後ろに倒れ込む様にして膝を抜き、私の剣を躱すと、こちらを向いたまま強烈な速度で後退する。
――歩法、
疾い――が、先程までよりも明らかに動きが鈍い。
私は躱されたと見ると、自らの水天・輪旋による振り抜きの勢いを使い、歩法へと繋げていく。
――歩法、
振り抜きにより、軸足の爪先に重心が掛かったのを利用し捻りを生み、弧を描く様にして鋭く踏み込み、リノンの横合へと間合いを詰める。
その際、私は一度納刀し、孤月による遠心力を使い、居合の一閃を放つ。
――攻の太刀二の型、
本来は左手の親指で、鍔元に指弾を撃つ様にして抜刀速度を加速させる技だが、左腕が使えない為、腰を切って鯉口と鍔元をぶつけ、その反動で鞘を奔らせ、無理矢理に術理を成立させる。
峰打ちが故に、鞘を逆さに佩いたのもあって、加速は十全では無かったが、それでも普通に太刀を振るうよりは圧倒的な斬撃速度を生み出した私の太刀は、リノンの腰を打つべく振るわれる。
もはや刹那で、リノンへ痛打を浴びせる――という時に、リノンがいつの間にか納刀していた太刀を奔らせたのが見えた。
――攻の太刀二の型、
「――ッッ!!?」
言葉通りの目にも留まらぬ速さで振りぬかれた神速の一閃は、私の太刀を簡単砕くと同時に右腕の二の腕を浅く切り裂く。
「チッ――!」
後出しの驟雨に斬撃速度で負けた事に思わず舌打ちしつつ、追撃の一閃に備え、咄嗟に異能を励起する。
「
リノンの居る空間毎、円柱状の氷が一瞬でリノンを閉じ込める――が、リノンの停滞は一瞬だった。
リノンから白銀の命気が迸り、即座に私の作り出した氷を砕いていく。
私の制御力が落ちているのか、単にリノンの命気の出力が馬鹿げているのかは分からないが、
「ったく。勘弁してよね」
左腕で使っていた太刀を右手で抜き、正眼に構えると、氷棺を完全に破壊したリノンと視線が合った。
リノンはゆっくりと太刀を上段に構えると、白銀の命気を太刀に集約させた。
「ぎん……うりゅ……はと……」
何事かを呟いたかと思った瞬間、リノンは太刀を一閃させると、私の視界は銀に染まった。
「く……ぐぅああっっっっ!」
猛烈な勢いを持った力の波に吹き飛ばされた私は、戦闘を行っていた建物を圧し出され、瓦礫と共に吹き飛ばされる。
――この技は……危険だ。
咄嗟に自分の前面に氷棺を作り出し盾にしたが、焼けた鉄板に氷を押し付けたかのような勢いで氷が破壊されている。
生身で受けていたなら、それこそ私の身体が氷棺と同じように砕かれた事だろう。
と、冷静に分析している暇は無い。氷棺が破壊される前に、この技から逃れられなければ死ぬのは私だ。
――あれしか、通用しないだろうな。
「
自らの異能の深淵である万物を氷結させる力を解放する。
絶凍の冷気を太刀に収斂させ、前方に向けて白銀の奔流を切り裂くように縦一閃に断ち切る。
「
私の放った一閃は、減衰しながらも白銀の波動を切り裂きながらリノンへと進み、リノンの肩口を浅く裂いた。
本来であれば、触れたもの全てを塵に変えるほどの冷気の筈だが、あの白銀の波動によって力を削がれ、リノンに当たる頃には普段の私の冷気よりも数段劣るものにまで威力を衰えさせられたようだ。
リノンは浅く切り裂かれた肩口の傷を、虚ろな目で見やると、傷口から白銀の命気が湯気のように立ち上がり、瞬く間に傷口を塞いでいく。
私は、娘に傷をつけてしまった罪悪感が拭われる一方で、そんなのもはやチートだろうと呆れるのを感じた。
「さて、まだかなユマ……ちょっと流石にしんどくなって来たよ」
と、弱音を吐いてみたものの、リノンの動きは最初よりも明らかに鈍い。
理由はわからないが、私の反射でも反応できる速度になってきている。
先程の様な大技は、できればもう貰いたくはないところだが、リノンから感じられる力の総量は明らかに私より多いものだ。
それに、リノンは無傷なのに対し、私は片腕が使えない上に、奥の手の異能の深淵の力まで切らされた。
もっとも、白煉氷獄は殺傷力か高すぎるから、先程の様な自衛でしか使えないのは変わらないが。
そして――義足の動きが、悪くなってきた。
これが弱音の理由でもあるが、実際、義足が壊れてしまえば、私は動く事も叶わず娘に斬られるだけだ。
(ユマをあてにしてばかりもいられないか)
とは、思ったものの、私にできる事はユマがミエルを連れてくるまでの足止め以外に何があるだろうか。
「……なんだ、私は最初にやるべき事すら、まだやってなかったじゃないか」
悩んだと同時に答えが生まれ、ついぞ自らに呆れ果てる。
――リノンは今、意識は無くとも、たしかにそこに
自分の子供がそこに居るのなら、何故呼びかけてやらなかったんだろう?
何故、自分の子供の強さを信じて、立ち上がらせてやれなかったのだろう。
私は、リノンの親なのに。
一重に、私が……私の心が弱かったからだ。
そう。今、理解した。
「私は、サフィーの夫だ」
リノンを産んだのは、サフィーだ。私は子供を作るという上では、何もしていない。
「私は、リノンの父だ」
レイアの力によってリノンは生まれた。リノンの容姿は不思議と私に瓜ふたつで、本当に嬉しかった。
だが、私はリノンにとって父親らしい事をしてやれていたのだろうか。
水覇の剣は、リノンにだけ教えていた訳ではない。弟子ならユマやシグレもそうだ。
蛍華嵐雪を託した事も、ユマ達は異能を持たないし、私にはその時はもはや不用だと思ったのもあったからだ。
そう。私は、リノンを愛してこそいたが、自分が父親であるという自信が足りなかったのだ。
だから、それに気がついた今だから、ミエルが来るまで等とは言ってはいられない。
「私が、取り戻すんだ」
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