第百四十一話 刀舞  side stillna



 私が太刀に剣気を乗せると、僅かに体を揺らしたリノンは幽鬼の様な眼差しを私へと向けた。


 ――成長している。と感じさせられるのは体つきだけでは無い。

 太刀の持ち方もそうだが、何よりかつての我が愛刀、『蛍華嵐雪』がリノンを認めている事が私には理解できた。

 持ち主の力に呼応し、力を強力な物にする魔刀。

 私が水覇の剣技を教わった師である、アイラ・L・フロイグより受け継いだ太刀だったが、私が戦線を離れる事により、リノンへと渡したものだ。


 蛍華嵐雪は、おそらくこの世の物では無い。単純に出所不明の太刀というのもあるが、私が使っていた頃は刃が歪んだり、刀身が欠けるどころか、切れ味が悪くなる事すら一度も無かった。

 半ば信じられぬ話ではあるが、私の師であるアイラも、「その太刀は永劫不朽。決して折れる事は無い。だけど……そいつに認められる事が無ければ、ただの頑丈な太刀さ」とは、言っていたが、私の場合は、異能の深淵に触れた頃に蛍華嵐雪の声を聞く事が出来た。

 ――すなわち、


 

「……だいぶ、頑張ったようだね。リノン」


「……」



 不明瞭にリノンの命気を輝かせる蛍華嵐雪は、おそらくだが、リノンを正気に戻そうと呼びかけているのだ。

 その蛍華嵐雪ひねくれものに、そこまで認められるという事は、剣技において、そして剣士として、私と差のない位置にいるという事だろう。


 ならば、やはり親として……娘を護らなければいけないな。



六花・氷翅りっか・こおりばね



 氷刹の異能を使い、私は背から氷で出来た翅を発生させる。

 都合三つの翅が一対。合計六つの氷の翅は、私の意識に連動し自在に動かすことが可能だ。

 氷刹の異能は、対人には殺傷力が高すぎる為、リノンが相手ではろくに使う事はできない。この辺りが関の山だろう。



「では、気が進まないけれど、こちらから仕掛けるとしようかな」



 リノンの虚無を抱く双眸を鋭く見据えると、重心を落とし、太刀に冷気を纏わせ十字に太刀を振るう。


 ――攻の太刀一の型、時雨十字しぐれじゅうじ絶氷ぜっひょう


 

 間合いの外から空を切った斬閃は、一瞬の静寂の後、轟音と共に衝撃波を生む。

 水覇の基本技の応用にして、私の異能を乗せた唯一無二の術理。


 不可視の波がリノンを呑み込まんと、眼前に迫ったところで、衝撃波自体に乗った凍気が触れるものすべてを凍結させる――が、リノンは白銀の命気を纏わせた太刀を、私にもかろうじて見える速度で振るった。


 あれは――。


 ――攻の太刀一の型、時雨。


 私の放った凍気を、白銀の奔流が押し返す。


 何という出力だ。私の放った時雨十字は、衝撃波を重ねて放つことで威力を上昇させている。

 だが、リノンの時雨はただの一撃で私の時雨十字を押し返した。


 命気の出力が、私の知るリノンとは比べ物にならない……いや、もはや別種の力であるとすら思わせられる。

 これでは、まるで――、



起源者オリジンとでも言わんばかりだね……!」



 私が太刀を構え直すと同時、白銀の衝撃波を突き破り、恐るべき速度でリノンが低い態勢から鋒を突き上げて来る。


 ――攻の太刀四の型、雪月。


 先程シオンと戦っていた時程の速度では無いものの、私の眼でも捉えるのがやっとという速度だ。


 私は左の氷翅を前に出し、リノンの雪月の鋒の先端に氷の翅をかち合わせる。


 太刀筋をブレさせる事こそできなかったが、多少なり突撃の速度を減速させると、私はリノンの太刀に自らの太刀の腹をぴったりと這わせる。


 ――防の太刀、氷面鏡ひもかがみ


 リノンの太刀に完全に力を同調させる事で、瞬間的にリノンの太刀の制御を奪うと、一気に真上へと弾く。


 納刀していた太刀を腰を切りながら鞘ごと抜き放ち、リノンの腹部を強打するべく振るう。



「――!」



 私の振るった太刀に対して逆に前に鋭く踏み込む事で、ダメージを抑える意図は分かるが、それよりくしくも、私がリノンの太刀を跳ね上げた事で、リノンは上段の構えになった。


 そしてリノンのこの踏み込み方は、歩法の瞬の半歩分。この動きから成る術理は――!


 ――攻の太刀五の型、神立かんだち



「っ!!」



 神立はショートレンジにおいての最速の一太刀。ましてやそれを今のリノンが振るえば、それは神速とすら言える。


 反応こそできるものの、完全に斬撃を防ぐ事はできなかった。


 私は強引に右の氷翅を、リノンの太刀筋に割り込ませると、更に太刀でリノンの太刀を再度かち上げ、後ろ方向へ飛び退る。


 受けた傷は――浅く無いな。


 左鎖骨を半ばまで切り裂かれている。

 出血自体は、薄く氷を這わせる事で止める事は出来たが、もはや左で太刀を振るう事はできまい。


 

「はぁ、はぁ。我が娘ながら、やるものだね……!」



 状況が状況だけに、褒めてやる事はできないが……成程、太刀振る舞いは、もはや全盛期の私にも引けを取るまい。

 もし、皇国への戦争介入が無く、ライエから本部に帰ってきていたら、錬成の儀による立ち合いで不覚を取ったかもしれないな。


 今の私がリノンに勝る部分、それはもはや、剣技でも、身体能力でも、異能の強さですら無い。

 リノンが自らを取り戻せば、剣士として……そして傭兵として、私が教えてやれる事はもう片手の指ほども無いだろう。


 だが――今は、今だけは、親としてキミを護ってやらなければならない。


 リノンが蛍華嵐雪に、白銀の粒子を纏わせ、ゆっくりと霞に構える。


 その眼は、私を見ているようで、私を見ていない。


 その姿は、とても痛々しく私には見え、自然と目から溢れたものが頬を伝う。


 護る……。救う……。取り戻す……。私の娘を……!


 口に出す訳でも、自分に言い聞かせる訳でもない。

 ただ、自らの魂に誓う。



「こんなに追い込まれているのは、サフィーと戦った時以来か」



 あの時は、全力で剣を振るえる事に喜んだものだが、今は心が踊る事はない。



「だが、どれだけ追い込まれようと、私は……今のキミに負ける事は無い」



 半身になると、右手一本で太刀を構え、鋒をリノンへと向ける。



「だって私は、父親なんだからね」




 

 

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