第百三十九話 リノン救出作戦 23 Side Stillna
位置的に最も近かったのは、ヨハン達だったが、ヨハンとクルトはミエルのいた方向に向かい、イーリスもまたミエルの近くに転移していた為、我々はシオンと合流しようと判断した為だ。
頭の回るヨハンと、生物相手ならかなりの実力を持つクルト、波はあるが部隊長達の中でも高い技量と強力な異能を持つミエル、逆に異能こそ持たないがその身体能力は異能とすら言えるレベルのイーリス。
この四人であれば、戯神ローズルが相手でも即座にやられるという事は無いだろう。
ならば、シオンは危険なのかと言われれば、そういう訳ではない。
シオンは、おそらく手合わせという形式であれば、最早私では敵わない領域にまで成長している筈だ。
シオンから感じる気配や空気は、異能の深淵に触れた者のそれだ。
サフィーや、以前のアリアから感じる独特の気配。私の『白煉氷獄』のように、通常の異能よりも遥かに強力な力を秘めているだろう。
だが、殺し合いであれば話は別だ。
シオンの異能は『疾風』。その力は身体速度と思考速度の加速だ。聞いた話では銃弾にも速度の加速を付与出来るようになったらしいが、本質的な力が変わった訳では無い。
恐ろしく疾いのであれば、それを上回る展開速度と展開規模で、強大な殺戮能力のある異能を展開する事ができれば、シオンは死ぬ。
つまり、シオンは超範囲攻撃に対しては無力なのだ。
最もその展開速度を更に上回る速度をシオンが発動できれば逃げ切れるのかもしれないが。
まぁ、要するにいくら強くとも無敵では無いのだ。
――サフィーが、戯神に敗北したように。
だから、異能の応用力の高い私がシオンと合流するのは、現状から考えれば理にかなっている。
それに……シオンの居る方向から、何かをなんとなく感じるのだ。
「――師匠!」
「分かってる」
ユマが私の前を走りながら、私に警鐘を鳴らす。
私達の行く手を阻む様に、化物が現れた。
化物は身体の下半身が四足獣のそれで、本来首のある部分から、人の上半身が生えている。
足は大きく、人間の掌の五倍はあるだろうか。脚の筋肉量を見ても、踏まれたらただでは済むまい。
そこから生えた爪も、遠目に見ても鋭く、それでいて太い。
鋭利な刃物というよりも、敵を薙ぎ裂く鉈の様な、鋭さと重さを感じさせられる。
上半身の人間部分は、筋肉質ではあるが、成人男性のそれと大差無い。
髪はぼさぼさに伸びており、髭の生えたその頭部は獅子を連想させる。
前方のユマが、体勢を低くする。
太刀に手を添えると、ユマは一気に加速した。
――歩法、
瞬く間に獅子の怪物へと間合いを詰めたユマは、抜刀しながら斬り抜ける。
ユマの速度に辛うじて反応し、片腕を斬り飛ばされながらも、体勢を崩さずにユマを蹴り上げようと後ろ脚を跳ね上げる。
「野性味溢れる見た目の割に、勘は鈍いのかな」
まだ、私との間合いが遠かったからか、私への警戒よりもユマを仕留めようと動いた怪物に一瞬で間合いを詰め、耳元で囁く。
ぞくりと怯えたように、眼球だけこちらへと動かした刹那、私は太刀を振り下ろし、怪物の頭から股下までを斬り裂きながら、斬り抜ける。
――攻の太刀五の型、
半歩分の瞬きの速度のまま、斬り捨てた怪物の最後を振り返らず、駆け出す。ユマも私が敵を仕留めるのを見向きもせずに、そのまま走り出している。
太刀を振り、血払いしつつ背後で怪物の倒れる音を耳にすると、私とユマはシオンの方向へと足を進める。
ふと、前を走る自慢の弟子の背中を見やり、随分と頼もしくなったものだと感心させられる。
ユマにしても、シグレにしても、大きく成長し自慢の弟子だと胸を張って言える域に達した。
そして――リノンもまた、きっと成長しているのだろう。
「水覇も、私でなくとも安泰かな」
ふと、滲み出る幸福感に頬が緩んだ。
「なにか言いました? 師匠」
「ううん、何でもないよ」
こちらを振り返り首を傾けるユマに応えると、私達は脚を速めた。
△▼△▼△▼△▼△▼△
私とユマはシオンの居るであろう建物に辿り着いた。
幸い、あの後は敵と遭遇することも無く、割と短時間でここまで来れた。
オフィスビルの様な外観の建物の様だが、建物の中からは、激しい戦闘音が聞こえてくる。
「行くよ」
「はい」
ユマに視線で注意を促し、ビルに入ると、そこで行われている戦闘に、私とユマは驚愕に目を見開いた。
「これは……!」
黒い靄のようなものが霧の様に立ち込めているが、時折それが爆発するように爆ぜると、真っ黒な人間が切り刻まれた姿を見せ、その周囲を大量の火花が彩り、剣戟音のみが聞こえてくる。
「何が起こってるんですか……?」
ユマは全く見えていない様だ。まあ、私にも攻撃の気配や残影のようなものしか……見えないのだ……が?
「ジュリ……アス?」
真っ黒な切り刻まれた男の顔は、私の腹違いの弟、ジュリアス・シーザリオとそっくり……いや、ジュリアスそのものだった。
ジュリアスは四肢を斬り飛ばされた状態から、身体に周囲の黒い靄が集まっていき、その身体を再生させていく。
しかし、四肢が完全に再生された側から、再び目にも留まらぬ斬撃を浴び、達磨になる。そしてまたそこに靄が集まり出した。
姿こそ捉えられないが、ジュリアスを刻んでいるのはおそらくシオンだろう……。
しかし、剣戟音がけたたましく鳴り響いているのは、シオンに近い速度で戦っている何かが居るという事だ。
私ですら捉えられない速度で戦闘を行いつつ、片手間にジュリアスに攻撃をしている事から、シオンの方が速度的には相手よりも上回っているのだろう。
しかし、この状況では介入する事もままならない。
状況が読めない事もあって、シオンと話をしたい所だが、私達が現れたにも関わらず動きを止めない所から察するに、シオンが戦っている相手も、足止めされているジュリアスも明確に敵であり、手を止めるのが危険だとシオンが判断しているのだろう。
となれば――。
「ユマ、済まないが私の後ろに下がってくれ」
「何をするんですか?」
「私の異能で無理矢理、全員の動きを止める」
私がそう言うと、ユマは無言で私の後ろに下がった。
私は自らの前方全域を展開範囲として、異能を発動する。
「
発声と共に、視界を覆わんばかりの巨大な氷が発生し、眼前の全てが氷に包まれ動きを止めた。
「――!!」
大氷の中には、ジュリアス、シオン、そして――。
「リノン!!」
私の愛する娘が、シオンと刃をぶつけていた。
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