第百三十八話 私を呼ぶ声
――白く、ただ白い世界で、私は浮かんでいた。
私の身を包むものは水のようではあるが、それは水では無いと何故かはっきりとわかる何かとしか言えない何か。
身動きは、取れない。
意識ははっきりとしているが、本当にただそれだけ。
金縛りという感覚は、味わったことが無いがこんな感じなのだろうか。
――音が無い。
いや、何も聞こえないのか。
不思議と、それでも不安は無い。
まるで、瞑想をしている時のように、心は凪いでいる。
――違うな。これは、
何も感じない? 自分でも良くわからないな。
何かを感じた瞬間、それを拒むかの様に、思考することを拒絶し、放棄している。
夢にしては、虚ろ過ぎるけど。
「――――――――ン」
なんだろう。何か、声が聞こえた気がした。
心に沁みる様な、そんな声音だ。
どこかで、聞いたことがあるような。
「だれ、のこえだっけ」
自分で声を出してみるが、私にはその自分の声が聞こえなかった。
なんだったんだろう。
誰か、此処に居るのかな。
動かす事のできない身体で、ただ白を写す自らの瞳を動かしてみようとするが、それも叶わない。
「――――――――ノン」
また、聞こえた。
今度はさっきよりもはっきりと聞こえた気がした。
鈴の音のような、女性の声だった。
記憶にある……。はっきりと憶えている筈なのに、分からない。
何かに思い出す事を阻害されている様な感覚。
「――――――リノン」
リノン。
私の、名前。私の名前の筈だ。
私の名前を呼ぶ鈴の音のような声は不思議と、胸に、心に馴染む。
温かみを感じる。
誰の――声だっけ?
「リノン」
なんだろう。だんだんとはっきり聞こえてくる。
聞いたことがある声なのに、それが誰か、思い出せない。
ずっと……ずっと昔から知っている様な……。
「リノン!!」
「父……様?」
はっきりと耳朶を打つその声が、激しく私の名を呼んだ時、白く染まっていた私の心を引き上げてくれた。
そうだ。私は、リノン・フォルネージュ。『灰燼』サフィリア・フォルネージュと『銀氷の剣聖』スティルナ・フォルネージュの娘にして、『豊穣の起源者』レイア・アウグストゥス・アウローラより意志を託された傭兵。
身体が動く。
心が、波打つ。
太刀の柄に手を伸ばし、霞に太刀を構え、全身に銀光を纏うと、太刀を振り下ろし一閃する。
――白が割れる。
視界が輝きに包まれ、全ての感覚が身体に戻っていくのを感じながら、何かが、私の中から抜けていくような感覚を一瞬感じた後、私は目を開いた。
「リ――ノン。戻れた……か。良かっ……た」
身体を包む暖かさを感じると共に、顔の横で先程と同じ鈴を鳴らしたような声が震えていた。
「――え?」
父様は私を抱き締めていた。
だが私は、自らの手に持った太刀で、父様の身体を貫いていた。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
あとがき
短いですが、戯神に精神を漂白されたリノンの回でした。
状況としては、シオンのところに現れ、シオンと交戦していた所、色々あって現れたスティルナによって自我を取り戻しましたが、目覚めたらスティルナを刺していたという状況です。
シオンとの交戦中から本話に至るまでの話が、次話から始まります。
時間進行おかしいだろ! というツッコミがありそうですが、このタイミングで本話をやるのが良いかなと判断した次第でした。
では、今後共よろしくお願いします。
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