第百三十七話 リノン救出作戦 22 Side Kurt
ヨハンさんの背中を追いかける形で伴走しながら、顧問がオリジンドールで降下した地点を目指す。
ふと、上を見れば薄っすらと光の亀裂が見える程度で、自然の光は凡そオレ達がいるところまで届く事はない。
しかし、乱立したビル群や、街灯等の無数の照明がこの街並みをまるで生きている街であると錯覚させるかのように照らしている。
実際は、人間はひとりとして住まない怪物の楽園の様な所のようだが。
――いや、戯神ローズルってやつを人間だとすれば、人っ子一人居ないというのも違う話になるのか。
「クソ! また出てきやがった!」
ヨハンさんが振り返らずに、忌々しげにボヤくと、オレの眼にもその異形の姿が映った。
「コウモリのバケモンの次は、クモのバケモンかよ!」
オレとヨハンさんの前には、キシキシと軋むような足音を立ててクモの怪物の軍団が現れ、オレ達を取り囲む。
その姿は、いかにも堅牢そうな外殻に覆われており、生半可な銃弾などでは弾き返してしまいそうな程に硬質で鉱物的な質感を感じさせる。
本来であれば、クモの胴体には頭がついている筈だが、そこから起き上がるようにして人間の胴体が生えている。
シルエットから見れば、裸の女性のそれだが、肌の色は紺に緑を混ぜたような毒々しい色彩であり、肋骨が浮き上がっていて腹部には本来収まっているはずの内臓が全く存在しないのか脊柱に少量の筋肉と外皮が張り付いただけの様に見え、腹部は異常に細い。
肩口から手に掛けては、真っ黒に染まっており、黒曜石のような質感は下半身のそれよりも鋭利で強固に見える。まるで、業物の刀のようなそれに触れれば、オレの身体などスッパリと斬れてしまうだろう。
そして、頭部は完全に蜘蛛のそれと人間の頭が混じり合っており、言うまでもなく化物だ。
大きな眼は複眼なのか、瞳孔は見えず、鏡の様にオレ達を映している。
「チッ、グラマーっちゃグラマーなんだろうが、アレぁソソられねぇな」
「ホントっすね」
軽口を叩きながら、戦術を考える。
オレの異能、感覚拡張を使えば、多少の痛みを激痛に変えることも可能だが、あの外殻に暗器の類や体術でダメージを与えるのは難しいだろう。
オレの獲物では大剣くらいしか決定打を与える事はできないと見るべきか。
この怪物共がどのような力を持っているか不明な状態で、突撃するというのも危険すぎる。
イーリスの姐さんの様に、どんな状況だろうがブチ抜ける身体能力があれば別だろうが、オレにはあの人の様な天賦の才は無い。
感覚拡張で痛覚を拡張して攻撃するにしても、虫には痛覚が無いとも聞いたこともあるし……。
――ここは、ヨハンさんの補助に徹するか?
「……さっきは、お前さんに気持ち悪い奴擦り付けちゃったからなァ。
しゃあねぇ。コイツ等はオレがやるか。撃ちもらしだけ頼むぜ。クルト」
「え? うっす」
なんだったら、さっきのよりこいつらの方が気持ち悪くね? とは思ったが、このオッサンの事だ。
皇都の戦いを経て、オレが成長したか確認する為だったのかもしれない。
ヨハンさんの面倒見の良さは、紅の黎明全体を見ても有名な話だ。
今では、ほんわか巨乳美人部隊長のミエル・クーヴェル隊長も、一時期は相当尖ってたらしいが、ヨハンさんが親父かっていうくらい気に掛けて今の性格になったとも聞くくらいだし。
「んじゃ行くわ」
かろうじて火が付いていたシケモクを吐き出し、足で揉み消すと、巨大な振動ブレードライフル『バスティオン』を起動させた。
耳鳴りの様な駆動音と共に、大剣の如き巨大な振動ブレードが駆動する。
ヨハンさんは、巨大で超重量を誇るバスティオンを片手で持つと、左半身にぼんやりと光を纏った。
「絶対領域……」
ヨハンさんの二つ名でもある『絶対領域』。それがなんの力かは分からないし、正式な名前も知らないが、あの光はヨハンさんを襲う攻撃をことごとく減衰させる性質を持つ。
ヨハンさんいわく、攻撃が届かない様にも出来るらしいが、オレはヨハンさんがそれをしたところは見たことが無い。
一見無傷に見えても、ヨハンさんは小さい裂傷を負っている事が多かった。
勿論無傷で作戦を終える事の方が多かったが、それは単純にヨハンさんが攻撃をまともに貰わなかったというだけに過ぎない。
とにかく、理由は分からないが、ヨハンさんは全力で絶対領域を展開する事は無いのだ。
「フッ!」
短い呼気と共に、ヨハンさんはバスティオンを一閃する。
まだクモ女達との距離は二十メテル近くある状態で振りぬかれた一閃は当然ながら空を斬る。
しかし、鉄同士がぶつかり合うような鈍い音を立ててクモ女達の何匹かが大きく吹き飛んだ。
空を斬る一閃と共に、バスティオンから扇状に弾丸を放ったのだ。
吹き飛んだクモ女達の頭部からは、緑色の体液が噴き出し、動きを止めた。
「ギッ!?」
奇怪な声と共に、クモ女達に動揺が広がる。
その隙をヨハンさんは見逃さず、右端のクモ女へと銃撃しながら間合いを詰めていく。
ヨハンさんの銃弾を腕を盾にして防ぐと、クモ女達は一斉にヨハンさんに群がるように殺到していく。
その数――全部で六体。
右端のクモ女に接近すると、ヨハンさんは銃撃を止めないままに、バスティオンの鋒をクモ女の防御の隙間から胸に突き込む。
超速度で振動する鋒が硬質な外皮を簡単に突き破ると、緑色の体液が噴出する。
ヨハンさんはそのままバスティオンを抉ると、突き刺さったクモ女をハンマー投げのようにして、殺到してくるクモ女たちへ向けて投げ飛ばした。
投げ飛ばされたクモ女は、すでに絶命しているようだが、その身体がぼんやりと発光している。
ソレは、向かってきていたクモ女にぶつかると、ものすごい勢いでぶつかった方のクモ女が吹き飛んだ。
それは、投げ飛ばされたクモ女の速度よりも何倍も速く、文字通りの砲弾となって背後のビルへと激突した。
ビルの外壁を突き破り、幾度かの激突音を響かせて沈黙する。
ヨハンさんが何をやったのかは分からないが、アレは間違いなく生きてはいないだろう。
「ギギャギギャギャ!!」
奇声をあげながら、クモ女達は仲間の末路を見届けると、振り向いた先にはヨハンさんが既に間合いを詰めていた。
「おいおい、戦いの最中に敵から視線を外してんじゃねえよ」
ぼんやりと輝く左手でクモ女にビンタを放つと、ビンタを食らった横の奴諸共、クモ女二匹が爆発するように吹き飛んだ。
先程のクモ女と同じように、恐ろしい勢いで建物を突き破り続け、その衝撃に怪物達は絶命する。
原理も何もわからないが、絶対領域を発動したヨハンさんには、向かう攻撃は減衰され、ヨハンさんがあの光で触れればとんでもない勢いで吹っ飛ぶ。
さらにバスティオンを一閃させ、クモ女達の頭部を切り飛ばし、絶命させると、最後の一匹となったクモ女が、その口から大量の液体を吐き出した。
飛び散った液体が地面に触れると、じゅうっと煙を上げている。
……おそらくアレは酸か。
ヨハンさんは、絶対領域を纏っている左半身を盾にして、臆することなく液体に飛び込み、大きく開いた手のひらでクモ女の頭を鷲掴みにすると、
「よっと」
気の抜けた声を出しながら、クモ女の頭を地面に叩き付けた。
オレの目にも余裕で見える速度で叩きつけられているにも関わらず、まるでミサイルでも落ちたかの様に、地面が爆砕し土砂が舞い上がる。
首から上が爆散したクモ女の胴体は、クレーターの中心で動きを止めていた。
「ふぃ〜肩凝るぜ」
凄惨な戦闘を見せたとは思えない気の抜けた声を出しながら、俺の方へとヨハンさんは戻ってくる。
これでも、この人の真骨頂は環境を利用した戦闘技法にある為、今の戦闘がこの人の底では無い事をオレは知っている。
紅の黎明の部隊長達は皆、高い戦闘能力と直感や知能を備える。
異能の凶悪さで言えば、クーヴェル隊長。
身体能力で言えば、イーリスの姐さん。
広域殲滅力で言えば、ルーファス隊長。
防衛力で言えば、ゴルドフ隊長。
そして、それらに置いてはヨハンさんは全てにおいて一歩劣るが、それだけなのだ。
一見地味で目立たないようだが、このオッサン……ヨハンさんは、全ての力において次点と言える実力を持っている。
流石にサフィリア前団長やスティルナ団長には及ばないとは思うが、その戦闘能力、技量、生存能力、身体能力、そして人格。
その全てを高次元に備えつつも、一歩退き、俯瞰的に物事を見ているからこそ……オレは尊敬しているんだ。このオッサンを。
「んお? どうやら、あっちから気付いて来てくれたみてぇだな」
遠くから、顧問のオリジンドールと、クーヴェル隊長、イーリスの姐さんがこちらに向かってくるのが見えた。
なにやら、姐さんがキレている様にも見えるのが心配だけど……。
「ウッヘヘ。あっちに向かってバケモンをふっ飛ばしたかいがあったぜ」
ドヤ顔でオレを見るオッサンに、オレは半目になり、ボソリと呟く。
「あ〜ぁ、死んだな。オッサン」
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