第百三十六話 リノン救出作戦 21 Side Kurt



「オイ、クルトォ! マジでこっちで合ってんだろうなぁ!?」



 暗闇の中、先行するヨハンさんが俺に向けて唾を飛ばす。



「端末だと、こっちなんスケドね……」



 頭を下げて唾を避けながら、ヨハンさんの後ろを走る。

 

 ――ここに来てからは、次から次へと驚きの連続ってやつだ。

 マリナリアス渓谷の谷底にこんな無人の都市が築かれていた事もそうだ。この深淵都市を造り上げたであろう戯神ローズルというヤツについては、会議の場で聞いたこと以外には、自分を暗殺しに現れた俺を拾い上げてくれた剣の師匠でもあるサフィリア前団長から伝え聞いた友人の仇という事と、灰氷大戦で起きた裏側の事くらいで、戯神ローズルの人となりについては知るべくもない。

 戯神ローズルが何を思い、この無人の都市を造り上げたのかは個人的には気になるところだ。

 この深淵都市に住まう人間の姿や生活感が無いというのに、商業施設らしき建物や団地のような集合住宅のような建物まであるというのは、此処に人間を移住させるつもりがあったのか、もしくは人と迎合できない自らを慰めてでもいるのか。

 仮に後者に近い考えを持っていたのだとしたら、戯神ローズルは割と人間くさい、センチメンタルな存在なのかもしれない。


 それに、此処に来てから移動する度に遭遇するのは、人間ではなく怪物という事だ。

 マリナリアス渓谷の一帯――即ち、レゾン森林地帯や、シングスウィル近郊を含むマリナリアス地方ということになるが、この辺りは元々怪物の目撃情報が多かった。

 しかし、それを抜きにしてもこの深淵都市には怪物が多過ぎる。それも、多いだけで無く異能に近い力を持つ個体も少なく無い。


 まるで――此処から怪物が湧き出してるみたいだ。



「あっ、ヨハンさんそこの角右……!」


「オイ、ここさっき通っただろ! お前ホントに端末使えてんのか? クルトお前方向音痴か?」


「ん、っかしいな〜。合ってると思うんスけど……ヨハンさんもちょっと見てくださいよ」


「俺ぁ、こんな暗ェところだと見えねぇんだよ。老眼だしな」


「老眼って……。締まらねぇな、おっさん」


「うるせぇ! 聞こえてんぞ! 耳だけはいいんだ俺は」


 (ますます年寄りクセェな)



 オレは端末を確認し直し、自分の現在地から一番近い味方を再度検索する。



「ちょっと待ってくださいよぉ〜っと」


「……クルト、少し下がれ」


「え?」


「またおいでなすったぜ。ったく、何回目だこれで」



 ヨハンさんが、口元でヨレヨレになったシケモクを吐き出した先には、確かに殺気を感じる。

 ヨハンさんが自らの得物である大型振動ブレードライフル『バスティオン』を起動させ、殺意の先に流れる様な動きで銃弾を放った。


 暗闇へと銃弾は消えていったが、それが開戦の合図となったか、猛烈なスピードで、地を這うようにそれは飛び込んで来た。



「かぁ〜! 気味がわりぃなオイ!!」



 一気に間合いを詰めた異形は、その鋭利な爪でヨハンさんを切り裂こうと腕を振るうが、振るわれた腕を絡めとるようにして、背後の建物に投げ飛ばした。

 コンクリートの壁面に激突する刹那、その異形は背中に生えた翼を大きく広げ制動を取り、激突を免れた。



「コウモリ人間?」



 見る人が見れば、悪魔とも言いそうなその姿は正にコウモリを人型にしたような姿だった。

 最初にヨハンさんに急接近してきたのも、あの翼による滑空だろうか。

 だとすれば、あの翼による機動力は侮れないものがある。



「い〜や、咄嗟に投げたけど、素手で触っちゃったよ。毛の感じが三日くらい風呂入ってねー中年のソレだぜ。くぁ〜! おいクルト、アイツの相手お前に任せるわ」


「ええ? だってさっきは下がれつったじゃないすか!」


「いやホラ、誰でも苦手なモンってあんだろ? 俺ああいうヌルっとした脂っこいのは嫌なんだよ。頼むよクルト先輩!」



 いや俺だって気持ちわりぃわ! それに誰が先輩だ、都合良すぎんだろ!!


 内心でツッコミながらも、俺は大きく溜息をつく。



「はぁ〜あ、俺もクーヴェル隊長のとことかに配属されたかったなぁ」


「なんだとテメこら」



 ボヤきながら、背中に背負った大剣を引き抜くと、大剣を正眼に構え、鋒をコウモリ人間へと向ける。


 

「だっておっさんより、巨乳美女の方が良いに決まってんで……しょ!!」



 大剣を突き出すようにして、コウモリ人間に向けて疾駆すると、威嚇するようにコウモリ人間は奇声を発し、口腔から体液を撒き散らした。



「ギギギャアアアアアアッッッ!!!」


「うお、きたね」



 ヨハンさんが背後でそう口にしたのが、ぼんやりと聞こえたが、それさっきアンタもやってたからな。


 本能的に嫌悪感を抱くような奇声を、異能を発動しシャットダウンする。


 俺の異能、『感覚拡張』によって、聴覚の機能を強化しコウモリ人間の奇声を聞こえなくする。


 続いて――感覚拡張、『痛覚強化』。


 大剣によって与えた痛覚を何倍にも変える異能を付与し、コウモリ人間の腹を狙い刺突を繰り出す。


 コウモリ人間は、俺の刺突から逃れようと真上に向けて飛び上がる。



「チッ」



 紙一重で刺突を躱され、コウモリ人間は真上へと姿を躍らせると、背中の翼を羽ばたかせ始めた。

 飛ばれると厄介だ。アイツに遠距離攻撃手段は無さそうだが、ヒットアンドアウェイ的な動きをされれば、単純に面倒だ。


 コウモリ人間までの距離は凡そ、三メテル。


 このまま真上に大剣を振れば、ギリギリ届かない間合いであるし、なにより上昇されればますます手の出しようが無くなる。


 だが、は、まだコウモリ人間を斬り伏せる事が可能だ。



「おッらああァァァッ!!」



 大剣を刺突の体勢から引き戻し、柄を両手で絞ると、大剣のギミックが作動する。

 そして、即座に真上を横一閃薙ぎ払うと、斬撃の途中で、大剣が幾つもの刃に分かたれ、それぞれが繋がれたワイヤーによってその攻撃範囲を拡大させ、コウモリ人間の背中を浅く切り裂いた。



「ギアアアアアアアッ!!!」



 痛覚拡張によって何倍にも増幅させられた痛みは、即座にコウモリ人間の脳の防衛機能を作動させ、断末魔の悲鳴と共に、コウモリ人間をショック死させた。


 俺は延伸した刃を引き戻し、大剣の姿に戻すと、一払いしてコウモリ人間の血を払い、大剣を背負った。



「やるじゃねえか。クルト」


「誰のせいですかね。全く」 



 ジト目でヨハンさんを見やれば、全く悪びれもなく「よし、行くか」と言ってきた。



「えーっと。あ、ちょっと待って下さい。今戦ってる間に顧問から連絡入ってたみたいッス」


「アリアから? 上でなんかあったのか?」


「さぁ? とりあえず掛けなおします――――――出ないッスね」



 と、言ったところで、遠くの方で轟音と共に水柱の様な物が建物を破壊したのが見えた。

 この夜の街の様な、建物の明かり位しか光が無いところですら見えるのだから、その規模は相当なものだろう。

 おそらくは、顧問のオリジンドールによるもの。



「言うまでもなくあっちだな。クルト、急ぐぞ」


「了解ッス。……って、あの辺、クーヴェル隊長とイーリス隊長がいる辺りっすね!」



 やはり、分断されたあちこちて戦闘が起きているのだろう。

 何かの理由で、上で待機していた顧問が降りてきた……って事か?



「こりゃ、骨が折れるなぁきっと」



 一ボヤキすると、俺はヨハンさんの後ろをついて走り出した。

 



  


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る