第百三十四話 リノン救出作戦 20 Side Aria
「――
私はグレイシアの携える大槍『オーレリア』に、起源力を流し込んでいく。
大槍は瞬く間に巨大な氷に包まれ、それが優美な大剣の形に収斂していく。
不純物を一切含まない氷の刃は、まるで水晶のようでもあり、一見脆く、儚くも感じられるが、実際は私の起源力によって結合力を向上させている為、例え鋼鉄と打ち合っても刃がかける事は無い。
巨竜の首が増殖しているのだ。
「――アリア! 何をしている! そいつが妙な動きを見せる前に叩き斬れ!!」
背後で、霧氷聖域によって隔離したイーリスが、血気盛んに叫んでいる。
確かに先手必勝で仕掛けるのもいいだろう――多少懸念はあるが、仕掛けるか!
私は瘴気の巨竜の頸を刈る様に、銀氷大剣を真横に薙ぎ払う。
屋内で戦っている為、あまり派手に銀氷大剣を振れば、ビルの倒壊を招くだろうと最小限の動きに留めた。
私の斬撃によって巨竜の頭部が静かに宙を舞い、虚ろな眼窩に光るその眼の様な輝きが一つ、真下の巨竜が垂れ流す瘴気の中にぽとりと落ちていく。
――これで終わりか?
あまりにも呆気なさすぎる。私は銀氷大剣を引き戻し、一応の警戒を続ける。
「顧問! 上です!!」
「――!!」
ミエルの警告の直後、切り飛ばした頸から、猛烈な勢いで植物の根のようなものが噴出する。
破裂した水風船の様に枝や根を巡らせるソレは、私の銀氷大剣に絡みつき、締め上げてくる。
「くっ。コレは……あの男の力か」
皇都での戦いで、アイザリアと共に私と戦った男。『
彼の力は、木……広義には植物を創造する力と言えるだろう。
「アリア! 下もだ!!」
「――!!」
イーリスの叫びに、視線をはしらせれば、頸を刎ね飛ばした筈の瘴気の巨竜は、同時に九つもの頸を一斉に生やし、そこにはかつてリノンに斃された女、アイザリアの顔が現れる。
更に巨大な樹の球と化した巨竜の頸からも、やはり、シダーの顔が現出した。
「「ああああアァァァァア〜〜!!!!」」
二体の声とも言えない絶叫は、背筋を凍り付かせ、心の根源に直接恐怖を擦り込む様な、そんな感覚を想起させる。
実際、私の全身も恐怖に粟立ち、冷や汗に全身を濡らさせた。
「
グレイシアの前面から、視界を埋め尽くす程に大量の蒼黒い水流を発生させる。
――戦略性など一切無い、恐怖に支配された咄嗟の攻撃だ。
「
蒼き深淵によって生み出した大量の水を、大氷結により即座に凍結させる。
私の最も得意とする攻撃パターンだ。
「っハア、ハア……なんだ……何なんだアイツ等は……!」
蒼黒き巨大な氷塊の檻に、異形の二体は閉じ込められた。
「アリア! なんだあの化け物共は!?」
イーリスの叫びに、内心では『私が知るか!』と憤りつつ、答えには至れずとも、多少の想像はつく。
――おそらくあれ等は、シダーとアイザリアという『起源者を素体とした怪物』。
このマリナリアス渓谷周辺には、異能を持った怪物の存在も確認されているという情報も入っている。
マリナリアス渓谷が、戯神の拠点で有る事を考えれば、それは戯神と無関係とは考えにくい。
このアーレスにおける怪物といえば、意思無き魔物の様な存在でもあるが、これまで確認されている怪物には共通点がある。
それは――怪物の全てが
燃え盛る腕を持つ猿人、狼のような俊敏性と獰猛さを備えた人狼、皮膚が黒曜石の様になった岩石人形……他にも様々な怪物が確認、討伐されているが、それ等は全て人の形をしていた。
これは推測に過ぎないが、怪物という存在は、おそらく戯神が人工起源者を生み出す研究をしていた過程で生まれた存在……もしくは、その研究の失敗作。
そして、ある種の完成形がアイザリアやシダー、シリル等であり、皇都での戦いで死亡したと思われる彼等の遺体。そこには確かに魂と起源紋があったのだろう。
おそらくはその魂と、起源紋を強引に融合させ力とし、その力の器が彼等の遺体。
結果……今の彼等の様な、人ですらない、力の成れの果てと言える存在になってしまったといったところだろうか。
「……」
憶測ではあるが、おそらくはそう的を外してはいないだろう。
――あまりの非道さと、哀れさに、込み上げるように怒りが沸き立つ。
「おい、聞いているのかアリア!」
「ちょっとイーリスさん! 顧問があんなのを知ってるわけないでしょう!?」
「もはや、魂すら……穢すというのか」
「「……?」」
イーリスとミエルが何かを言っているが、私にはよく聞こえなかった。
間欠泉のように湧き出る激情が私を支配し、先程まで恐怖に支配されていたこの身体が、怒りに支配される。
私の感情に呼応するように、グレイシアの機体全身から白炎の如き冷気が昇った。
「「アァァァァアッッ!!!!」」
大氷結によって深淵の暗き檻に閉じ込められた異形達が、その氷牢を破壊し、絶叫と共にその姿を現した。
(やはり起源力の出力は、四大起源にすら迫るか)
抜け出したものの、奴等の動きは鈍い。
しかし、強力に起源力を内部で高めると、シダーだったものからは、大樹の根の槍が高速で突き出される。
同時に、アイザリアだったものからは、九つのアイザリアを模した瘴気の顔から、漆黒の
どちらも、恐るべき出力と速度でグレイシアに殺到してくる。
私はそれ等の攻撃を視界に捉え、機体内で彼等と同じ様に収斂させていた起源力を解放した。
「
大槍の穂先を地に向け縦に構え、槍に仕込まれた異能伝達物質であるアナキティスに起源力を伝達、増幅し、万物を……精神や魂すら凍死させる絶凍の冷気を放射する。
白煉氷獄による冷気は、シダーの樹木槍とアイザリアの毒の吐息を即座に凍結させ、白く塗りつぶしていく。
彼等の力とは拮抗すら許さない、水を司る『
触れた側から漂白されるように、真っ白に変わった彼等の力は、ダイヤモンドダストとなって、ただただ砕け散る。
「「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」」
恐ろしき絶叫と共に、再度彼等は起源力を内部に高めていく。
いかに強力な力を持てど、それを振るうのは人の意思だ。
今の彼らにはそれがない。
「
縦に構えた大槍に更に起源力を循環させ、地面を穂先でコツンと叩くと、地面を割り、合計六つの
漆黒の闇よりも深き黎き水流は、シダーとアイザリアを球形に囲み、徐々に内側へと圧縮していく。
淵底の黎水は、呑み込んだ対象の肉体を分解し、生命のスープと呼ばれた原初の海と同じ成分へと変化させる。
ここが海であったならば、彼等の魂は海と溶け合い、やがて新たな生命として生まれたのかもしれない。
――極限まで黎き水球は圧縮され、そこにはやがて、虚ろな灯火のような光の球がそれぞれ転がっていた。
(あれは……彼等の起源紋か)
私はグレイシアから降り、その光の球の下へと歩みを進める。
不安げにイーリスとミエルが私に視線を向けるが、私に不安はなかった。
淵底の黎水によって、アイザリア達の器は消滅した。残ったのは、彼等の魂と融け合った起源紋だ。
私はアイザリアとシダーの魂の光に触れると、彼等の記憶と想いが私の中に入り込んで来た。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
アリアの奥義である『白煉氷獄』。これはスティルナの持つ氷の異能の深淵に当たる力と同じものです。
もう一つの奥義である『淵底黎水』。これも、水の異能者に当たる存在が異能の深淵にふれれば、もしかしたら使えるようになるかもしれませんね。
もっとも、此等の技はアリアも本体に戻らなければ、本来は使える技ではありません。
とすれば、やっぱりスティルナは凄いですね。
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