第百三十三話 リノン救出作戦 19 Side Aria



 皇都における戦いで、戯神の手駒として現れた女、アイザリア・ホルテンジア。

 シダーという青年と共に現れた彼女は、戯神によって起源者とされた影響だったのか、ひどく精神が不安定な様子だった。

 その妖艶で蠱惑的な肢体からは、想像もつかぬほどの身のこなしと毒や瘴気を操るその能力は、眷属体の身とはいえ真の起源者と言える私を追い詰めるほどの力を備えていた。

 私が戦闘した時は人の身でこそあったが、リノンと合流し、リノンがアイザリアと戦闘を行った際、追い詰められたアイザリアはまるで自らの力に侵食されるように、その身を骨の毒竜と化したとリノンからは伝え聞いていたのだが……。



「――おい、アリア! 君はあれがなにか知っているのか!?」



 白骨の巨竜の事をアイザリアと呼んだ私に対し、イーリスが問い掛ける。

 あのような異形の巨体を、人の名で呼べば、なるほど違和感を与えるに違いない。



「……はっきりとは分かりませんが、あれと似たものと皇都でリノンが戦ったのです。

 ですが、あの時リノンに聞いた限りではここまで巨大ではなかったと思いますが」



 私がイーリスに返事をしている間にも、白骨の巨竜は、その虚ろな眼窩にぼんやりと輝く光を此方に向けてきている。

 この巨竜の大きさは縦で二十メテル程、頭骨から尾までの長さは優に四十メテルは有る。

 あの戯神が皇都で根城にしていた地下空間は、オリジンドール・アウローラの格納室こそ高さも大きかったが、アイザリアやシダーと戦闘したあの空間は、前後の広さこそ百メテル以上あったが、高さは五メテル程だったと思う。

 眼前の巨竜がアイザリアだとしたら、その大きさは数倍にも変質しているという事だ。


 (ふむ……特性こそアイザリアと同質と言えるだろうが、冷静に考えてみれば、アレがアイザリアだろうとそうで無かろうとどうでもいい事だな。

 ――どうせ、倒さなければいけない敵であることに変わりはないのだからな)


 私はイーリスとミエルを背後に護るようにして、巨竜と対峙する。



「ミエル、イーリス。今からコイツをグレイシアで排除します。

 貴方達には、コイツを倒したあとで私とリノンの元へ行ってもらいたいので、今から展開する結界の中で大人しくしていて貰えるとありがたいです」


「リノンだと? ちょっと待てアリ――」


霜氷聖域ライフ・ザンクトゥアーリム



 悪いが、細かく説明している時間は無い。

 イーリスとミエルを囲む様に、球形の氷の結界を展開する。

 アルカセトでの戦争介入の際使用した起源術だが、力を失った今の私でも、このグレイシアに搭乗していれば、本来の身体の私に匹敵するほどに強固な結界を展開する事ができる。

 それ程に、このグレイシアによる異能――ひいては起源力を増幅する機構は強力なものだ。

 これをもし、本来の身体でグレイシアに乗る事が叶うのなら、おそらくは私一人でアーレスという惑星を氷漬けにする事も可能だろう。


 (成長する事ができない起源者の私が、こうして自分以外の何かを頼る事で、更なる力を得るというのは、感慨深いものだな)


 強大な力を持つが故、他者に頼らず、ただ力を振るうだけの存在だった私が、人間の様に創意工夫を駆使し、他の誰かに頼りながら目的を果たそうとしているのだ。

 状況は、一刻を争うというのに、どこかで心が踊るのを自覚する。


 ――刹那の自嘲だったが、大槍を構える私に向け、白骨の巨竜はこちらに向けて再度、瘴気のブレスを吐き出した。


 グレイシアに瘴気が接触したとして、人の身のように生命を削られるのかは分からないが、アウローラと対峙するまで、このグレイシアに傷を付けさせる訳にはいかない。


 大槍を前面に突き出し、突撃体勢を取ると、槍から高圧水流を発生させる。



激流槍マールシュトローム



 渦を巻きながら発生した激流は、まるで水の大蛇。

 テラリスに伝わる神話に残る、世界を呑み込む巨大なヨルムンガンドを思わせる。


 巨竜の放ったブレスは、私の激流槍と激突し、一切の拮抗を生まずに激しい水流が白骨の巨竜を呑み込んだ。


 このまま圧しつづければ、相当な距離を吹き飛ばせるだろうが、確実にコイツを仕留めて置かなければ、後々の行動に支障をきたす可能性もある。



氷華アイス・ブルーム



 槍から発生させている水流を一瞬にして凍結させる。

 本来は、氷の蔦を伸ばし触れたものを凍結させる技だが、激流槍の水流そのものを凍結させ、呑み込んだ巨竜は氷河に飲み込まれたように、その動きを止めた。


 人間相手なら、この時点で氷を砕くなり、凍死させるなりで殺せるだろうが、相手は異形の化け物だ。凍死という概念が通用するのかは分からない。

 分からないのなら、確実に仕留める為その選択肢は捨てるべきだろう。

 ――ならば、



氷焉の滅びアイス・ツェアシュテールング



 大槍の穂先から、徐々に氷結した高圧水流が、氷塵ダイヤモンドダストと化していく。

 本来であれば、本来の身体で無ければ使えない規模の起源術だが、グレイシアに搭乗した今ならそれを使用可能とさせていた。

 

 徐々に滅びがその身に迫る中、白骨の巨竜は、虚ろな眼窩に宿った光を明滅させ始めた。



「――拘束から逃れるつもりか!?」



 ダイヤモンドダストに分解される滅びの力が迫る中、巨竜は恐るべき事に自身を拘束していた巨大な氷を、その身から大量の瘴気を放つ事によって破壊した。

 大氷が内から迸る圧倒的な出力に押され、軋む音と共に砕け散った。



「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」



 巨竜は地鳴りの様な咆哮と共に瘴気を大量に噴出し、瘴気をその身に肉の様に纏った。

 もはや、闇そのものとすら言えるその姿は、神話の怪物に相違無い姿で、私が名付けるのならば、『暗黒竜』といったところだろうか。



「見た目の変化よりも……なんだあの出力は……!」



 異能……というよりも起源力に近い、ヤツの力は、もはや恐るべき力を放っていた。



「起源力の総量でいえば、本来の四大起源われわれにすら匹敵するぞ……」



 おそらくは、本来の力を解放した姿が、今のあの暗黒竜ということなのだろうか。



「……だが、やる事は一緒か」



 結局の所、コイツが力を増そうが、コイツを滅ぼさなければならない事に変わりはない。

 人の身であれば、厄介極まりないタイプだろうが、グレイシアならば、少なくとも瘴気や毒を吸い込んで行動不能となる事は無いだろう。



「仕切り直しだ。化け物」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」



 私の悪態に講義するかのように、暗黒竜はまた咆哮を放った。

 



 

 

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