第百三十二話 リノン救出作戦 18 side Aria



「私はこんなにも、落ち着きの無い女だったか……?」



 オリジンドール・グレイシアの操縦席が、先程から複数の異能力を感知し、それを数値化したものを、私の居る全天周囲モニターの中に映し出す。

 力の大半を喪失した私であっても、強力な異能や起源の力はある程度探知できる。


 グレイシアと私、その両方が複数箇所で次々に強力な力を感知した為、各所で戦闘が起きている事を理解する。


 一番はじめに感知したのは、おそらくはスティルナの異能だろう。


 感覚的にそれは、彼女のものと私には分かったし、グレイシアのレーダーにも登録済みであった為、Stillna.folneigeと名称まで現れた。


 強力に収斂された、圧倒的冷気を行使している事まで分かったのは、私が水の起源者の力の一端として、氷や雪などの力も行使できる為だろうか。


 その次に発生したのは、スティルナからは少し離れた位置での反応だった。

 何かまでは分からないが、おそらくは戯神による人造起源者だろう。本来の起源者と比べるべくもないが、それでもこのアーレスにおいては相当に強力な力を得ていると言える。


 皇都での戦いで、私とリノンが戦ったアイザリア・ホルテンジアや、シダー・ベルエボニーのような、もとより高い戦闘能力を持つ高位の傭兵が、現状からその実力を更にブーストさせる為に戯神による強化を得た結果、理性よりも衝動が強くなり、人として不安定な存在に成り果ててはいるものの、眷属体としての私と同等――本来の起源者としての力から見れば、十分の一程度の力しか持たないが、本来常人が到達できる領域を越えた力を、彼女達は得るに至っていた。


 だが、感知した力は、アイザリアやシダー等よりも安定している様に感じた為、彼女達よりも元来の力が、異能者として完成された者だったのかもしれない。


 そして、その者と同じ地点で、スティルナやサフィリアと同等に近い力の昂りが起こった。

 これはおそらくは、先日、紅の黎明に参加したシオン・オルランドだろう。

 感覚的には、イドラの起源の力に近いものを感じるが、シオンの異能は自らの身体速度や反射、反応、思考速度の加速化という異能だった筈だ。


 シオンに関しては、一目見ただけでスティルナやサフィリアと同等の力を持つ事が伺えた。


 眷属体の私では、力の制御や展開規模こそ優れるかもしれないが、いざ戦闘になれば確実に敗北するだろう。


 リノン達にこそ話してはいないが、我々起源者には伸びしろが無い。

 初めから強力で完成された力を持つが故、成長が無い。

 それが、起源者という存在だ。


 だからこそ、成長し、身も心も強くなっていく人間は、美しい。


 起源者という命運のもとに生まれた私にとっては、彼等は羨望の対象とすら言える。



「そんな彼等が、リノンの為に心身を削り戦っているというのに、虚ろな私はただ待つ身というのは余りにも――」



 ――突如、圧倒的な力の奔流が巻き起こる。


 私には、相棒である私には、それが何か、即座に理解できた。

 その力は、炎が天を焦がすが如く熱く、水が渇きを癒やすが如く清く、風が花を揺らすが如く優美で、大地が全てを包み込むが如く荘厳だった。



「――リノン!!」



 グレイシアのレーダーには、今の力の奔流は捉えていなかった。

 私には、リノンの方向こそ分かれど、スティルナに下された命令は待機だ。



「誰かに伝える事ができれば……!」



 スティルナやイーリスであれば、感覚の眼によって今のリノンの力を捉えている可能性もある。

 だが、特殊な状況でない限りは戦闘中にそれを使用する事は無いだろうし、何よりも先程のリノンの力の昂りは、瞬きのような一瞬で鳴りを潜めてしまった。


 私は端末を取り出し、各員に連絡を図るが、一向に繋がる者は居ない。


 当然といえば当然とも言える。戦闘中に通信端末を触る等、相当な格下相手でも無ければそのような行動は取らないだろう。



 ならば、私が為すべき答えは、一つだ。



「アリア・アウローラ。グレイシア、降下する」



 私が音声回線を開き、機体外にそう宣言すれば、飛空艇の乗員達が慌ただしく動き出した。


 ハッチへと歩を進めていれば、グレイシアに飛空艇の艦橋で待機していた補給部隊の者から通信が入った。



「戦術顧問に出された命令は、敵性大型オリジンドールの出現まで、待機と伺っておりますが……緊急事態でしょうか?」


「今しがた、リノンの力を感じました。方向と、大体の位置は把握した為、スティルナ達に伝達しようと通信を試みましたが、通信は繋がりませんでした。

 ――故に、待機命令を放棄し、私が其方に向かう事にします」


「……なるほど。では、此方の方でも引き続き突入部隊への通信を試みてみます。

 顧問の降下は了承しましたが、降下中戦闘行動に至るまで、顧問の方からも各員に再度通信を試みて下さい。

 顧問の感覚的なものでは、此方で座標を指示する訳にもいきませんので、やはり顧問と直接通信した方が、確実でしょう」


「そうですね。了解しました。

 では、よろしくお願いします」

 

「顧問も、お気を付けて」



 私は、モニター越しに頷くと、グレイシアをマリナリアスの深淵へと身を踊らせた。


 周囲を警戒しながらも、グレイシアの通信装置を操作し、皆に再度通信を試みていく。


 スティルナは――応答しない。


 ミエルも、ヨハンも――応答無し。


 イーリスは――、


「アリアか!? 悪いが今忙し……」



 繋がった! 


「イーリス良かった貴方しか繋がらなくて私も今から降下しますひとまず貴方方の方へ行きますからでは!」



 矢継ぎ早に、そちらへ向かう事を伝えると、通信を切断する。


 背後で建物の破砕音が聞こえたのは、おそらくイーリスも戦闘中だったのだろう。


 イーリスの端末座標を特定すると、イーリスの側にはミエルが居るようだった。


 ミエルが通信に出なかったことから、共闘かもしくは敵の手勢を分担して対応していたのだろう。



「あの二人を伴っていけるのであれば、如何に戯神といえども、隙を見てリノンを救う事くらいは……!」



 スティルナやシオン達から見れば、流石に劣るだろうが、イーリスもミエルも独自性を備えた強力な存在だ。

 アウローラをグレイシアで私が押し止めれば、その隙にリノンを確保する事は難しくない筈。



 期待を胸に抱きながら、イーリスの座標に向けてグレイシアを駆る。


 地底へ向けて飛翔するというのは、言葉にすればなんとも違和感があるものだ。

 戯神によって建造されたであろう深淵にそびえ立つ摩天楼を、縫う様にして翔ぶ。


 大量のビル群は、かつてのテラリスにおけるムーレリアの街並みを想起させる。


 戯神にも、故郷を懐かしむ心があるのだろうかと、くだらない事を考えてしまった。



「――あのビルか」



 イーリス達の居る建物を補足した刹那、グレイシアのレーダーが警告音を響かせた。



「強力な異能……?」



 そして、私の知覚にも、その力が感じ取られ、その力の禍々しさに背筋がぞくりと震えさせられた。



「なにか、危険な状況……という事か」



 おそらくは、敵の力か。


 イーリスは異能を持たないし、ミエルがこれ程に邪悪な力を生み出したりはしないだろう。

 

 グレイシアの得物である巨槍『オーレリア』に、起源力を渡らせていく。

 巨槍は、氷を纏い、更にその穂先を大きく鋭くしていき、ビルの屋上へと穂先を突き入れる。


 真上から突撃チャージし、退路を確保すると共に、不意打ちを突き込む……!



 建材を突き破り、次々に階層を破壊していく。



 やがて、一番下のエントランスへと突入し、それは姿を見せた。


 ――瘴気の……巨竜?


 禍々しい瘴気で身を作ったような、ソレは、身に秘めていた起源力を解放するように、瘴気を噴出させていた。



激流槍マール・シュトローム!」



 瘴気の巨竜は、イーリス達に向けて瘴気を吐き出した為、その瘴気のブレスに向けて巨大な高圧水流を放出する。


 グレイシアによって増幅された私の起源術は、瘴気のブレスを打ち破り、イーリス達の身を守る。


 しかし、その瘴気の巨竜――それは、リノンから聞いていたの最後の力を私に連想させる。


 皇都での戦い……その時に。


 起源者と名乗り、私と対峙したあの女……。



「まさか……」



 高度な身のこなしと、毒の力を持った、情緒不安定な女。



「アレは……アイザリア・ホルテンジア……なのか?」



 


  

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