第百三十一話 リノン救出作戦 17 side Iris 



 片脚を軽く上げ、地を震わす程に強烈に踏み込む。


 ――フォルネージュ流体術、震影踏ふるえぶみ


 震脚によって発生した振動波を、レヴィアの足元に向け送る。

 これは、相手の脚部を一時的に白蝋病のような状態にする技だ。

 直接的な攻撃力という意味では、乏しい技だが、レヴィアのような技巧派の者にとって身体感覚に狂いが生じるという事は、相当に違和感を生じさせる事ができる筈だ。


 ――だが、ヤツは私の技を知らずとも見抜いたのか、障壁を背後に発生させ、地面と平行に跳躍してきた。


 地に足をつけた状態でなければ効果が無い震影踏による振動波は、虚しくレヴィアと交差する。


 無言のままに障壁によって弾き飛ばされる力を利用し、ルナ姉さんの歩法にも迫る速度で間合いを詰めるレヴィアは、紫電一閃、ククリナイフの尖端で私の心臓を狙い突き出してくる。


 疾い――が、



「私に近接戦闘を挑んだ時点で、失敗だったな!」



 左手の指を、鳥の嘴の様にして伸ばし、レヴィアのククリナイフの鋒を摘む。



「――!」



 レヴィアの表情が困惑に歪む中、私は会心の笑みに口元が歪んだ。

 鋒が掌を突き破る刹那、レヴィアの突進速度を体幹でいなしながら、腕を引き、レヴィアの運動ベクトルを徐々に相殺していく。


 ――フォルネージュ流体術、絶掌ぜっしょう


 速度を殺しながら、レヴィアの伸ばした腕に抱かれる様に身体を入れていく。

 そこで、レヴィアが私に向けて空の手を伸ばしてきた。


 急激に押し退けられる様に、レヴィアと私の間に障壁が発生する。



「……フ。知っているか? バリアーという物は、砕かれる為にあると!」


「な……ッ!?」



 右足を翻し、馬が後ろ脚で蹴りつけるようにして、障壁を蹴り砕く。



「死ね」



 右の手刀を、レヴィアの脇腹に一気に突き刺していく。



「ぐおおッ!!」



 おそらくは防弾防塵のジャケットを突き破り、鍛え上げられた肉をも突き破る。

 私は更に腕に力を込めていき、内臓を蹂躙しようとして――、硬質な手応えを感じた。



「ハッ! 意外と生き汚いものだな」


「……」



 ヤツが体内に展開させた障壁を貫こうと、腕に力を込めれば、レヴィアは無言のままに頭突きを繰り出して来る。

 ヤツの頭突きに合わせ、コチラも額を振りかぶる。


 お互いの額が爆ぜ、鮮血の花火が花開いた。



「く……!」



 レヴィアは苦痛に表情を歪め、体勢を崩し、私に捉えられていたククリナイフの柄から手を放してしまった。


 私は摘んでいたククリナイフを回転させ、逆手に持つと、レヴィアの太腿にそれを深々と突き刺した。



「ぐっおおおおおお!!!」



 大腿骨を圧し折り、太腿の裏側から鋒が飛び出し、レヴィアは苦鳴をあげる。



紅の黎明われわれに仇なした時点で、こうなると分かっていただろうに」



 先程の頭突きによって、朱に染まった前髪の隙間からレヴィアを見やる。



「わかるだろう……。傭兵は、死地は選べん。団が依頼を受諾すれば……何が相手だろうと、そこが死地だ……!」



 レヴィアは太腿のククリナイフを引き抜き、私の肩口に突き刺そうと振りかぶるが――、



「その矜持、見事だ」



 レヴィアの脇腹に突き刺していた右腕に、全力で力を込め、体内の障壁を砕き割る。

 柔らかな臓物を次々に引き裂いていき、肋骨を砕き脇の下から私の指先が顔を出した。



「ぐ……く……ぁ……」


「機会があれば、ネイヴィス殿には侘びておくよ」



 手刀を引き抜き、腕を振り血を払う。


 力無く崩れ落ちたレヴィアは、自らが作り出した血溜まりに伏し、絶命した。


 私とは特性的な相性もあるのだろうが……それでも、彼は紅の黎明の部隊長クラスに比肩する実力はあっただろう。

 事実、クーヴェルにはレヴィアは単独でも勝てる可能性が高かったと思う。

 私や、ルーファスならば、レヴィアはそれ程対処が難しいタイプでは無いが、クーヴェルやゴルドフさんであればヤツの障壁を突破するのは難しい筈だ。

 尤も、ルナ姉さんや……姉さんの様な、超越的な者であれば、私だろうがレヴィアだろうが然程てこずりはしないのだろうが。



「ちょっと! イーリスさん! そっちが終わったなら手伝ってくださいよっ!」


「ん?」



 聞き慣れた怒声に振り向けば、クーヴェルが駆け回りながら、アンデッドドラゴンの気を引いていた。

 どうやら、閃光弾の影響からは完全に回復したらしく、もう行動には支障は無いようだ。

 


「あぁ、済まない。うっかり伝え忘れていたが……アリアがこちらに来るという事のようだぞ」


「顧問がですか? 顧問は待機のはずじゃないんですか!?」


「よく分からないが、何か焦っているようだったな。我々の知らぬ所で何か問題が起きているのかもしれん」



 クーヴェルは、アンデッドドラゴンの攻撃を疾走しながら躱しつつ、私に疑問を投げつける。

 先程の、アリアの一方的な通信を思い出し、あの基本的には冷静なアリアの様子に疑問が湧く。



「って、それより早く手伝ってくださいよ! コイツ、全然私の異能が効かない上に、銃弾も斬撃もまともに通らなくて……!」


「君は技術こそあれど、単純な膂力が足りないんじゃないか? もっと肉を食べろ」



 私は背の大太刀を引き抜き、アンデッドドラゴンに向けて、全力で投擲する。


 一筋の流星の様に大太刀は白骨の巨竜の頭蓋――その眉間に迫り、骨を砕きながら爆砕した。



「なんだ、意外に脆いじゃないか」


「……ホントゴリラですね……」


「ん? 何か言ったか?」


「いえ……」



 ボソリと呟いたクーヴェルの言葉は、私の耳にはよく聞こえなかったが、おそらくはこれまで傷一つつけられなかった相手を、私がいとも容易く破壊した為悔しかったのだろう。



「アリアに任せるまでも無かったか」



 動きを止めた巨竜の眉間を破壊した大太刀を回収しようと、柄に手を掛けたその時だった。



「「――!!?」」



 爆砕し、崩れ落ちた頭骨が塵となり消えていくのも束の間、眼窩であった所に虚ろな赤き光から、漆黒の禍々しい瘴気が流れ出始めた。


 私はクーヴェルと共に距離を取り、白骨の巨竜の変質を見やる。



「なんだアレは……」


「兎に角、ヤバいのは間違いなさそうですね」



 漏れ出た瘴気が、元々の姿であったであろう竜の形に収束していく。


 ――やがて、『闇』そのものとしか言えないような、瘴気が形を為した巨竜が、その雄叫びをあげた。



「ヴォォォォォォォォァァッ!!!!」



 漆黒の巨竜は、先程までと変わらぬ赤き眼をこちらに……いや、クーヴェルへと向けると、なんの予備動作もなく、瘴気の奔流を吐き出した。


 猛烈な勢いでこちらへと殺到する死の吐息を、私はクーヴェルの襟首を掴み、後方へと飛び上がりながら退き、紙一重で回避する事に成功する。



「あ、ありがとうございます」


「礼は今は良い」



 私は片目を瞑り、感覚の眼を展開すれば、すぐに真上に強大な力を探知した。


 瘴気の巨竜が、再度こちらへとその赤き双眸を向けると、また瘴気のブレスを撃ち放ってきた。



「ちょ、ちょっとイーリスさん! ヤバイですって!」


「大丈夫だ。ちょうどアリアが来たようなのでな」



 刹那、我々のいるビルの壁という壁を突き破り、粉塵と轟音を撒き散らして、その荘厳な機械の巨神が姿を見せる。


 アリアは、現状を一瞬で見て取ると、オリジンドール・グレイシアの持つ巨槍の矛先を我々に迫る瘴気の奔流に向けた。



激流槍マールシュトローム!』



 槍の穂先から、大河の様に水が迸ると、漆黒の瘴気に激突し、瘴気の巨竜のブレスを消し飛ばした。


 瘴気の巨竜は、雄叫びをあげながら、グレイシアへと視線を向けた。



『やはり……』


 

 すると、アリアはアンデッドドラゴンを見て、オリジンドール越しにも分かる動揺を見せた。



『やはり……。あれは……アイザリア・ホルテンジア……なのか?』


 驚愕に満ちたアリアの声がオリジンドールから響き渡った。   

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