第百三十話 リノン救出作戦 16 side Iris
「何か――近づいて来る?」
感覚の目による広域探知を使いながら、傭兵団『黒き風』副団長、レヴィア・ラスパシオンを攻め立てていれば、突然そこに現れたように探知領域に出現したものがあった。
それは大きく、そして、異能の様な力を持っている存在だった。
異能の様な力としか言えないのは、それが異能の感覚にしては、あまりにも強力で濃密な気配を纏っているからだ。
――おそらくは、強い異能を保持した怪物……もしくは、皇都で戯神が駆っていたと言われるオリジンドールか。
もしそうだとすれば、私と手負いのクーヴェルの二人だけで、あの姉さんをも倒した戯神と戦うのは危険すぎる。
「……なんにせよ、貴様にばかりかかずらっている訳にもいかんということだな!」
レヴィアを護るように、私とヤツの間に展開された障壁を前蹴りで破壊し、勢いそのままに、頭頂から両断する勢いで大太刀を振り下ろす。
殺った――と、思った刹那、レヴィアの真横から障壁が発生し、ヤツ自身が弾き飛ばされる様にして私の斬撃を回避する。
「ふん、器用に避けるものだ」
「チッ……」
大太刀による一閃で、床を粉砕し、舞い上がる破片越しにレヴィアを睥睨すれば、いまいましげにレヴィアは舌打ちを打つ。
この男、回避術や防御の仕方が矢鱈と巧く、致命の一撃になり得る様な攻撃ですらも、中々に決定打にならない。
舌打ちしたいのはこちらなのだが、それよりも――、不味いな。さっきのデカブツが近づいて来ている。
「本当に、余裕など無くなってきたようだな」
「……何を言っている?」
「貴様、まさか気が付いていないのか?」
「オレを揺さぶろうとしても、その手には乗らんぞ」
レヴィアは、ここに近づいている存在を知らないのか? 大した情報を与えられていない?
まさか――。
私が疑念を感じたところで、例の存在が猛烈な勢いでこちらへと突進してくるのを感知した。
「クッ――!」
咄嗟に、レヴィアに向けて崩拳を繰り出すと、レヴィアは両腕をクロスして、それを防御する。
もっとも、それは想定していたので、突き出した拳を肘から折るようにして、天に拳を向け、肘で突き上げるような角度で全体重を乗せた肘撃を打ち込む。
「うおおッ!?」
障壁を貼る間も与えずに、放たれた肘の一撃を受け、レヴィアは水平に吹き飛び、壁に背を打つと、肺の空気を強制的に全て吐き出した。
この攻防を繰り広げている間にも、例のデカブツは接近し続けている。
とんでもない速度だ――。あの大きさのものがここに突っ込んできたら……。
「チッ……! クーヴェル! 聞こえているか! クーヴェル!!」
クーヴェルを見やれば、先程の閃光弾にやられたか、朦朧とした表情で、ぼんやりとこちらへとその顔を向ける。
クソ……我が好敵手ながら、情けない。普段の君であれば、あんなものを食らうどころか、即座に撃ち抜いているだろうに。
「跳べえええええぇぇ!!! クーヴェルぅゥゥッッ!!!」
私は全霊で叫ぶと、想いが通じたかの様に、クーヴェルは真上に跳躍した。
その瞬間、クーヴェルの背後にあった壁をぶち抜いて、白骨の巨竜が現れた。
巨竜の激突によって粉塵が巻き上がるが、視界を奪うほどでは無かった。
戯神のオリジンドールでは無かったのは、僥倖であるのかは分からないが、この巨竜もまた、圧倒的な存在感を発揮していた。
「なんなんだコイツは……!!?」
怪物……と言うにしても、その様相はとても生物とは言えない。
かつて物語を読んだ時に出てきた存在であるアンデッド。というやつが一番しっくりくるだろうか。
宙に跳んだクーヴェルも、視覚を取り戻しつつあるのか、真下に突然現れたアンデッドのドラゴンに驚愕している。
例のエンパスとやらを展開していたかは私の知るところでは無いが、クーヴェルが探知できなかったであろう事を考えれば、あのアンデッドドラゴンには、やはり意思や思考というものが存在しないのだろう。
となれば、何を行動理念としているかは不明な以上、基本的には脅威の一つとして認識するしかない。
空中からクーヴェルが、アンデッドドラゴンに向けて銃弾を放つが――目立った効果は無いようだ。
やはり、精神というものが、アレには存在しない証なのだろう。
レヴィア達や、あのアンデッド……明らかにクーヴェルに対して相性の悪さを感じさせられる。
――戯神もクーヴェルの力に警戒しているという事か? 本人もこの場でクーヴェルと対峙していないことも、対戦を避けた。とも取れるかもしれない。
逆説的に考えれば、クーヴェルの力は戯神にも通ずるのか?
いや、それは今考える事ではない。
私は口の中で頬を噛み、痛みによって冷静さを取り戻す。
レヴィア一人であれば、私とクーヴェルでほぼ確殺できたはず。
それが、あのアンデッドドラゴンの介入によって、レヴィア一人に目標を絞る事が難しくなった。
思考と同調して、感覚の目による探知をより広域に展開する。
もっともこちらに近いのは――ヨハンさん達か。
直線距離にして二キロン弱……。
私はレヴィアとアンデッドドラゴンの両方に注意払いながら、通信端末を取り出す。
ヨハンさん達に連絡を取ろうとした所で――通信が入った。
相手は――、
「アリアか!? 悪いが今忙し……」
「イーリス良かった貴方しか繋がらなくて私も今から降下しますひとまず貴方方の方へ行きますからでは!」
「お、おい! アリア!」
一息にかつ、もの凄い早口でアリアは捲し立てると、一方的に通信が途絶する。
アリアとグレイシアは温存戦力では無かったのか……?
「下手に動くな。動けば私は、あのデカブツがこちらに来ても、貴様の首を刎ねることを優先するぞ」
「……」
こちらの通信の隙を見て、動こうとしていたレヴィアに鋒を向け、静止させる。
アンデッドドラゴンは、こちらへと来ず、駆け回るクーヴェルへと目標を定めていることから、先程の私の予想は遠からず当たっているのかもしれない。
もしくは、レヴィアを味方と認識し、近接している私に攻撃出来ないとしているのか……。
不味いな。時間だけが掛かっていく。
私がレヴィアから離れれば、レヴィアは身を隠し奇襲を許す事になり得る。
かといって、相性の関係もありクーヴェル単体ではレヴィアを抑えておくのも難しい。
だがクーヴェル一人であのデカブツを倒すのも難しいだろう。
……やはり、状況の終了に至らせるにはアリアのオリジンドールに頼るしかない。という事か。
となれば――、クーヴェルにアンデッドドラゴンの足止めを任せ、私はレヴィアを始末してしまうべきだな。
別にアリアの到着まで、場の均衡を維持する必要は無い。
「――殺すか」
「――ッ」
頭の中での思考が完結してしまえば、やる事は常にシンプルだ。
殺意を膨らませた私の視線を受けて取ったか、レヴィアは鋭く息を呑んだ。
立ち位置的には、壁際にレヴィアを追い込んでいる現状。取り回しの悪い大太刀を背に背負い戻すと、拳を握り、腰を落とす。
あぁ、やはり肉弾戦は良いな。心が昂る。
「『黒き風』副団長ともあろうものが、壁を作り身を守る事と、戦闘が巧いだけという事は無いだろう? 意地と矜持を見せてみろ。
さもなくば死ぬだけだ」
「小娘が。言ってくれるものだ」
レヴィアは、肩に背負っていた肉厚の刀身を持った大きなナタの様な刃物……あれはククリナイフと言ったか。
それを抜き、右手に構えると左手は空手とした。
――左手からは障壁を使う訳か。
能力の質的には連携に長けるのだろうが、単独戦闘もやれるのは構えに移行したスムーズさや、構えの隙の無さから見て取れる。
面白い。
「異能の無い私が、異能を持った
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