第百二十九話 リノン救出作戦 15 Side Miel



 血溜まりに伏したビクトルから視線を戻し、ポケットからハンカチを取り出し、ナイトメアのブレードに付いた血液を拭い取る。

 粗方、血糊を拭い取ると、手や脚など、私の服装の中で露出している部分に付いた血糊も拭き取り、ハンカチを足元に捨てた。



「イーリスさんに加勢しなければですね」



 そう呟いた所で、階下で轟音が鳴り響いた。


 耳を劈く轟音に、耳鳴りが起こり、同時に炸裂した閃光が、私の視界を奪った。


 (閃光手榴弾フラッシュか……!)


 階下から真上に放るように投げたであろうソレは、私がビクトルに勝利した事を察知し、私がイーリスさんに加勢する事を妨害しようと、レヴィアが投擲したものだろう。


 (眼は……ダメか。全く見えないわけじゃないけど……それに、耳も封じられたか)


 普段であれば、何か来ると病気エンパスによって察知する事も出来るのだが、レヴィアの場合、思考と並列しているのか、感覚的に最適な戦闘行動が取れるようで、エンパスによる読心が及ばない時が多々ある。

 この閃光手榴弾も、こちらの行動を読み切った上でイーリスさんと交戦しながら、私に察知させずに絶妙なタイミングで放られている。


 ――こんな戦い方……まるで、ヨハンさんのようだ。


 通常の人間が攻撃する時に考えて行動を起こす場合、視界から情報を得て、隙が生じているところを攻める。というのが、対人戦闘においてはもっともオーソドックスだ。

 だがヨハンさんの場合は、初めの一手から分岐する戦闘行動が幾重にもイメージされるらしい。

 戦闘行動を行いながら、環境要因、敵味方の状況、自身の行動に対するアンサーを同時に思考し、何手も先まで、自分に有利になるように相手の行動すら先回りして行動を瞬時に予測しながら戦っているのだ。

 それ故、ヨハンさんと模擬戦を行う場合、エンパスによる思考の同調は抑えなければ、こちらの思考がパンクしてしまう程だ。

 逆に連携する場合は、こちらの行動に最適に合わせてくれるので、ヨハンさんほど共闘しやすい人間は居ないのだが。


 そんなヨハンさんに近い戦闘技能を、レヴィアは持っている。

 伊達に『黒き風』の副団長というわけではない……という事だ。


 (しかし現状、これではまともに援護もできないか)


 イーリスさんであれば、フォルネージュ家の技術である感覚の眼と呼ばれる技術で、目と耳を封じられても、敵の場所を察知できるだろうから、戦いようはあるのだろうが……。


 私はイーリスさんとエンパスによる思考同調を試みようと、抑えていたエンパスの展開範囲をこの建物全体に拡げていく。

 捉えたイーリスさんの精神は、思っていたより焦燥感に囚われていた。


 (コイツ……私との相性は良い筈だが、さっきから決定打どころか、まともに有効打すら入らない……! 予測されている。というよりは、こちらの攻め手が導かれているような……!)


 これは、やはり私が介入しなければ、長期戦になる……。


 しかし未だ、視覚は回復しておらず、耳にも超高音の残響が残り、頭痛が起きている。


 (クーヴェルは……先程の、閃光弾の影響を受けているか。

 チッ……この男、やはり巧い。普段であれば、クーヴェルがあんな攻撃を受ける事は無い筈だからな。

 世界最巧とも呼ばれる、ネイヴィス・ヘイズゲルトの下で研鑽しているだけはあるという事か)


 (――このままではジリ貧だな。『鮮血の魔女』が立ち直る前に、一度退くべきか)


 レヴィアの思考をエンパスにより読み取り、私は息を鋭く飲む。


 レヴィアクラスの者に逃げに徹されては、仕留めるのは難しい。

 障壁の異能は、防衛、撤退にはかなり相性が良いのが見て取れる。

 今回、彼を仕留められないというのは、何の問題もない。

 だが、戯神と交戦している時に、レヴィアが突然、奇襲や防衛に介入して来ると考えれば最悪だ。



「イーリスさん! レヴィアは、撤退も視野に入れています! 殺せずとも、せめて深手を与えてください!!」



 さっきの閃光弾で、イーリスさんも聴覚をやられていなければ――、



「――クーヴェル。何を言っている? この私に撤退しろと言うのか? しかも満身創痍の君を置いて行けと?

 あまり舐めてくれるなよ。私も君と同じ部隊長なのだからな!」



 耳鳴りが強く、何を言っているのかは分からなかったが、おそらく同じ事を心の中でも叫んだのだろう。

 私の意図は全く伝わっていないようだが……焚き付けるという意味では作用したようだ。


 なにが起きているのかはろくに見ることが出来ないが、どうやら、イーリスさんがレヴィアを防戦一方といった形で封じているようだ。


(『鮮血の魔女』――目と耳を封じた状況ですら、俺の意図を読むとは……やはり侮れんな。

 異能……いや、感覚的なものか? やはり、あちらを先に始末したいが、このイーリス・フォルネージュ。まともに貰えば一撃でやられる様な攻撃を乱発してくる……。

 下手に注意をそらせば、やられるのはこちらだ……。

 何か……状況を変える一手は……)


 ――どうやらレヴィアも、攻め手に欠けているようだ。

 それであれば、イーリスさんにこのまま足を止め続けて貰い、私の視覚が戻るまで回復につとめれば、私もイーリスさんに加勢して状況を変えられる。


 幸い、ぼんやりとだが、視覚が戻り始めている。

 耳もさっきよりは耳鳴りが収まってきたようだ。


 (――――!!?)


 なんだ? イーリスさんが、何かを感知し――。



「クーヴェル!! 全力で真上に跳べ!!」


「――!」



 イーリスさんの絶叫の様な叫びが、私の耳に届き、何らかの危険を伝える。

 状況が分からないが、全力で真上に跳べば、次の瞬間、巨大な何かが、建物の外壁を突き破ってきて、先程まで私がいた場所は瓦礫によって蹂躙された。



「一体、何が――?」



 目を凝らし眼下に視線を送れば、そこに居たのは、巨大な白骨の龍だった。







▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


あとがき


レヴィアとミエルは本当に相性が悪いですね。

レヴィアの場合、凄まじい程の戦闘経験により、思考と同時に反射的に戦闘行動を行える為、ミエルがエンパスで思考を読んだ瞬間に、すでに攻撃行動を行っているので、いつものジャンケンを出す手が分かっているような感覚で戦えない訳ですね。

そして、現れた骨の龍……。どこかで見たような気もしますね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る