第百二十八話 リノン救出作戦 14 Side Miel



 背後で身の丈程も有る超重量級の大太刀を軽々と振るい、イーリスさんはレヴィアを圧倒している。

 レヴィアの技量も相当なもので、決定打を入れるには至っていないが、その内心からは焦りと、戦慄がはっきりと感じられる。


 私にとっての天敵がレヴィアであったならば、レヴィアの天敵はイーリスさんであったとも言えるだろう。


 レヴィアの様な攻防を高いレベルで兼ね備えた異能を持つ者にとって、恐ろしいのは、その自らが絶対の信頼をおいている力を容易く破壊するほどの力を持った火力。

 他には、リノちゃんのような、人間の意識の外に飛ぶような、圧倒的速度の持ち主だろう。

 もっとも、速度があっても、全周に障壁を張られたりしてしまえば、結局は火力が必要となる。

 そういった点においては、まるで身体強化の異能を用いているかのような、馬鹿げた膂力を誇るイーリスさんの方が、やはり相性は良いのだろう。



「――もう、勝ったと思ってやがるんだろう」



 視線は外していないつもりだったし、侮っているつもりもないが、確かにビクトルに対する警戒は薄かった。

 そこを気取られたのか、ビクトルは面白くなさそうに吐き捨てた。



「そんなに傲慢な自覚はありませんが、レヴィアさんの援護が無いのであれば、戦いやすいとは思っていますよ」


「ケッ……」



 私の答えを、ビクトルは舌で弾く様にして、視線を細める。


 (仕方ねぇ。やるか)



「――!」



 ――なにか、奥の手があるにしても、私とビクトルの技量差はそこまで近いものでは無い。

 例え、何かの異能を隠していた所で、一撃を与えれれば勝負が決する私の異能への対抗策が無ければ、簡単にその差は埋まるとは思えない。



「……アンタ、オタクの団の中でも有名人だって、知ってるか?」


「まぁ、それなりには」


「『鮮血の魔女ブラッディ・ウィッチ』。『灰燼』サフィリア・フォルネージュの後継はアンタだって、もっぱらの噂だった。

 実際は、スティルナ・フォルネージュの復帰なんて事があったみてぇだが、紅の黎明の次期団長の最有力として、真っ先に名が挙がるくれぇだ。

 それに、他人の精神に干渉するなんてヤベェ異能、有名にならねぇほうがおかしいよな?」


「買い被りですよ。私はまだ未熟で、団長達の領域になんて遥かに及ばない」



 そういった噂は聞いたことがある。

 だが、私からすれば次期団長なんて、ゴルドフさんや、ルーファスさんの方が相応しいと思う。

 私には……私のような、自分で自分の事すら認められない様な未熟者には、サフィリア団長やスティルナ団長の後釜なんて、務まるはずが無いのだ。


 まあ、それは、今はいらぬ思考だ。

 


「……時間稼ぎはもういいですか? 何か、企んでいるのでしょう?」



 逆手に持ったナイトメアの引き金に指を掛け、異能『精神干渉』を発動する。

 付与するのは意識に強い負荷を掛け、闇に堕とす『悪夢ナイトメア』。

  


「黙ってても殺されるだろうからな……。

 覚悟は決めた。先に逝っちまったユーグにも、これで少しはカッコつけられっかね!!」



 少しの怯えと決意を感じさせるビクトルは、歯を強く噛み合わせると、やがて彼の雰囲気、そして思考が変質していく。


 (か……くあ……渇く……渇く渇く渇く……!)


 ――なんだ? 異能? いや、薬物か?


 徐々にビクトルの思考を読み取る事が出来なくなっていく。

 理性が、衝動に呑み込まれた証拠だ。

 私が相手の心理を読み取る事を知っていたか。

 そして――こうなってしまっては、精神へ干渉したところで、効果が薄い。

 獣にストレスを掛けたところで、人間程揺さぶりが掛けられないのと一緒だ。



「シャアアアァ……!!」



 ビクトルの瞳孔が獣のように縦長に変わり、身体付きが変質していく。

 雰囲気も、どことなく獰猛な獣を想起させるようだ。



「憐れですね……もう、戻れないでしょうに」



 ビクトルの精神が、人のものから変質した事が、私には分かった。

 病気エンパスによって、強制的に共感してしまう感覚は、生理欲求的なものばかりだからだ。

 内面的にはもはや、怪物や獣と同じ……。

 彼はもう、人を捨てた。という事だ。



 「そうまでして、勝たなければいけないんですかね」



 傭兵の矜持か、仲間の仇討ちのつもりか。

 私に言わせれば、状況が変化したにもかかわらず、戦術を変えないレヴィアが無能なのだ。

 レヴィアが撤退という選択肢を考えていれば、ユーグは死なずに、ビクトルがこうなる事は無かっただろう。



「……」



 せめての慈悲に。


 私は、ナイトメアに付与していた『悪夢』を解除し、ハイペネ弾を装填したナイトメアを、振るいながら引き金を引く。


 鋭敏化した感覚で銃弾を、皮一枚で回避したビクトルは、そのまま猛烈なスピードで私に突撃してくる。


 ビクトルの拳が私を間合いの内に入れる。仮に、今のビクトルの拳打を食らえば、骨などやすやすと砕かれるだろう。

 私は、ビクトルの腕を前方に頭を振りながら躱し、胸元に入り込むと、左肘を立ててビクトルの顎に打ち込んだ。

 カウンター気味に入った肘撃は、その衝撃を脳天まで穿ち、ビクトルの身体が宙に浮く。

 無防備に胴がガラ空きになった所へ、右のナイトメアで防弾仕様のジャケットごと、横一文字に切り裂く。



「ぐおアァッ!」



 獣じみた呻きを口から吐くが、次に口から出たのは、大量の鮮血だった。


 真横にナイトメアを振り抜き、両手首を回し、ナイトメアを順手に持ち替えながら、フルオートに切替えると、両手のナイトメアをビクトルの胸へと突き刺し――その引き金を引き続けた。


 連続でゼロ距離から撃ち込まれる銃弾が、ビクトルの胸部をずたずたに引き裂いていく。


 心臓や肺が盛大に破壊され、ビクトルは口から血の噴水を噴き出した。


 断末魔の悲鳴すら無く、肉片をぶち撒けながら仰向けに倒れたビクトルに、もはや生命は欠片も残ってはいない。

 意識も吹き飛んでいた為、痛みに苦しんだ様子は無かったようだ。


 大量の返り血を浴び、あまり好きではない自らの二つ名に相応しい様相になっている事に、若干の虚無感を感じながら、顔についた肉片と血を拭う。



「せめて……傭兵として、殺してあげたかったですね。残念です」



 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


 あとがき


 中々に凄惨なシーンとなりましたが、二つ名に相応しい感じでしょうか。

 人の生き死にが日常な為、敵を殺しても感慨が無いのも、人として欠落しているものがあるとも言えますが。

 

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