第百二十七話 リノン救出作戦 13 Side Miel
「クーヴェル。あの下郎共は、何者だ? 君をそこまで追い詰めるような輩となれば……多少は想像もつくが」
イーリスさんが、視線を相手から外さないままに、私に問い掛ける。
「傭兵団『黒き風』。その副団長と、隊長さん達との事です」
「ハッ。なるほどな。ここに来る途中、傭兵らしき者達が、何度か行く手を阻んで来た時に、黒き風の名が耳に触れた気がしたので、まさかとは思ったが」
イーリスさんも、ここに来るまでの間、戦闘になっていたようだ。
その割に、外傷等は見られないようだが。
「因みに、イーリスさんの方に現れた兵力は?」
「ふむ、六十程だったかな」
「それ、全部無傷で無力化してきたんですか?」
「あぁ、鎧袖一触。というやつだな」
「はぁ……」
相変わらず、馬鹿げた実力だ。
「私は、紅の黎明第三部隊部隊長。イーリス・フォルネージュ。
貴様等も下郎とはいえ、傭兵の端くれならば、名くらい名乗ってみせろ」
イーリスさんの挑発的な物言いに、彼等は一瞬苛立ちをその表情に乗せたかと思うと、レヴィアが私達を見下ろしながら、口を開いた。
「オレは、黒き風副団長。レヴィア・ラスパシオン。
イーリス・フォルネージュ……『灰燼』の妹か。
二つ名は確か『魔人』……」
「黙れ。その名は好かんのでな。次!」
ある意味、傲慢とも言える物言いだが、サフィリア団長といい、イーリスさんといい、凛としていて自信に満ち溢れた女性が、こうした毅然とした態度を取るというのは、同性である私からすると、格好良く見えるものだ。
次、と指をさされ、他の二人も口を開いた。
「黒き風隊長……ユーグ・エメルハリア」
「同じく、黒き風隊長。ビクトル・ザン・アースラ。……チッ、何様だテメェ」
ユーグと名乗った男は、ぼそぼそと名乗ったもののその双眸は鋭い。
対して、ビクトルと名乗った男は苛立たしげに悪態をついた。
ユーグとビクトルは一見、対象的な性格に感じるが、内面的には似たような感性の持ち主のようだ。
むしろあまり感情が表出していないが、内面の苛立ちは、ビクトルよりもユーグの方が苛烈なようだ。
「なるほどな。しかし、隊長格……とはいえ、
「あぁ!?」
「安い挑発だ。乗るなビクトル。……ユーグもだ」
二人を諌めるレヴィアは、流石に冷静なようだ。
――しかし、イーリスさんの読みに関しては、実際に戦った私も似たような所見だ。
ユーグもビクトルも身体能力、戦闘勘……全てにおいて高水準なのは間違いない。
紅の副部隊長クラスよりも、戦闘能力に関しては上回るかもしれない。
ユマさんや、ファルド君あたりならば彼等に勝つ事もできるかもしれないが、シグレちゃんやクルト君達ならば、分が悪いかもしれない。
だが、紅の部隊長クラスの者ならば、百回戦っても、確実に部隊長クラスの者が勝つだろう。
脅威度評価で言えば、ユーグとビクトルはᏚか、Ꮪ-といったところだろう。
だが、あのレヴィアは明らかに彼等とは格が違う。
単独で戦ったとしても、私なら勝てるかどうか分からない……。
単純に異能の相性が悪い事も考えれば、剥奪を使わない限り、容易に勝てるイメージは湧かない相手だ。
レヴィアは確実に、脅威度評価SSか、SS-にはなるだろう。
だが、イーリスさんが来てくれた今、不利なイメージは全くと言っていいほどに、無い。
彼女は、私が知る限り、最強の無能力者だ。
炎や氷などの異能とは相性が悪いが、レヴィアにとっては、イーリスさんこそ天敵と言えるかもしれない。
戦闘車両やオリジンドールすら、あの鋼鉄の塊のような大太刀で潰し斬る、得物が壊れたところで、素手で人体を爆散させる様な身体能力の化け物……それがイーリス・フォルネージュだ。
さっきも私の真上に展開していたレヴィアの障壁を、軽々と破壊していた。
イーリスさんがレヴィア、私がユーグとビクトルと分担すれば、おそらくそう時間を掛けずに無力化できる筈だ。
「イーリスさん。私がユーグとビクトルをやるので、イーリスさんは、レヴィア・ラスパシオンを」
「まぁ、それが無難だろうな」
了承の意を示すように、ちらりとイーリスさんが私を一瞥した。
少しだけ、ほんの少しだけ、イーリスさんにサフィリア団長の面影を感じ、先程まで波立っていた私の精神が、凪を取り戻した。
「そろそろ、始めてもいいか?」
レヴィアが、精悍な顔付きに一切の変化を見せないまま、私達に問う。
それを聞いたイーリスさんは、不敵に口元を歪めた。
「ハッ。なんだ。淑女の語らいを待っていてくれたとは、随分と紳士じゃないか。
できる男。というやつかな? どうせなら、そのまま頸を掻き斬らせてくれるのであれば、もしかしたら惚れてしまうかもしれんな」
「フ、笑えん冗談だな」
鼻から微かに息を漏らし、レヴィアが私達に向けて障壁を飛ばす。
それが開戦の合図となり、私とイーリスさんは障壁へと疾走する。
「おおおッ!」
イーリスさんの大太刀が、大きく縦に振るわれ、レヴィアの障壁を破壊した。
硝子の砕けるような音が響き、大太刀を振り抜いた体勢になったイーリスさんへと、ユーグとビクトルがそれぞれ銃弾を放ってくる。
私はそれを、
空中でクラッカーのように銃弾同士が弾け散り、戦闘の中に一瞬の停滞が生まれた。
その中で、一番最初に動いたのは、レヴィアだ。
両腕を広げ、私達の左右から挟み込む様にして、圧殺しようと障壁を展開してくる。
「行け! クーヴェル!」
「――!」
イーリスさんが私に向けて叫び、私はそれに応じ、一人前方に駆け出した。
当然、ユーグとビクトルは私が距離を詰めるのを確認し、ユーグはレヴィアの後方へと後退した。
(さっきの、銃弾弾きにはビビったが、これ程の弾幕なら、どうしようもねぇだろ!)
アサルトライフルをこちらへと向けるビクトルの思考を読み取れば、この攻撃の後は何も考えていない事が読める。
確かに障害物も無く、防ぎづらいが――。
ビクトルの銃口が火を噴き、私を狙った銃弾が雨霰と降り注ぐ。
だが、来ると分かってさえいれば、タイミングを合わせ回避する事は造作も無い。
先程吹き飛ばされ転げ落ちた階段の手前で、九十度真横に旋回し、階段の横に回り込み銃弾を回避する。
「チッ! まるで来るのが分かってるみてぇな……!!」
ビクトルが上から覗き込むように顔を見せたところで、今度は私が一発、牽制射撃を撃ち込む。
適当に撃ったのだが、それはビクトルの頬を掠め、ビクトルは咄嗟に身を隠した。
「当たるんなら、異能を付与しておけば良かったですね」
軽く嘆息したところで、レヴィアが左右から圧し潰す様に展開した障壁を、真一文字に大太刀を一閃し、粉々に破壊すると、大太刀を振り抜いた勢いを負荷に、正面からレヴィアに向けて、イーリスさんは猛烈な勢いで突貫していく。
「まるで猛獣だな……!!」
レヴィアは、イーリスさんに向けて手のひらを翳し、また不可視の障壁を撃ち出すと同時に後退する。
「それは良いな! ならばその喉笛、食いちぎってくれよう!!」
凄絶に嗤いながら、大太刀の鋒を突き出し、障壁を破壊しつつも、その勢いは止まらずにレヴィアへと鋒を突き出す。
「止まれ!!」
レヴィアの背後から、ユーグが飛び出し、イーリスさんに向けて、その銃口を向けるが、
「貴方の相手は、私ですよ」
イーリスさんの背後に張り付くようにして、接近していた私は、ユーグの銃口を狙って先んじて銃弾を放てば、それはユーグのライフルの銃口へと吸い込まれていき、ユーグのライフルを破壊した。
「ぐっ!? お前ぇぇぇぇぇ!!!」
両腕の袖口から、飛び出し式のブレードが現れ、私を狙い刃を閃かせる。
「やめろ! ユーグ!!」
私の背後からビクトルが叫びながら、私とイーリスさんに向けてライフルを連射してくる。
私はナイトメアを連続で閃かせ、銃弾を切り裂きながら、低く沈みこみ、片足立ちで伸び上がる様にして、真上を蹴り上げた。
足先にあったのは、私の首を刈り取る様に振るわれたユーグのブレードだ。
真下から、ブレードを蹴り上げられ、万歳の形になったところで、大太刀を盾にし、銃撃を防いでいたイーリスさんと目が合い、私は真上に伸ばした脚を低く畳む。
私が体勢を取り直した瞬間、近くで障壁を張りビクトルの銃弾を防いでいたレヴィアと、私にブレードを蹴り上げられ体勢を崩したユーグを両断するべく、イーリスさんは、大太刀を振るいながら回転した。
「フォルネージュ流大剣術、
――果てよ!!」
「ユーグ!! 後ろに跳べ――!!」
倒れ込むようなバックステップで、なんとかイーリスさんの斬撃を躱したレヴィアだったが、彼の忠告虚しく、ユーグは回避が間に合わずに、心臓のあたりから横薙ぎに切り払われ、真っ二つに両断される。
驚愕に大きく見開かれた双眸は、徐々に光を失いながらも怨嗟の念を宿しながら階下へとおちていく。
「く……そが……」
「貴様も傭兵なら、恨みは死んでから言う事だな」
ユーグの消え入るような呟きに、イーリスさんなりの言葉で別れを告げる。
「ユーグ!!」
ビクトルが叫ぶが、今は戦闘中だ。別れを惜しむ暇など与える訳は無い。
私はナイトメアに、意識を奪う『悪夢』を付与すると、屈んだ体勢から低く疾走し、ビクトルに斬りかかり――不可視の障壁に阻まれる。
「――チッ」
――本当に嫌な異能だ。
私がレヴィアに片目で視線を送った刹那、イーリスさんが、レヴィアの顔面を殴り飛ばした。
「ぐううッ!!?」
「貴様の相手は、私だろう! 妬けるだろうが!!」
水平に何メテルか吹き飛びながらも、レヴィアは受け身を取り、体勢を整えるが、イーリスさんは相手を落ち着かせる事なく、猛獣の如き勢いで飛び込んで行った。
「さて――これで、私と貴方。一対一になりましたね」
私はナイトメアを両手でくるくると回し、持ち手を逆手にして構える。
「さっきまでの分、きっちり返させてもらいますよ」
私は、薄っすらと冷や汗が滲むビクトルへ向けて、殺意を叩きつけた。
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