第百二十六話 リノン救出作戦 12 Side Miel




「ッハハ!! そんなもんかよ!?」


「……チッ!」



 高度な連携によって、絶え間なく繰り広げられる怒濤の銃撃に、私は思わず舌打ちが出る。


 敵戦力は、オフェンスが二人と、壁役が一人。

 徹底して近接攻撃をしてこない事から、私がどういった能力を用いるかも、彼等は知っているのだ。


 ――私の異能である精神干渉は、直接触れるか、私の武器である二振りのショートブレードガン『ナイトメア』に付与し、攻撃を当てた場合に、相手の精神に影響を与える事ができる。

 効果は様々で、『洗脳』『魅了』『鎮静化』『憤怒』『恐怖』等、状況にあったものを付与し、相手に干渉する。

 多様な干渉を可能にするこの異能の中でも、最も私が頼っているのが、精神に強力な負荷を与え、強制的に意識を刈り取る『悪夢』。

 戦場において意識を暗闇に堕としてしまえば、命を奪う事は容易い。

 それ故に、『鮮血の魔女ブラッディ・ウィッチ』等という不名誉な二つ名が付いてしまったのだが。


 しかし、今対峙している連中は、簡単に私の攻撃を受けるどころか、徹底して躱したり、壁役の男が異能を用いて、確実に弾いてくる。


 彼等は――高位傭兵団『黒き風』。


 紅の黎明と対抗できるであろう、世界で唯一の傭兵団。

 スティルナ団長の朋友であり、世界最巧の傭兵と名高い、『大鴉レイヴン』こと、ネイヴィス・ヘイズゲルト率いる歴戦の猛者達だ。

 普通に考えれば、紅の黎明と敵対するような連中ではないのだけれど……。


 ――だけれど。現状は、私を殺そうとしている訳だ。


 私は、体勢を低く保ったまま縦横無尽に銃撃を回避しつつ、病気エンパスの感覚を広げ、彼等の思考を読み取りはじめる。


 何度やっても慣れないもので、思考を読みとるという事は、相手の様々な感情や思考がなんのフィルタも無しで、私の中に入ってくるという事でもある。

 文字通り、胸を刺すような殺意に、全身を炙られ、背筋が凍り、脂汗が滲むが、肺を膨らませ息を大きく吸い込み、少しずつ自身を落ち着かせると、奴等の心の声が感覚として直接入ってくる。


 (このまま、消耗させていけば、殺れない相手ではない。……単独で制圧できるかは、分からん所だがな)


 (流石に、紅の部隊長っつーだきゃある。レヴィア副団長の障壁と、ユーグが居なきゃ、ヤバかったかもな)


 (ビクトルの射線で左に誘導した所に、小型グレネードを放り、壁を走って背後に回る……!)



「……ッ!」



 それぞれの思考を読み取り、各々の動きを先読みする。感情が昂っている者が居ないのは、私を狩れる獲物と見ている証拠だ。

 思考の読み取りと、それに対しての戦術プランを並列で思考した事が負荷となり、頭に鈍痛が起こり、私は顔を顰める。


 それを隙と見て取ったか、ビクトルという名と思わしき男が、私に向けてライフルを連射してくる。

 簡単に決め手となるとは思っていないのか、私を狙い過ぎず、逃げ道を誘導するような撃ち方だ。


 私は敢えて誘いに乗り、誘導された方向へと疾走し、銃弾を回避する。

 誘いに乗っている事を悟られぬように、走りながら連中へと牽制射撃を行いつつも、後退する。


 火薬の弾ける残響が耳を打ち、連中へと銃弾が殺到するが、それは彼らに触れる事無く、推進力を失い、一瞬だけ空中に縫い止められたかと思うと、力無く地面へと堕ちる。


 金属の軽い音が響いたかと思うと、次の瞬間、三人は私に向けて距離を詰め出した。

 先頭の男――障壁を展開していた男、黒き風の副団長、たしか……『空壁くうへき』の、レヴィア・ラスパシオンだったか。

 そのレヴィアが私に向けてスローイングダガーのような、小ぶりのナイフを三本、連続して投擲した。

 私はそれをナイトメアを用いてすべて弾き落とす。


 (――好機!)


 瞬きをするかのような一瞬で、タイミングを見計らい、ビクトルという男の銃口が、私の顔面を狙い火を吹いた。



「――くっ!」



 かろうじて反応が間に合い、顔面に銃弾を受けこそしなかったものの、髪をひと束削り取られる。

 少し身体の重心が流され、体勢を崩したところへ、すかさずハンドグレネードが四つ、同時に投擲される。

 さっき読んだ通りの展開だ。


 私は身体の重心を即座に取り直し、片膝立ちの体勢で武器を構えると、グレネードに向けて、ここに来る前に補給しておいたハイペネトレーション弾を装填していた方のブレードガンナイトメアで、グレネードを全て同時に撃ち抜く。

 狙い通り、グレネードが私と黒き風の連中の中間で爆発し、爆炎が広がった。


 肌を炙る爆炎と共に高い貫通力を以て、連中へと弾丸が飛ぶが、おそらくはレヴィアの障壁で防がれた筈だ。

 だが、私の目的はまず、奴等と距離を取る事。

 私一人では、正直あれ程の手練と多対一で戦うのは難しい……というより、あのレヴィアの異能と私の異能の相性が悪過ぎる。

 突入部隊の誰かと合流した方が確実に奴等を仕留められる。


 ――もっとも、奥の手である二つ目の異能、『剥奪』を使えば、状況を打開はできるだろうが、あれは消耗が激しすぎるし、なにより……剥奪を使う所は既に決めてある。

 あれは、今使う訳にはいかないのだ。


 私はこの建物から撤退するべく、階段を駆け出したその時、突然、背後から見えない壁が高速で迫り、私を圧しとばした。



「くぅあああっ!!?」



 突然の衝撃に、視界に星が飛び身体のあちこちを壁や階段に打ち付けられる。

 大きな怪我こそしなかったものの、全身を強く打ち痛みに身体が軋む。


 今のは――おそらく、レヴィアの障壁か。

 対象に向けて飛ばす事で、飛び道具のように使えるとは……!

 だが、私にとって恐ろしいのは、それを展開し、私を吹き飛ばした事だ。

 思考を止める事は、人間には到底できることでは無い。

 無心で戦える者が居る。というのなら、それはまごう事無き私の天敵だろう。

 レヴィアがたとえ、私の病気の事を知っていたとしても、思考を止めるのは難しいし、そもそも、私が思考を読むという事を彼等が考えていた様子は無かった。

 だとすれば、幾千、幾万もの戦闘を行い続け、思考をせずとも、反射のみで最適な判断を行い、戦闘行動が取れる……という事。なのだろうか。


 痛みを振り払い、階段の上を警戒すれば、やがて彼等の姿が現れる。



「やってくれるじゃねぇか……。流石は紅の黎明。ってか?」


「『鮮血の魔女』ミエル・クーヴェル。黒き風副団長のオレと、こいつら隊長格二名を相手取って、ここまで食い下がるとはな。

 素直に、賞賛に値するぞ」


「……何故、黒き風が私達と敵対を……! あなた方はこの施設の主が、何者か分かって雇われているのですか……!!」



 私は視線を鋭いものに変え、レヴィアを睨みつける。



「皇国のロプト博士……いや、戯神ローズル。とでも言えば、満足するのか?」


「知っていて尚……!」


「雇い主の事情等、我々の知るところでは無いさ」


「なら……スティルナ団長と、そちらの団長は朋友でしょう! これまでだって敵対行動を取る事は無かったというのに……!」


「それも、オレ達の知るところでは無い。団長にも、譲れんものがあるのだろう。

 オレ達は、団の任務をこなすのみ。それがたとえ、紅の黎明との戦闘だとしても、だ」


「くっ……」


「だがまぁ、団長は隊長格数名を連れてオルディネル山へ向かった。

 スティルナ・ウェスティン……いや、今はフォルネージュだったか。

 彼女と直接鉢合わせるのだけは、団長も嫌がったのかもしれないが」



 オルディネル山。狙いは四大起源か……。

 戯神は、どこまで彼等に情報を与えているのか……。



「言うまでもないが、お前はここで我々が討たせてもらう。お前のような強者は、後々の障害になるだろうからな」



 レヴィアが私に向けて手のひらを振るうと、再度私に不可視の衝撃が襲う。



「く……はっ……!」



 疾く、重い衝撃に階下まで叩き落とされ、這いつくばりながらも、視線を上げれば、階段の上からレヴィアが、更に私に向けて腕を振り下ろすのが見えた。


 ――上から圧し潰すつもりか。


 気づけこそしたものの、防ぎようが無い……もはや、剥奪を使うしか……!



「おやおや、クク……これは良いものを見れたな」



 背後で、気の強い声が愉快げに笑ったかと思うと、強烈な一閃が私の真上を薙ぎ払い、不可視の障壁を破壊した。


 この声の主は――視線を送って確かめるまでも無い。

 何度も何度も、共に訓練をし、競い、高めあってきた、自他共に認める好敵手。



「まったく……もっと早く来て下さいよ。イーリスさん」


「良い所で現れるのは、フォルネージュの家訓なんでな。

 まぁ、冗談だが」



 私がナイトメアを両手で構えると、イーリスさんは不敵に笑いながら横に並び、巨大な大太刀を階段の上に立つ男達に向けて言い放つ。



「何者かは知らんが、紅の黎明に牙を立てた報い……その身に刻みつけてやろうか、下郎」

 

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