第百二十四話 レイアからリノンへ
――アリアが、レイアの魂の同位体……。
レイアの言葉に、不思議と私の心に驚きは少なかった。
勿論、一番可能性が高いのは私だろうとは思っていた。
だが、そうでないと言われれば、なんとなくだがアリアなのかなとも脳裏によぎるものがあった。
レイアとアリア。性格こそ違えど、なんというか根底にあるものは、似ているような気がするのだ。
アリアは、普段は冷静さを取り繕っているが、本来は激情家なところがある。
それは、レイアにも多少だが、そういう一面がある。
主に戦闘時にそれを感じさせられる所はあった。
他にも、容姿がかなり似ている。精緻な美貌、美しいブロンド系の髪、神聖さを感じさせる存在感というか雰囲気というか、そういった所も二人には共通点は多い。
――だが、何故アリアだったのか。
他にもイドラや、他の四大起源でも良かった筈だ。アリアではいけない理由も無いのだろうが、アリアでなければいけない理由も無いような気もするけど。
「アリアンロードは、元々は水の起源では無く、生命の起源として、他の起源者を統括する立場として生み出そうとして、私が創造しました」
「それって……」
「ええ。貴女の力を本来持ち得る立場だったのはアリアンロードなのです」
「そっちじゃないよ。
「ああ……そちらですか」
私の言葉にレイアは、声のトーンが落ちる。
今の言い方だと、レイアはアリアやイドラ達、
豊穣の起源は、先程レイアが見せたように、幾千幾万に至る起源の力を内包した恐るべき力だ。
そこから力を割譲し、自らの眷属体である起源者を創り出すというのは、ある意味、一騎当億とも言えるレイアから、一騎当万の起源者を大量に生み出せるということでもある。
実際は万や億では効かない可能性もあるけど、大事なのはそこでは無い。
それほどの力を持った存在を創り出して……何をしようというのか。
「レイアは、起源者を創り出すのを、四人で止めたんだね?」
「正解です」
苦笑。
そうとしか言えない表情を浮かべ、レイアをかつての自分へと思いを馳せているようだった。
「私が最初に創造した起源者は、『
豊穣の起源から、大地を司る力を割譲し生み出された彼は、起源者として生を受けたその時から、その力においては、私とそう変わらぬ程の規模での力の展開を可能としました。
彼が全力で、破壊を目的として力を展開させれば、大陸を割る事すら可能です。しかも、それで起源力が枯渇するわけでもない。
そんな存在を……私は何千と生み出そうと思っていた訳です」
「聞くだけでも恐ろしい話だね」
実際、聞くだけなら他人事に感じるが、恐ろしいのは、その矛先が自分の喉元に突きつけられたらと考えれば、その先に待つのは滅びしか無い事だ。
今のアリアは、レイアの生み出した眷属体である『
私の知る限り、アリアの最大規模の攻撃は、アルカセトの戦いで見せた、空中で巨大な氷剣を四本作り出し射出した技だ。
あの破壊規模ですら、本来の力に程遠いと言われれば、同じ四大起源のグスタフとやらが大陸を割るというのも信憑性は高い。
そんな事ができる存在が、もしも何千と存在したら……。
私にはその先に待つのは、滅びしか想像がつかない。
「怖かったのです。私は……そんな存在を、ポンポンと生み出してしまえる事も、私にとっては、我が子のような存在に、それ程の力を勝手に押し付けてしまうという事も」
強い力には、責任が纏わり付く。
レイアもその事に懊悩したのだろう。
自分のせいで、他の誰かにその責任を背負わせてしまうという事に。
「それ故に、当初は統括者として生み出そうとしていたアリアンロードにも、水を司る力を与え、地水火風の起源者のみを生み出し、『
ですが、私に不足の事態が起きた場合、豊穣の起源の後継とする存在は必要でした。
その為……アリアンロードは、元々の統括者としての特性を残したまま、水の起源者となったのです」
「それは、背面世界の事があるから……だよね」
「そうですね。もし、背面世界と戦うような事態となれば、豊穣の力は必要なものでしょう。仮に私が消滅しても、豊穣の力だけは消滅させる訳にはいきませんから」
「それは……分からなくもないけど。ちなみにそれ、アリアは知ってるの?」
私の問にレイアは、ふるふると首を横に振る。
「この事を知るのは、私と、貴女だけです。
ですから、アリアンロードの事、宜しくお願いしますね。
今の私には、見る事しかできませんから」
「見る事……? そうだ! 私達の動向を知ってたやつ……!」
「だいぶ焦らしてしまいましたが、私は、このアーレスで起きている事象のほぼ全てを把握しています。
この星全体に豊穣の力を展開している副産物とも言えますが……。貴女とアリアンロードが出会った時の事は、今でも覚えていますよ」
そういう事だったのか……。
しかし、このアーレスもかなり広大だ。そこで起こる事象を網羅しているというのも、改めてレイアという存在が常軌を逸した存在であると理解させられる。
「……これが終わったら、レイアとはもう会えないのかな」
「そうですね……。貴女が星の中枢に来てくれれば会えるかもしれませんが」
意地の悪い笑みを浮かべながら、レイアはそう言った。
「それは、骨が折れそうだね。そっちは動けないの?」
「残念ながら、惑星の環境改変という力の行使は、中々楽では無いので。干渉領域の事も考えれば、おいそれとは動けません。
仮に、このアーレスを放棄し、全てのアーレスの民がテラリスへ入植する様な事態にでもなれば、私も動かざるを得ないでしょうが」
それは、背面世界との戦いが始まれば……という所か。
「そっか……。それでもいつか、アリア達とも会えると良いね。
私だけあなたに会ったって言ったら、嫉妬されそうだし」
「嫉妬する様な年齢では、無いでしょうけどね」
「六千才くらいらしいしね」
軽口を叩き、私とレイアはくすくすと笑う。
「サフィリアやスティルナの手前、ちょっとアレですが……」
「アレ?」
レイアは、突然、ゴニョゴニョと口を濁した。
「その……。私にとっては、貴女もアリアンロード等と同じ、家族のように思っています。
ですから……貴女の人生が、少しでも幸福であれと、祈っていますよ」
「レイア……ありがとう」
そうか。言ってしまえば、レイアも私にとっては三人目の親みたいなものなのだ。
自分の誕生に関わった存在が、これほど多いというのも、我ながら数奇な運命の中にあると言える。
自嘲気味な笑みが、浮かびながらもレイアに礼を言うと、レイアは満足気に笑った。
「……さて、名残惜しいですが、そろそろ貴女の精神領域へ干渉できるのも、どうやら限界のようですね」
「え?」
レイアが立ち上がると、その姿は、徐々に薄く拡散していくようだった。
「貴女の
「そっか……起きたら、目の前に居るのはきっと
おそらくは武装は、解除されている可能性が高いだろうな。
打法はあまり得意ではないし、私一人で戯神と戦うのも危険だろうし、まずは戯神の管理下から逃げる事が優先かな。
武器……蛍華嵐雪は、どこにあるかはなんとなくは知覚できるから、まずは逃亡しながら愛刀を探す事にしようか。
「気を付けてください。戯神には……ローズルには、まだなにかがありそうな気がしますから」
「レイアにも、分からない事があるの?」
「……杞憂だといいのですが、以前のローズルと違うように感じる事と、なにか関連がありそうな気がするのですが……。
以前、この星で活動する為の眷属体をローズルに殺された時……。あの時の彼は、なにか、違う存在の様にも」
「おしゃべりはそこまでだよ。レイア」
「「!!」」
私とレイアは、咄嗟に声のした方向へと視線を向ける。
その瞬間――姿が薄くなり、消えかかっていたレイアが、漆黒の球体に包まれる。
球体は、瞬く間に圧縮され、空間ごとねじ切られたようにして、そこにあった存在を消滅させた。
「……逃げられたね」
「戯神……!! どうやってここに……!!」
「僕だって精神干渉くらい、できるさ」
――なにやら、余裕の無さを感じるな。もっと飄々とした胡散臭さを感じる男だったと思ったけど。
「あぁ……癪だね。全然気が付かなかったよ……!! 僕が豊穣の起源紋だと思ってたのが、違うものだったなんてね……!!
そのうえ、君に力を与える一助を担わされるなんてさ。……レイアの奴、本当にやってくれるよ……!」
ぎりりと歯を軋らせて、戯神は私を睨みつける。
憎悪や、憤怒、その視線に乗せられた感情は、神と呼ばれている者にしては、とても俗で、人間臭い感情に私は思えた。
「それで……憂さ晴らしに、私の精神を乗っ取りでもしようと思って、乙女の心の中に土足で踏み込んで来たのかな?」
私は蛍華嵐雪の鋒を戯神に向けて、霞に構えた。
即座に突進出来るように、若干、前傾気味に重心を落とした。
「憂さ晴らし? 違うね。僕はただ、自分の計画に沿って動いているだけだ。
豊穣の起源紋が今、手札から無くなったとすれば、それを手中に収める為に計画を修正するまでの事さ。
とりあえずは、当初の通りに君や四大起源の起源紋を集めるのは変わらない。君に与えてしまった起源紋が何かは分からないが、アリアンロード達のものと合わせれば、五つもの力を、僕の
だから、キミを漂白する。先ずはそれからだ」
「……精神世界だとはいえ、私が簡単に負けるとは思わないで欲しいね」
――
負けてやるわけにはいかない。
この状態での戦闘が、なにを現実に及ぼすかは分からないが、敗北すれば、戯神の言うように私の精神を漂白される可能性がある。
ならば、勝てれば――。逆に戯神の精神に影響を与えられる可能性もある。
「……フリーの傭兵、リノン・フォルネージュ」
「何を言って」
「参る」
「――ッ!!?」
一瞬で踏み込んだ私の一閃は、白銀の煌めきを纏い振りぬかれ――戯神の身体を真横に両断した。
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