第百二十三話 テラリス・フォーミング



「アリアンロード達にレイの封印を任せている間、私は自らの力を使い、ムーレリアの首都の一部を大地からくり抜き、それを中の人間毎、結界で覆いました」


「ちなみにレイディウムは、その時大人しく封印されたの?」


「いえ……。私に重傷を負わされ、起源術をほぼ行使出来ない程に消耗させられた後も、恐ろしい程の執念で戯神を殺そうとしました。

 私や、アリアンロード達には一切手を出さずにやられるがままでしたが、戯神を殺す事一点のみに彼はその力を使いました。

 結果、結界に封印される直前に、戯神の周辺の空間を捻じ曲げ、戯神の半身をねじ切って見せました。

 その時、私が戯神の身体を修復しなければ、レイの目的も達していた事でしょう。起源力でつけられた傷は、異能では干渉力に劣りますから、戯神は自分で再生する事もできませんでしたからね」



 もし……その時、レイアが戯神を助けていなければ、今こんな事になってはいなかったんじゃないかと思うのは、些か理不尽な事なのだろうけど、どうしてもそう、考えてしまう。

 当時の戯神は、自己中心的である点は同じであれど、今のように悪辣で下劣な男では無かったのかもしれないが、どうしても、どうしてもあの男さえ居なければと、私の中の憎しみと悔しさが歯を軋らせる。



「考えている事は想像はつきます。そういった意味では、弁解のしようもありません……」


「あ、いや……うん。レイアを責めたいわけじゃ無いよ。

 わかってる。無い物ねだり……のようなものだよね」



 申し訳なさそうに表情を歪めるレイアに、胸の前で手を振りながら、苦い笑みが浮かんだ。

 拙いな……私も。

 大昔のもしも。なんかに悔しがってしまうなんて。



「それで、レイディウムはどうなったの?」


「アリアンロード達が、それぞれの起源力を干渉させる事で作り出した結界、『永劫結界アイオーン』にて内部の時間毎、凍結しました。

 そして、更に私は豊穣の力を用いてアリアンロード等に同様の結界を張り、仮にレイが結界を破壊できたとしても、彼女達に簡単に手を出せないようにしました」


「時間毎って……。やっぱり起源者ってのはとんでもないね」



 アリアや、レイアのやる事の規模に冷や汗が滲む。

 アリアも、本来の力の十分の一程の力しか無いと言っていたのも、それであれば頷けるし、ついさっきまで戦ったレイアにしても、力の大部分を使えない状態にあるのも、信じられる。



「ですが、先程も言ったとおり、レイは必ず結界を打ち破る筈です。

 あれから、もう五千年以上経った今……もしかしたら、もうレイは結界を破壊しているのかもしれません」


「そうなったら……テラリスを統一した後、このアーレスにも、来るのかな」


「まず、間違いなく来るでしょうね。四大起源も眷属体とはいえ、意識を移しこちらへ来ていますし、まぁ一応、私もまだ存在はしていますからね」


「……」



 もし……レイディウムが、今突然現れて、戯神を殺そうとするなら、私はきっと加勢する。

 今の戯神は、完全なる悪だ。

 レイディウムなんか現れなくても、確実に仕留めなければいけない。

 


「レイアって、結局……今はどこにいるの?」



 話の流れで、疑問が浮かび、会話をぶった切って疑問を投げ掛ける。

 大人しく話を聞かないといけない気持ちはあったが、それよりも好奇心が勝ってしまった。



「それは、このお話を聞いていれば分かりますよ」


「そうなのか。……分かった」



 焦るなと言わんばかりに、やんわりとレイアに釘を刺される。



「私はレイや四大起源が封印されたのを確認すると、くり抜いたムーレリアの街を結界で包み、このアーレスに向けて空へと街を飛ばしました。

 このアーレスもかつては赤き鉄の星で、とても人間が暮らせるような環境ではありませんでした」



 それが、いったいどれほどの力を行使すれば叶うのかは、想像するべくもない。

 少なくとも、レイアにしかそれができないのは間違いないだろう。



「私は眷属体を作り、生命の起源紋などのいくつかの力を宿らせた後、アーレスの星の中枢に向かいました。

 星の核とも言える場所に辿り着くと、豊穣の起源の力を振るい、このアーレスの環境をテラリスと同じ、人の住める環境へと改変しました。

 ――そして、今も私は星の中枢でその力を行使し続けています」


「い、今も!?」


「はい。我ながら、化け物じみた力だと思っていますよ」



 苦笑いしながら語るレイアだが、何千年もの間……一人でこの星を、アーレスの人間達を護り続けている。という事か。


 もし、私に同じ力があったとしても、そこまで自分以外の誰かの為に、力を振るえるのだろうか。


 思考しつつも、私は咄嗟に閃きを得る。


 

「じ、じゃあ……レイアはまだ、生きてるんだよね!?」



 私の問に、レイアは頬をかきながら首肯した。



「私が死ぬ事があれば、豊穣の力は消滅し、このアーレスは元の赤き鉄の星へと姿を還して行くでしょう。

 私が死んだと思っていたアリアンロード達や貴女には、いくら詫ても済むことではありませんが、私は今も生きています」



 レイアと会う前は、色々な人達に、勝手にレイアと存在を重ねられ、レイアに対する思いは、『もし、会えたら思い切りぶん殴ってやる』。くらいの苛立ちはあった。

 しかし、彼女と言葉を交え、刃を交え、レイアの想いや自己犠牲精神を知った後では、そんな気持ちはとうに吹き飛んでいた。



「私は、もういいけど、アリア達と会う事があれば、ちゃんと謝ってあげてね。

 恥ずかしいなら、私が代わりに話してあげても構わないけれど」


「実体を持って会う事は難しいので、貴女に頼む事になりそうですね」



 レイアは申し訳なさそうに笑う。

 本当は、自分の姿を現して、アリア達に逢いたいだろうに。



「ふふ、わかったよ。確かに伝える。

 ――しかし、豊穣の起源が未だレイアのもとにある。っていうのは分かって安心したけれど、じゃあ戯神やイドラが言っていた、魂の同位体ってやつはなんだったのかな」


「……私との魂の同位体ということであれば、それは確かに存在します。

 私が何らかの理由で封印されたり、滅ぼされたりした場合、その者に豊穣の起源紋が移るようになっているので」



 失礼な言い方をすれば、レイアのバックアップ。というところか。

 となれば、それはやはり私なのだろうな。

 


「それは、貴女ではありませんよ」


「え……?」



 私の表情から、思考を読んだのかレイアは私では無いと断言した。


 レイアは虚空をまっすぐに見据える。ここには居ない、誰かを見つめる様に。

 そして僅かにその瞳に憐憫をうかべながら、口を開いた。



「私の、魂の同位体。それは……」



 レイアは誰かに手を差し伸べるかのように、腕を上げた。



「私の、眷属体むすめであり、貴女の相棒……アリアンロード・アウグストゥス・アウローラです」



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


リノンとレイアの会話パートが長く続いておりますが、次話までとなります。

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