第百二十一話 世界の真理



「戯神を滅ぼす。と宣言したレイディウムは、その後、幾度と無く私や、四大起源テトラオリジン達と、話し合いや時には小競り合いを繰り広げました。

 その争いの原因。それは、レイディウムの……いや、戯神ローズル、グラマトン、そしてレイディウム。叡智を司る彼等のみが、この世界の真理に触れ、辿り着き、各々の答えを導き出した事が理由だったのです」


「世界の……真理?」



 世界。

 私に言わせれば、それは未知にして広大なものだ。

 私は、この広大な世界で自分の知り得たこと、経験したことが、矮小なものである事は理解している。

 傭兵としての生き方しか知らないのだから、当然と言えば当然なのだろうけど。

 そんな私が、レイアの言う世界の真理と言われても、思い付く事は少ない。

 呑み込むように、言葉を反芻した後、ただレイアの言葉を待った。



「リノン、貴女はこの世界はどのような成り立ちで出来たと思いますか?」


「えっ? ん〜……。世界、というのはこのアーレスだけじゃなくて、この星の外側という意味。だよね……?」


「まぁ、そうですが……。このアーレスの外側。即ち宇宙と呼ばれる空間。という定義です」


「宇宙……ね。このアーレスだけでも、これ程に広いんだ。それに、テラリスみたいに他の人間が生きている星もある。夜空を見上げれば、天上に輝く星々が、数多に存在するんだ。

 そんな広大な空間がどうできたのかなんて、私には想像もつかないよ。

 まぁ、もし神様みたいなのが居るのなら、その神様が異能で創ったりしたのかもしれないけどね」



 まぁ、そんな異能なんて、たとえ神様だとしても、規模が大きすぎるから、無理だと思うけれど。



「……はは」


「レイア?」



 冗談にもならないと思ったが、レイアのツボに入ったのだろうかと、傍らに視線を送れば、その美しい表情に、ある種の驚愕を纏わせ私を見やっていた。



「――驚きましたよ。ほぼ、正解です」


「え……?」


「テラリスの学者達は、虚無の空間において、突然火球が爆発を起こし、それから世界が始まった。という説を考え出し、それが一番信頼性が高いと話してもいましたが、実はそうでは無いのです」


「じゃ、じゃあ」


「この世界は、ある者達によって、創られた箱庭のようなものなのです。それに戯神ローズル、グラマトン、レイディウムらが気付いた」


「え、ちょ、ちょっと待って! 世界を創る……なんて、そんな馬鹿げた事……」


「有るのです。そんな、馬鹿げた事が」



 本当……なのか? いや、レイアがデタラメを吹聴するような人間では無いのはわかる。

 が、理解がついていかない。とても、信じられる様な類の話では無い。

 痺れた様に思考を止める脳が、それでも尚、レイアの真剣な視線を認識し、背筋が冷えるような感覚を作り出し、全身の肌が粟立つ。



「そして、レイディウムから語られたのは、この世界の裏側に広がる世界である『背面世界』と呼ばれる世界と、その世界の住人達であり、我々の生きるこの世界を創造した者達の存在でした。

 その時、彼等は、その真理に辿り着いた者達の、三者三様の答えを教えてくれました。

 まずグラマトンの考えは、『背面世界への隷属』でした。グラマトンは、強大な力を持つ背面世界の者達が、やがて我々の世界へと接触を計ってきたときに、争う事なく隷属する事。そうしなければ、人を、文明を守る事が出来ないと考えたようです。

 人や自らが滅ぼされるくらいならば、少しでも種や文明を欠片でも守る為に、完全な隷属をする……それがグラマトンの答えだったようです」



 これまでの人や文明の歩み……それを守る為に、完膚無きまでの敗北を認め、奴隷の様に隷属する……か。

 確かに世界を創造する程の力を持った存在に抗うというのは、険しい道だろう。考えの一つとしては、誰しもが一度は考える事ではあるかもしれない。

 ただ、その答えを選択する。というのは、人間であれば中々できる事ではない。

 やる前から負けを認め、ただ背面世界の者の下位存在になるというのは、私なら嫌だ。

 いつまで続くかも分からない支配など、到底受け入れることが出来ない。


 グラマトンが無限の寿命を持つ機械であり、答えに至る過程に葛藤や感情を挟まないからこそ、隷属という答えに至ったのだろうか。



「次に、戯神ローズルの答えは、友好的対話の後、互いの世界に相互不干渉する条約を結ぶというものでした」


「えっ? あの戯神にしては、理性的な答えだというか……」


「今の彼とは違い、かつての戯神は余計な諍いを嫌っていました。

 もっとも、今も……変わってしまった彼の目的を果たす為のプロセスとして、争いを起こしているだけなのかもしれませんが」



 私の知る戯神ローズルの印象とはだいぶ乖離しているが、確かに未知の上位存在との対話というのは、普通に考えて避けては通れない道だろう。

 しかし、そうした交渉がうまくいけば、これまでと変わらぬ生活を送れるのだ。


 平凡、平和、平衡。


 人は波の無い人生を送りたいと思うものだが、世界の創造主との戦争など、自分の人生では起こってほしくなどない。

 その為に必要なのは、対話。

 うん……。私なら戯神の答えを推すかもしれない。


 最後に残ったレイディウムとやらの答えは、なんとなく想像がつくから、というのもあるけれども。



「最後にレイディウムの答えは……。私と四大、そしてレイディウムの六人の起源者を中核戦力として、背面世界との全面戦争を起こす。というものでした」



 レイディウムの答えを語るレイアの顔は、苦虫を噛み潰した様に歪んでいた。



「それは、なんとも……」


「ええ、力に溺れている。と私も思いました」



 叡智の起源。おそらくはテラリスでも最高の頭脳に加え、万能ともいえる能力『起源創造』などという力を持っていれば、レイディウム自身、相当な力の持ち主である自負がある筈だ。

 それこそ、対等の存在がレイアともなれば、強い全能感と自尊心が芽生えていても不思議では無い。

 そういった者ならば、たとえ相手が未知の存在でも、一方的に敗北するとは思えない。と、考えるのも分からなくもない。

 私でも、この三つの選択肢に順序をつけるなら、対話、戦争、隷属の順序でものを考える。

 以前、アリアが言っていた『ただ力を持って生まれただけの存在』というのは、こういった者達との触れ合いから、力への嫌悪感を抱いていたのかもしれない。



「……」


「元は同じローズルという人間の知性から生まれた者達が、それぞれ全く異なる結論を見出したのです。

 彼らが持ち得た力こそ違えど、なんとも皮肉な事だと思いました」


「そして、レイアは戯神の答えを支持したんだね?」


「はい。とはいえ、私の場合は、まず対話を行い、その後改めて答えを模索する方が良いと考えました。

 不干渉にせよ、隷属にせよ、戦争にせよ……相手がどのような意図を持っているかも分からぬ内に方策を決めてしまうのは、早計だと思いましたから」


「まぁ、普通はそうだよね」


「ですが、彼らは、至高とすら言える頭脳の持ち主。私の考える過程や、感情が生む不都合等の一切を排し思考ができる様な者達です。

 彼等の出した答えに至るまでに想定された様々なファクターが、突飛ともいえる結論に至らせたのでしょうね」


「凡人には、理解できない思考ってやつかな」



 ――私には、レイアも凡人とは思えないけれどね。

 レイアは、少し俯きつつ再び続きを語り出す。


 

「そして、ある日……レイディウムは、突然、グラマトンを滅ぼしたのです」


 

 

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