第百二十話 レイア・アウグストゥス・アウローラ



 ――神。

 その一言は、圧倒的で、超越的で、崇高的で、世界の理の外の、埒外の存在。

 個々人が思う神のイメージこそ違えど、それは全知にして全能。万能にして不滅である事が多いだろう。

 そんな存在を、人間が造り出す。というのは、決して頭の良くない私には、何をすれば可能になるのか、知るべくもない。


 レイアは励起した起源力を消失させる。

 あれほどの数の力を、全て制御し、用途に応じて扱える。というのは、考えただけでも恐ろしい話だ。

 あれを異能に置き換えたとすれば、空恐ろしい話になる。

 大抵の異能者は、自らの異能を戦闘に応用できない者が多い。

 力の総量とされる異能総量。これは異能を行使するごとに、少しずつ総量が増えていく。運動をすれば、体力が上がるのと感覚的には一緒だ。

 次に展開力。放出力とも呼ばれるが、これは自分の異能の影響を及ぼせる範囲だ。

 これは、異能総量にもよるが、自らの精神を拡張するようなイメージを取る為、精神的に熟達した者程、展開力が高い印象がある。母様や父様は勿論高いが、紅の黎明で言えば、ルーファスさんあたりは展開力に秀でていた。

 そして制御力。これが中々厄介で、異能者の性格と異能力の相性が影響する。顕著な例がミエルさんだ。

 ミエルさんは、異能総量で言えば、おそらく母様に匹敵するほどの力を持っている。展開力も相応に高い……が、制御に関しては、その辺の異能者と変わらない……もしくは、それよりも劣る。

 これは、ミエルさん自身が自分の力を嫌悪している事が影響しているらしいが、心の根っこの部分でそう思ってしまっていては、改善する事も難しいらしい。


 一つの異能を扱うにしても、これらの感覚を高めていかなければ、戦闘では例え異能を持っていても役に立たない。

 仮に、もし異能をぶっつけ本番で使ったとしたら、精神力をごっそりと削り取られて、衰弱するか、意識を失うだろう。

 身の丈に合わない力は、己を滅ぼしてしまうのだ。


 ――だが、眼前の麗人は、一つどころでは無く、数え切れない程の、言葉通りの万象の力を、その身一つに納めているというのだ。

 それは、常軌を逸しており、そしてなによりも、



「レイアは、怖くないの?」



 私の言葉に、レイアはにこりと微笑む。


 怖くないはずが無い。通常の人間の精神なら、即座に壊れてしまうくらいの事な筈だ。

 だって、その気になれば……いや、その気にならなくても、力を制御できなければ、己どころか世界が滅びかねないほどの力だ。



「怖いですよ。正直……何千年と経った今でも恐ろしい。私は過つことを、決して許されない。常に真理であり続けなければいけないのです。

 ただ、それが私にしか出来ないのであれば、私が背負わなければいけない。

 豊穣の起源者となってすぐの頃は、それが分かりませんでしたが、やがて、ムーレリアが……いえ、人類がこの力を求めなければならなかった理由も分かりましたし、ね」


「理由?」


「おっと、話が飛び過ぎましたね。それは、後程話すとしましょう。

 え〜と、そうです。豊穣の力については、先程もお話した通り、人が神に等しい存在を造り上げる事が目標だったのですが、私と時を同じくして生まれた起源者がもう一人、居るのです」


「それって、アリア? ……ではないか」



 アリアは、レイアの事を母さんと呼んでいた。となれば、アリアの誕生にはレイアが関わっているのは明白だ。



「そうですね。アリアンロードではありません。

『豊穣』と並び、『原初の起源』と呼ばれ、創造された者の名は、『叡智の起源ワイズ・オリジン』レイディウム・アウグストゥス・セシアントと言います」



 ――長いな。一度で覚えられる名前じゃない。


 私の心の内を読んだかのように、レイアは軽く息をついた。



「レイディウムは、私と同じく、生まれつき異能が無かった。

 と言っても、彼はそうデザインされた存在ですが」


「デザイン?」


「起源の力の根源たる起源紋をその身に宿すには、ムーレリアの血を引いていて且つ、異能があってはならないというものでした。異能者に起源紋を取り込ませると、異能力と起源力が馴染まずに、精神を侵され廃人になるからです。

 私は、偶然……運命のいたずらか、そのように生まれましたが、レイディウムは、人為的に……いや、作為的にそのような存在となるように、創造されたのです」



 人為的ではなく、作為的……? どういう事だ?



「そんな事ができるのって、やっぱり戯神が関わってるんでしょ?」


「……そう。と、言いたいところですが、レイディウムを……いえ、私を含め、起源者を造ったのは戯神では無いのです」



 戯神以外にも、その様な事ができる者が、その時代には存在したということか。



「原初の起源と呼ばれる、私とレイディウムの二人を起源者として生み出したのは、戯神の手により造られた、機械仕掛けの神……グラマトンと呼ばれる存在です」



 原初の起源を造りだした、機械仕掛けの神グラマトン……。

 話が、完全に私の理解を超えていて、ただ聞く事しかできなくなってしまった。

 レイアも私が完全に理解するのは、難しいとは思っていそうだが。



「グラマトンとは、初期は戯神のクローン脳を基軸とした有機演算装置でしたが、やがてグラマトン自身が自らをアップデートしていき、最終的には、ムーレリアのほぼ全ての端末装置の中に、ネットワークを持つ、高度知性電子生命体の様な存在となっていました」



 私は、レイアの言う事をなんとなくでしか捉えられず、神妙な顔で頷く事しかできない。



「自己進化し続けるグラマトンの叡智は、親とも言える戯神を凌駕し、やがて自らにかけられた『創造主を害してはならない』という枷を外す為の存在として、私とレイディウムを起源者としました。そして、私には豊穣の力を、レイディウムには叡智の力を与えました。

 叡智の力は、グラマトンの自らの特性である自己進化し続けるその知性と、戯神の異能である『異能創造』。もっとも、レイディウムが創造するのは、異能では無く起源と言ってもいい程の力でしたが」



 自己進化し続ける知性と、いわば『起源創造』……完全な戯神の上位互換の様に思えてしまう。となると、グラマトンはレイアとレイディウムを使って戯神を滅ぼした後に、レイディウムをムーレリアの代表とするつもりだったのだろうか。



「やがて私とレイディウムが、起源者としての力を制御できるようになると、グラマトンは戯神に反旗を翻そうと画策しました。

 しかし、私はグラマトンには従いませんでした。当時の戯神は、利己主義ではあれど、民にも慕われており、ムーレリアの繁栄には必要な存在だったからです。

 そして、レイディウムもまた、グラマトンには従わず、ある日突然、レイディウムはグラマトンの本体、戯神のクローン脳が収められた有機演算装置を破壊しました」



 グラマトンという存在も、まさか自分が造りだした我が子とも言えるレイアとレイディウムに離反されるとは思ってもなかったのだろうか。

 いくら力を持っていても、判断するのは個人なのだ。

 それを、機械は分からなかったのかもしれない。



「私はその時、豊穣の力を割譲して創造したアリアンロード達、四大起源テトラ・オリジンを伴いレイディウムに、グラマトンを破壊した真偽を問いました。

 すると、レイディウムは、確かに自らの判断でグラマトンを破壊した。次は戯神を滅ぼすと私達に告げました」



 レイディウムの目的が、よく分からないな。グラマトンを滅ぼして、戯神を滅ぼして、自分がムーレリアの覇者となる……なんて、レイアと同等の力を持つ者がそんな事を考えるのだろうか。


 彼方を見据えながら、レイアは更にその口を開いた。

  




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

以前のアリアによる回想シーンの出来事を、短く纏めてレイアが話していますが、それでも長くなってます汗

まぁ、リノンが知るべき事であり、本作の重要な出来事ではあるので、しばらくお付き合い下さい。


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