第百十九話 豊穣の起源者



 昔話と聞けば、私が真っ先に思い出すのは、『鋼鉄の剣聖と聖痕の姫騎士』や『リュスティルフィア大戦記』などのなかば物語化されたものだ。

 前者は、今から二千年前に、他者を洗脳する異能を持つ者が拓いた、今では邪教認定されている『ディエス教』を壊滅させるべく立ち上がった、鋼鉄の剣聖ヴィンセント・ハイルディンと、聖痕と呼ばれる紋章が生まれつき身体に刻まれていた、強力な異能者である聖痕の姫騎士アルフィナ・クイン・ザルカヴァーを主人公とし、ディエス教の教祖と教団を壊滅させる物語だ。

 後者はかつてアーレスで隆盛を誇った大国、リュスティルフィアが、世界統一を掲げた事に反発し、リュスティルフィア以外のアーレスの国家や大都市のほぼ全てが同盟を組み、リュスティルフィアとの大戦を描いた戦記物の類だが、レイアの言う昔話とはきっとこれらの事では無い。

 下手をすればもっと昔の、記録にも残っていない様な太古の神話の様な話だろう。


 レイアは透き通った瞳を、こちらへと向けると形の良い唇を開く。


「貴女は、私やアリアンロード、戯神ローズル等がこのアーレスで生まれた存在ではない事は、知っていますよね?」


「うん。前にアリアに聞いた事はあるよ」


「私や戯神は、ここより遠く離れた星……テラリスで生を受けました。そしてテラリスの中でも、当時最も隆盛を極めていた大陸国家ムーレリア。戯神はその国家の代表を務めていました」


「あのふざけた男が代表なんてできるものなのかな」



 戯神ローズルは、私の主観では狂人に近い。欲に忠実で、狡猾。言動も芝居がかったようで、飄々として悪辣だ。

 だが自分も黒幕フィクサーのくせに表立った行動を好む……まぁそこは、他人をあまり信用していない質なのだろうか。

 こう思い起こしてみると、神等とうたっているわりには、なんとなく小物臭いというか、人間味があるような気がする。

 まぁ、悪人は悪人なのだろうけれど。



「……昔のローズルは、今よりも聡明でした。自らの知識欲に取り憑かれているのは、今と変わりはないですが、当時はあの男も、自らの才を国の為、民の為に振るっていました」


「へぇ〜」


「戯神がムーレリアを導いていた時代、ムーレリアの民は、私を除いた総ての者が異能者でした。私はムーレリア人の両親の間に生まれたにも関わらず、欠片ほども異能の力を持たない異端者イレギュラーとして、生を受けました」


「無能力!? レイアが?」


「ええ。それ故に、忌み子などと蔑まれたりもしましたし、当時はそれなりに嫌な思いをしたものです」



 国民の総てが異能者というのは、聞くだけで相当な武力や文明を持ち得るのは、理解に難くない。

 だが、この圧倒的とまで言える力を持つレイアが、なんの力も持たずに産まれたとは言うのは、実際に戦った私からすれば、想像するのも難しい……。

 先のレイアとの戦いの中でも、殺意こそ本物だったが、私にはレイアの底は感じられないままだった。

 最後の一合こそ、制したものの、同じ事をもう一度やっても、私が打ち勝てるとは言い切れない。



「ですが、無能であったが故に、ムーレリアのこれまでの総ての民の異能を解析し、純粋な全能の力の集合体として造られた『豊穣の起源紋』に適合する唯一の素体となり得た訳ですが」


「素体……」


「あ、憐れまないで下さいね? 様々な葛藤はしましたが、最終的には自ら望んで受け入れた力ですから。

 あなた風に言えば、なんの苦労も無く、ある日突然最強の存在になった……みたいなのこそが、私という存在なのです」


「その、ごめん。……知らなくて」


「ふふ、少し意地悪でしたか。……ですが、それでも私は力を得て、少しでも世の中の平定に、自らも関われると喜んだものです。

 まあ、これ程のとんでもない力だとは理解していませんでしたがね」


「豊穣の力……ピンとは来ないけれど、それってどんな力なの? アリアやイドラだとさ、水とか風とか自然っぽいし、どこか異能に近く感じられるけれど、豊穣って言われてもよく分かんないかな」



 私がそう問えば、レイアは両手を開き、細身の指を全て立て、私の手のひらに向けてきた。


 何か放たれると思い、ついぞ仰け反ってしまうが、レイアは私のその様子を見て、軽く噴き出した。



「ぷふっ。何もしませんよ。見ていてください」



 そう言うと、レイアの指先に様々な輝きが光を成して灯った。全て指先に、違う色とりどりの輝きが発生し、私の周囲を幻想的に照らす。



「これは……?」


「これは、起源術に変わる前の、起源力そのもの。まあ、見せたほうが早いですか」



 レイアはすっと立ち上がると、指を一本虚空に向け、赤く色づいた光球に命じた。



緋焔流プロミネンス



 虚空に向け、緋色の炎が龍のように直進していく。

 これは……炎の異能?

 さらにレイアは、青い光球に命じる。



鉄砲水シュトゥルツ・フルート



 今度は、高圧水流が発生し、虚空を切り裂いた。

 今のは……アリアも使っていた技だ。

 まさか……あの光球全てが、それぞれ違った異能、いや起源の力を持つのか。



「なんとなく、想像はつきましたか?」


「まさか、十個も起源の力を備えているとはね……なるほど、とんでもない力だ」



 私はその力の規模の大きさに背中を冷や汗が伝うのを感じた。

 簡単には言えないだろうが、アリア十人分の力を持っていると考えれば、それはこの世で勝てる人間を探す方が難しいだろう。多分、母様でも勝てない。



「――十。では、ありませんよ」


「え……」



 私は目を疑った。レイアの背後に展開した光球の数に。

 十どころではない……百、いや千……ううん、幾つあるのかも把握できないほどの、圧倒的な力の列挙。

 それら全てに、はっきりと別々の力が内包されているのを感じられ、私は、ただ恐怖した。


 これ程の力を、一個人に与えるなんて、どうかしてる。こんな力を持ち得て、それを制御する存在なんて。それは、まるで……。



「神様?」


「――そう、豊穣の力とは、万象を司り、干渉する力。豊穣の起源者を生み出す事とは、人造の神を創る計画だったのです」



 レイアは、嘆きと諦めと、虚無感の入り混じったような、そんな表情を浮かべ、そう語った。


 

 

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