第百十八話 銀嶺一閃



 上空から――といっても、天も地も何も無いようなこの黄金に色づいた荘厳な空間だが――その背に金色の翼を拡げ、金の流星となって突撃してくる豊穣の起源者。レイアを迎え撃つべく、私は文字通り全身の全霊を以て太刀を抜き放つ。

 父様より伝えられた、古流刀術水覇一刀流の数々の剣技は、これまで私を幾度と無く支えてくれた技術だ。

 その中でも、最も私の戦闘技法に適していたのかは分からないが、得意としていた、攻の太刀二の型――驟雨しゅうう

 腰溜めに構え、身体のひねりを負荷とし、太刀の鍔元を指弾の要領で弾き、抜刀速度を神速と呼ばれる領域までに至らせる術理だ。

 この驟雨の術理に、私の独自の奥義とも言える命気を強力に集束させる技術――レイアに言わせれば、生命の起源の力らしいが、私にとっては命気以外何物でもない――《行雲流水》。これを太刀に纏わせる技法である命斬一刀を加える。

 私の愛刀である蛍華嵐雪が、命斬一刀により白銀に煌めく命気を更に強化させる。白銀を超え、銀光と呼ぶに相応しい煌めきを伴い、私の一閃は金光の流星と激突した。


 ――銀嶺一刀流・白神ぎんれいいっとうりゅう・しらかみ


 かつて無い程の速度と力、そして銀光を伴った我が一撃は、それでも尚、振り抜かれることはなかった。

 私は、会心の一太刀を止められ、目を見開くが、どこか「あぁ、やはり」という感情と、自賛になるがこれ程の技と拮抗する力を持つ、レイア・アウグストゥス・アウローラという存在の強さに、戦慄と興奮がないまぜになった自分でも良く分からない感情に支配され、不思議と自分の口元が笑みに歪むのが分かった。


 私のその表情を見たレイアは、一瞬ぞくりとしたような表情を浮かべるが、突撃の推進力は些かも衰えない。


 ――お互いに、無駄口は叩かない。少しでも気が緩めば、斬られるのは自分だと分かっているからだ。


 レイアの鋒と、私の刃が先端部分で衝突しているが、互いの刃筋が一切ブレない事により、奇跡的な均衡を実現している事から、互いの技術は拮抗しているのだろう。

 ここに至れば、勝ち筋を見出すのは、膂力でも、技術でも無いだろう。

 私で言えば、命気の出力。そして……何者が相手でも、私の道を切り拓く強い意志……!


 打ち破る……! 打ち克ってみせる……! 貴女にも……! そして、



「――運命にもぉぉぉぉ!!!!」


「――――ッ!!」



 

 きぃん……と、静かな、しかし何かを切り裂く音共に、私の太刀は銀の煌めきを伴い、振りぬかれた。


 音も無く金の輝きと交差し、レイアが私の背後に降り立つ。



「――見事、です」



 レイアが私を賞賛すると、両腕を広げ、砕け散った長剣を私に見せつけるようにして、眉尻を下げた。


 全身から力が抜けるような虚脱感ごと振り払う様に、太刀を一払いし、愛刀を鞘に収める。



「どうにか、こうにか……なんとかなったようだね」


「フフ、なんですかそれは。締まりませんね」


「いいんだよ。こういうのも、私らしさだ」



 私は腰に手をあてがい、片脚に体重を掛け、気を抜く。

 その様子を見てレイアは微笑んだ。



「リノン。貴女は生命の起源紋を持つに相応しい実力を持っています。約束通り、生命の起源紋は貴女に託します。

 といっても、それを貴女に還すのは、私ではなく、ローズルなのですが」


「うん?」



 約束……? あぁ! そうか。なんでレイアと戦っていたかといえば、そこから始まっていたのだった。

 体感時間的には、もう数カ月はレイアと戦っていたような気がする。

 このレイアとの戦いの報酬。と考えれば、そこまでその力に拒絶感は覚えずに済むかと思ったが、そもそも、このレイアとの戦闘自体が、私にとって相当な修行になっている。

 自らの剣を見出した事、蛍華嵐雪が私を認めるきっかけを作ってくれた事、何より――私が私として生きる意義を示し、導いてくれた事。

 それだけで、私は以前よりも、数段強くなった筈だ。傭兵として、そして、人として。



「……ねぇ、レイア」


「駄目です」


「うっ……」


「貴女の事だから、また、要らんと言う気はしていました。ですが、力は必要なものです。貴女はこれから、沢山のものを護っていかなければいけない。その時、貴女のそので、救えるものを救えなくなる事もあるのです」


「傲り……」



 確かに、それはそうかもしれない。皇都での戦いでも、私が強ければアリアは力を奪われなかったし、母様も救えたかもしれない。ガレオンの事だってそうだ。

 あの時は、自分の弱さに打ちひしがれ、力を欲したし、情けなくも涙まで流したのだ。


 ――確かに、これは、私の傲慢さなのかもしれない。



「分かったよ。その力、受け継がせてもらう」


「よろしい」



 私が観念すれば、レイアは、花が開くような可憐な笑みを浮かべ、頷いた。



「そういえばさ、私が勝ったら、教えてくれることがあるって約束もしたよね?」


「あぁ、私があなたがたの戦いを見ていたのか? という問いでしたか」



 正直に言えば、なんか約束したような気がするという程度には、私は忘れていたのだが、レイアは律儀にも覚えていてくれたようだ。



「結論から言えば、全て視ていましたよ。皇都での貴女やサフィリア達の戦い……ひいては、貴女が産まれた時の事ですらも」


「え」



 レイアなら、様々な事を超常的に知っていてもおかしくはないと踏んでいたが、最後の一言で更にスケールの大きな事柄になってしまい、私の理解を超える。



「な、なんか、遠くのものを見る力でもあるの?」


「そういう技能もあるにはありますが……リノン。貴女は自分の手や足を見る事が、大変ですか?」


「へ? いや、そんなわけ無いじゃん。見ようと思えば見えるでしょ」



 レイアの素っ頓狂な問いに、私は自分の手足に視線を送り応えて見せる。



「それと、同じ事ですよ」


「……迂遠な物言いだね。私にわかるように言ってよ」



 勿体ぶるレイアに私は痺れを切らす。



「……少し、昔話をしましょう」



 そう言うと、レイアは腰を下ろし、私にも隣に座るよう促すと、静かに口を開いた。

 


 


 

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