第百十七話 リノン救出作戦 11 Side Shion
「
――異能の根源に触れた途端、自らの内で暴れ狂う程に湧き上がる力を、自らの身体という器に、無理矢理に押し込めるようなイメージでそれを制御する。
体内から爆発しそうな感覚を押し留めながら、身体の感覚を確かめる。
全身の細胞が覚醒し、全ての細胞一つ一つですらコントロール出来る様な感覚を覚えながら、ダブルセイバーの柄を強く握り、軽く真横に振り抜き、空気を切り裂く。
それだけで、ダブルセイバーに付着していたファンタズマによる磁石の粉は、衝撃の波に乗り吹き飛んでいく。
技として放つ訳ではないが、今の僕はスティルナさんが斬撃と共に衝撃波を放つ技を、ただ刃を、拳を、蹴りを放つだけで模倣する事ができる。
肉体を制御した術理とは到底言えない、身体能力によるゴリ押しの結果、それが発生するというだけだが。
僕は眼下に拡がる漆黒の靄を一瞥する。
大きな火災で、もうもうと立ち上がる黒煙の様にも見える靄の中に、かつての友――いや、僕の朋友であるジュリアスはいる。
ファンタズマと名乗ったアレが何なのかは、まるで想像がつかないが、僕にとっては怨敵とも言える『戯神ローズル』が絡んでいる以上、正しい在り方を持った存在であるとは言えないだろう。
――
厳密に言えば、他にも方法があるのだろうが、生憎僕は、相手を斬るか撃ち抜く事しか出来ない。
自分の不器用さが、このうえないほどに恨めしく思うが、こればかりは如何しようもない。
僕は、宙に舞う身体を反転させ、空気の壁を強く踏みつける。
――空歩。
轟音と共に、衝撃波が発生し、僕の身体は真下へと弾丸の様に――否、弾丸を遥かに超える速度で飛翔する。
自分の感覚的には、普段の自分とそれほどに差異は無いが、周囲の全ての動きがあたかも静止したかのように、遅い。
着地によって、
靄の中心に佇み、薄く嗤うファンタズマは、僕の速度に対応できずに、先程まで僕が居た真上の空間へと漆黒に染まったその顔を向けていた。
だが、ゆっくりと、本当にゆっくりとだが、僕のいる方向へと顔や身体が動き出すのがわかった。
見えずとも、知覚しているのだ。吹き飛んだ磁石の粉塵の動きか、はたまた、かつてジュリアスがまるで僕の心を読んでいたかとすら思えた、その洞察力の賜物なのか。
僕は、ダブルセイバーをバトントワリングの様に回転させ続ける。
体の内側から、湧き出す力を必死に押さえ込みながら、身体を制御する。
現状の加速度合は、通常の身体速度の凡そ百八十倍。
今の僕ならば、おそらくは斬れない物は無い。
自分の得物であるダブルセイバーは、僕の異能の展開範囲内にある限り、摩擦や抵抗を受けずに、敵対象物を一方的に切り裂ける。仮に展開範囲から外れる事があれば、即座に空気摩擦で燃え尽きるだろう。
速度は、それだけで途轍もない威力を生むのだ。
「耐えろよ。ジュリアス」
友に、呟くように願いを込めて語り掛けると同時に僕はファンタズマへと、肉薄する。
ごく緩慢に体勢を変えようとしているであろうファンタズマの傍らへと、一足で踏み込み、肩口から両腕を両断し、駆け抜ける。
僕の動いた軌跡に沿って衝撃波が発生し、縦に二回、閃かせた斬撃を押し広げるかのように、ファンタズマの身体を引き裂いた。
衝撃波による暴風が掛け巡る中、転回し、反動を使いながら、こちらに向けて奔る衝撃波と交差する様に、再度ファンタズマを間合いにおさめるべく跳び、両脚を太腿の所で切り裂き、駆け抜ける。
斬閃と共に更に衝撃波が発生し、達磨になったファンタズマの身体が宙を舞う。
加速した肉体を制動させ、切り裂いたファンタズマの方へ視線を向ける。
されるがままに、一瞬で身体を刻まれたファンタズマの顔には、それでも痛痒は見られない。
僕が切り裂いた四肢は、漆黒の粉塵へと姿を変え、緩慢にファンタズマの身体へと収束していく。
再生しているのだろう。その速度は、百八十倍にも加速した僕にこそ緩慢に見えるが、等倍の速度であったならば、これは超速再生とすら言える速度だろう。
ファンタズマの視線は虚ろに定まっていない事を考えれば、ある程度自動的にこの再生現象が起きているのだろう。
少なくとも、ダメージを自認してから異能力を展開し、欠損箇所を黒塵と化し、自らの身体へと引き戻して再生するという工程を経ているわけでは無いだろう。
それならば、この速度での再生は不可能な筈だ。明らかにファンタズマの思考速度よりもこの再生速度は速い。
自動的な超速再生など、それだけですら恐るべき能力だが、それを付随的に為してしまうというのは、
おそらくは脳髄を破壊しない限りは、あの超速再生によって滅びはしない筈だ。
やはり、相手の異能力が尽きるまで、切り裂き続けるしかないか。
双刃の柄をぐっと握りしめ、ファンタズマへと間合いを詰めるべく脚に力を入れた所で、突然背後から獰猛な剣気が僕に叩きつけられる。
怖気を感じ、咄嗟に跳べば、さっきまで僕の居た所を、空間ごと切り裂くような銀色の一閃が煌めいた。
斬撃を放った主は、輝くような銀髪をなびかせ、見るからに業物とわかる太刀を振り抜き、残心していた。
――あの太刀は、見覚えがある。
かつて、『銀氷の剣聖』とうたわれた、世界最高の剣技を持つ女性、スティルナ・ウェスティンの愛刀、蛍華嵐雪。
「な……!? スティ……ルナ……さん?」
いや……スティルナさんよりも、若い。何よりも、スティルナさんが失った筈の両脚が健在だ。
純白のコートをはためかせ、黒のスカートから生えた脚は、すらりと細くも十分に鍛えられている事が伺える。
この特徴は、サフィリア団長の娘であり、今回の作戦における救出対象である……。
「リノン?」
僕の問い掛けに、彼女はその翠色の瞳をこちらへと向ける。
しかし、その双眸は虚ろで、なんというか、光が……意思が、感じられない。
リノンは、振り抜いた太刀を引き戻し、霞の構えを取った。
その鋒が向けられたのは、ファンタズマでは無く、僕だ。
だが、僕は更なる事実に気が付き、戦慄した。
――この娘……異能の深淵に触れた僕と、同等の速度で動いているというのか?
さっきの斬撃は、超速度に加速している僕にすら、かなりの速度に感じる程のスピードで振りぬかれていた。
それこそ、油断していたら、背中を切られる程の速度だった。
これまで、速度という一点においては、僕に並ぶ者を見た事はない。スティルナさんやサフィリア団長も身体速度や反射速度は恐ろしく速いが、それでも僕の方が相当に上だろう。
しかし……この娘は、百八十倍に加速した僕と同等の速度を、その身に秘めている。
彼女の身体に纏われた、湯気の様な白銀の輝きがそれを為しているのだろうか。あの輝きが、相当な力の奔流である事は、僕にも感じられる。
「く……どうなっているんだ」
ファンタズマも、切り裂かれた四肢が元通りに結合し、緩慢にも僕を視界に捉えている。
しかし、意識をそちらに向ければ、眼前の少女……リノンは、沈みこむ様に身体を倒し、強烈に踏み込んで来る。
(あれは、スティルナさんの……水覇一刀流の歩法か……!!)
瞬く間に僕の眼の前に現れたリノンは、横薙ぎに太刀を閃かせて来る。
僕は舌打ちしつつ、銃を抜き、リノンの四肢の付け根を狙い、加速させた弾丸を発射する。
そのままバックステップしながら、身体を回し、遠心力を乗せた一閃で、身体を再生させたばかりのファンタズマの胴を薙ぎ払う。胸の下で両断され、衝撃波の爆風で上下に別れた身体が弾け飛ぶ。
コマの様に回転する身体を制動していると、視界の端で、リノンが僕の放った弾丸を切り払うのが見えた。
サフィリア団長ですら、対処に手こずっていた加速弾に対応したばかりか、一つ残らず切り払うとは……流石は、あの人達の子供といったところか。
と、感心している場合では無い。そもそも、何故リノンが僕に刃を向けるのかも分からない。
あの眼……。虚ろで意思を感じられないあの眼や、言葉を発していない事から考えられるのは、戯神の創り出した偽物か、もしくは……何らかの方法で、操られているか。
想像はできても、答えは出ないのだが。
「全く、此処に来てからは、頭を使うな」
短くため息を吐き、僕は双刃を構えると、瞬く間に踏み込んで来るリノンの太刀と僕の双刃がぶつかり合い、激しく火花を散らした。
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