第百十六話 リノン救出作戦 10 Side Shion
(――認識していようが、反応できなければッ!!)
漆黒の靄を振り払い、僕はダブルセイバーを横薙ぎに一閃する。
それは、ファンタズマの腕をなんの抵抗も無く、切り裂いた。
下手に加減をして攻めれば、こちらが追い込まれかねない……ジュリアスには悪いが、もはや生きていればいい位の傷は、覚悟してもらう……!
僕は、紅の黎明の皆の代わりに、すべての咎を背負う。その為にも、もう過つ訳にはいかないんだ……。
ファンタズマの右腕を斬り飛ばし、ダブルセイバーを振り抜いた慣性を使い、回転するように足を捌く。
ファンタズマの背後へと鋭いステップで踏み込むと、間髪入れずにそのまま左腕を肩口の所から一閃、斬り飛ばす。
そこからさらに、ダブルセイバーを回転させながら側転気味に跳び、ファンタズマの左膝を深く切り裂きながら、間合いを取った。
とりあえず、これでまともに行動は取れまい。
僕がそう確信した刹那。僕の左肩と脇腹に灼熱感が襲った。
「なッ……!?」
背後から、漆黒の大きな棘が突き出され、僕の身体を貫通していた。
鋭い痛みが奔るが、それ以上に驚愕が上回った。
僕を捉えたのはまだしも、加速した僕に攻撃を当てた……?
サフィリア団長の様に、経験や勘、そして技術で以て高速で動く僕を捉える事は確かに可能だろう。
だがそれは、サフィリア団長クラスの者であれば、という前フリがつく。
ジュリアスが……いや、ファンタズマがサフィリア団長の領域に達しているというのか?
僕の驚きの表情を漆黒の靄の中でも捉えているのか、ファンタズマが楽しげに哄笑する。
「クハハハハッ……!」
「何が、おかしい」
「何が? 何もかもさ。テメェが自分の異能に絶対的な自信を持ってるのは、ビンビンに伝わってくるし、
クク。まぁ、いいか。バカなテメェにオレが教えてやるよ」
「一つ、テメェ……この中にもうテメェの敵が俺しか居ねぇと思ってるって事。
二つ、テメェはコイツをなんとかして助けようと思ってる事。
三つ、この黒い靄に突っ込んできた勇気は買うが、コイツがどういう働きをしてるか、テメェが全く理解してねぇ事。
そして四つ……テメェが今、俺の身体を斬った訳だが、ソイツが全く意味のねぇ行為だって事だ!!」
「!!」
ファンタズマの声がしていた方向……さっき僕がファンタズマの両腕を斬り飛ばした方向から、ヤツが歩いてくる。そして、その両腕は健在……どころか、衣服すら切り裂かれた様子は無い。
「効かねぇんだよ。テメェの剣なんざ」
悪辣な笑みを浮かべ、僕を見下すように顎をあげながらファンタズマは僕の眼前で立ち止まった。
ヤツの言葉……それが全て真実とは思わないが、戦いの主導権は今は向こうにあると思っていい。
――さっきの斬撃、確かに手応えはあったが、この状況は……。
この靄によるものか、それともまた別の要因か。ファンタズマの言葉に惑わされるのも癪だが、不確実なファクターは一つずつ潰していくべきだろう。
「『疾風』」
再度加速し、漆黒の靄から飛び出る。先程漆黒の大針が身体を貫いたところから、鮮血が流れ出るのが見えると、視界に自らの武器であるダブルセイバーが映った。
――黒く、染まっている?
いや、黒い粉の様なものが、僕のダブルセイバー……いや、ベルトや銃にまで、びっしりと付着していた。
「なんだ……?」
僕はそれを指でなぞると、それらはなぞった形に引きずられる様に集まった。
――これは、磁石か!
大量の磁石の粉塵。それがこの漆黒の靄の正体か。となると、僕の装備に付着した磁石の粉が動く磁力の流れで僕の動きを感じていた可能性がある。
おそらく、今も靄から高速で飛び出した僕を探知はできている筈だ。
実際、靄はある程度ファンタズマの意思に従って動くのか、緩慢に空中に跳んだ僕の方を目指して流れてきている。
先程、僕の身体を貫いた漆黒の大針も、あの靄の磁石の粉塵を凝集させたものだろう。
となれば、あの靄の中は、ファンタズマが真価を発揮できる領域と言えるだろう。
僕は、空歩で空中を移動しながら、他に伏兵が居ないかざっと見て回るが、敵が潜んでいる気配は無かった。敵がファンタズマだけ……というのは、ヤツの口車だったと見てもいいか。
これで、ヤツの話は二つは潰れたと見ていい。他の二つ……僕がジュリアスを助けようと考えている事。だったか、それに関しては道筋があれば、必ず助け出してみせる。
……少なくとも、殺さなくてはならないと判断した場合は、せめてジュリアスとして、僕の友として討ってやりたい。
あんな、いきなり出てきた訳の分からないヤツに、ジュリアスを乗っ取られたままにはしておけない。……それだけは、譲れ無い。
あとは、ヤツが僕の攻撃を無効化したという事。これは、ある程度は予想がつく。
漆黒の大針の様に、靄を押し固めて自らの傀儡としたか。或いは……まだジュリアスがファンタズマに変貌する前、ジュリアスは身体を砂と化す事が出来るようだった。
であれば、ファンタズマもまた、身体をあの靄のように霧散できるという可能性も在るだろう。
思考しながら、エントランスを見下ろせる上階に移動した僕へ向けて、漆黒の靄が徐々に姿を変えていく。
靄自体は大きく広がったままだが、外縁部が大量の球形を作り出すと、それらが次々に僕へ向けて撃ちだされる。
さながら、制圧射撃を面的に行われている様なものだが、加速した僕にすれば、それほど驚異的なスピードではない。横に走り、黒い弾丸を躱していくが、僕に当たる軌道から外れたモノ達が、そこで一度停止すると、方向を変えまた僕を狙い始めた。
――僕に付着した磁石粉がマーキングとなり、追尾してくる訳か……!
この力は、疾風による高速移動が可能な僕以外では対処が相当に難しい力だろう。あの靄の領域を拡げさせた時点で、広域に攻撃出来る様な者でない限りは、詰むだろう。
試しに、迫る弾丸をダブルセイバーで薙ぎ払えば、黒煙が散るようにそれは霧消するが、靄としては残ったままだ。しかし、制御が一度手放された状態にでもなるのか、もう一度球形に姿を変えることはなく漂うのみだ。
「……」
多少は、現状が理解できてきた。それに、僕のできる事を当て嵌めれば、やるべき事ははっきりとする。
靄の領域に飛び込み……ヤツが形作るもの全てを破壊し、制御を失わせる。ファンタズマの身体も、傀儡であれ、本体であれ、磁石の粉に身を変えられないほどの速度で連撃を叩き込み、異能の力そのものを枯渇させる。
――となれば、千や二千では効かぬ程の斬撃を繰り出し続けるくらいの覚悟は必要だろう。現状の僕がそれを行うとすれば……。
「異能の深淵に触れる……か」
七十倍よりも、疾さを得るには、それが必要だ。
僕は覚悟を決め、精神を集中させ自らの内に眠る力の塊……どこか紋章の様に感じるそれに触れようと、手を伸ばした。
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