第百十五話 リノン救出作戦 9 Side Shion
餌。対面する僕を見やり漆黒に染まったジュリアスだったものは、確かにそう言った。
姿どころか気配や存在感まで、元々のジュリアスとは乖離している。
特に印象的なのは――全身を貫くような、殺意だ。
「お前は、ジュリアス……なのか?」
僕の問に、眼前の漆黒に染まったジュリアスは、怪しげに口元を歪める。
「あんなゴミと一緒にするなよ。
大仰に腕を広げ、僕を馬鹿にしたように煽る。
無論、安い挑発に乗るつもりはないが、そうなると、眼前の漆黒の存在はなんだ?
戯神がジュリアスに仕掛けた何らかの罠か……?
「中々、冷静じゃねぇか。……イイな、お前。
このウジウジ君よりも、お前の身体が欲しくなってきたぜ」
「僕の……身体?」
「あぁ、こっちの話だ。気にすんな」
口調こそジュリアスに近いものの……ヤツの言葉には、どことなく邪悪さが漂う。なんなんだ? こいつは。
「お前がジュリアスじゃないなら、なんだっていうんだ?」
「ハ……」
漆黒の男は、ジュリアスの武器である大鎌を持ち上げ、担ぐ様に構える。その姿は迸る邪悪さや殺意も相まって、まるで死神のようだ。
僕の印象に違わず、男は凄絶に嗤い、歪めた口元が開く。
「オレに名なんかねぇよ。
だが、そうだな。敢えて言うなら……ファンタズマとでも名乗っておくか」
「ファンタズマ……」
「……さて、問答はもういいかよ? オレもコイツも、テメェの血を啜りたくて仕方がねぇんだ。
そろそろ、行かせてもらうぜッ!!」
ファンタズマは、大鎌を大きく振りかぶりながら僕に向け突撃してくる。元々のジュリアスの身体能力の賜物か、その速度は相当に疾い。超重量武器である大鎌が遠心力、膂力、そして突撃の速度を加え、僕の胴体を両断すべく、横薙ぎに一閃される。
僕はその絶死の一撃を前に、異能を発動させる。
「疾風」
加速された世界で僕は、ダブルセイバーを舞うように回転加速させる。
(……どうする……。ジュリアスの肉体を、傷つけても大丈夫なのか?)
通常であれば、大鎌の一撃を避け、敵の身体を切り裂いて終わりだ。
――だが、ジュリアスを殺したくは無い。コイツを斬れば、おそらくジュリアスも死ぬだろう。
お互いに武器を振るい合う様な状況になっているにも関わらず、僕は迷った。
(先ずは、武器を破壊して様子を見るか……?)
僕はファンタズマの振るう大鎌の柄に目掛けて、高速で回転する双刃の刃を閃かせる。
火花が舞い、大鎌の柄を両断すると、ファンタズマの目がゆっくりと見開かれる。
おそらく、彼の眼には突然、僕が姿を消し、次の瞬間自分の繰り出した大鎌の柄を斬り飛ばし、残心を取る僕の姿がコマ送りの様に見えた筈だ。
両断された大鎌の刃が、回転しながら飛んでいき、エントランスの出口に設置されていた回転扉の硝子を、無残にも粉々に砕き割る。
得物を一瞬で破壊されたファンタズマは、それでもにたりと口元に笑みを彩る。
僕は表情を変えずに、再度、身体を加速させ、ファンタズマの懐に飛び込むと、鳩尾に速度を乗せた掌底を叩き込む。
「ッがァッッ!!」
衝撃に押され踏ん張りながらも、吹き飛ぶファンタズマの背後に回り込むと、今度はうなじを狙って回し蹴りを放つ。
僕の速度に対応できずに、ファンタズマは苦しげに呻いていた所に、意識を刈り取るような衝撃を後頭部に受け、今度は顔面を床で削る。
さらに僕は飛び上がると、うつ伏せに擦りむいていくファンタズマの腰を狙い、体重を乗せた踵落としを繰り出す。
空中で宙返りをするようにして遠心力を作り出し、インパクトの際にその威力を足に乗せる。
「ごッ!?」
ファンタズマは、衝撃に唾液を撒き散らし嗚咽を洩らす。
しかし、腰の骨を砕くまではせずに、僕はそのままバックステップで距離をとった。
――あれほどの殺意をもっていながら、この程度ということは無いだろうが……。
「……」
「クク。お前、コイツが心配で本気で攻撃ができねぇんだろう?」
ゆらりと立ち上がったファンタズマからは、それほどダメージを感じられない。
――自分でも、思っているより手加減していたか?
「お前の質問に答えるつもりは無いよ」
「ハッ! つれねぇな。……確かにテメェは強えだろう。だが、
途端、ファンタズマの全身から漆黒の靄の様なものが一気に広がっていく。
「!」
僕は靄から逃れるべく、真上へと跳ぶが、僕を追うように靄はその手を伸ばしてくる。
(何らかの異能か? ジュリアスの制御技術や展開範囲を考えれば……僕以外の、皆にまで影響が及ぶ可能性もあるか?)
ジュリアスは異能の細かい制御や展開範囲の広さに長けていて『砂塵』の異能を超広範囲に展開する、致死性こそ無いものの、砂を徐々に対象に付着させ、動きを奪う『
このファンタズマも、ジュリアスの力を流用しているのであれば、同等の事をできると思っていいだろう。
問題は、眼下に拡がる漆黒の靄が何なのか分からない点だ。
何があるか分からない以上、下手に触れるのは悪手だろう……だが、ファンタズマ自身も闇に飲まれている以上、直接的な攻撃しか持たない僕は、この靄に対抗する術は無い。
――となれば、七十倍に加速して、一気に斬れば……いや、それではファンタズマをジュリアス毎殺してしまう事になるだろう。
打撃技も決定的な決め手にはならない事を考えれば、やはり斬るなり撃つなりしなければ、ヤツの手を止める事も出来ないか?
「……クソッ!」
僕は自分の力の応用力の無さに、苛立ちを覚える。僕は確かに対人戦の白兵戦では、相当に強い部類だろう。
だが、こうした特殊な状況ではここまで無力になるのか……!
無力さに打ちひしがれつつも、自分の頬を叩き、自分に喝を入れる。
――焦るな、逸るな、視野を狭めるな! やれる事が少ないなら、その少ないやれる事で考えろ!!
漆黒の靄は、塵のような何かなのか漂いながら展開規模を拡げている……。であれば、大気による影響を受ける……ということか? 確証は無いが、手をこまねいていても仕方がない。
僕はダブルセイバーを背中の固定具に納め、太腿のホルスターから二丁の大型ハンドガンを抜く。
この銃は弾丸も小さく、素の威力こそ低いものの、装弾数に特化しており、ドラムマガジンでの形式を取らずして六十発の装弾数を誇る。
紅の黎明の技術者が、わざわざ僕の特性に合わせて作成してくれた物だ。
僕は銃口を眼下に向け、銃のバレルに異能を展開する。
制御こそ難しいが、自分以外の物に加速領域を展開させるこの技術は、本来の銃の威力こそ大したものでは無くとも、加速領域によって弾丸が超加速し発射される。
僕が元々は、銃を使わなかったのもあって、基本的には狙える距離は四十メテル程しかないし、弾丸がどのくらいの速さでどのくらい飛ぶかも分からない為、流れ弾を防ぐ意味でも無闇には使わないようにしているが……ここであれば、それを気にする必要も無いだろう。
狙いは――ガラス張りの正面入り口。
連続で引き金を引き、不可知の速度で弾丸が建物を破壊していく。
それによって、外気が流入し漆黒の靄が若干だが、薄れる。
なるべく靄の薄い所を狙い、空中の何もない所を『疾風』によって加速した脚力で蹴り込む。
――
空気の壁を足場にし、空中で進行方向を変え、密度の薄くなった漆黒の靄へと呼吸を止め、飛び込む。
触れた程度では影響は無いようだが……。
ファンタズマは漆黒の靄の中心で佇み、僕が破壊した入り口の方へと視線を移そうとしていた。
その途中……刹那、本当に僅かな一瞬。ファンタズマを間合いに捉えようという僕と、視線が交錯する。
『疾風』によって加速している僕には、ファンタズマの動きは緩慢に見えるが、奴は確実に僕を認識し――その表情は、邪悪な笑みを浮かべていた。
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