第百十四話 リノン救出作戦 8 Side Shion
「俺を、解放する……か。……ともテメェ……しいっつーか……」
ジュリアスが、大鎌の刃先を足裏で抑えながら、何かを自嘲気味にぼやくが、その声は小さく僕にははっきりと聞き取ることができなかった。
だが、今のあの表情、あの仕草は、本当に……僕の知っているジュリアスそのものだ。
まさかとは思うが……。
「……なあ、ジュリアス」
「んだよ」
「スティルナさんも、ここに来てる」
「――!? デマ言ってんじゃねぇ……!! 脚はどうしたんだよ!?」
「脚は、高性能な義足を開発したらしい。今僕がつけている義手と同じような物らしいけど、ここに突入する時に、途轍もない技を出して障壁を破壊していたよ。あんな技が出せるのなら、活動に問題は無いんじゃないかな」
「……そう、か」
そう言って僕はジュリアスに向け、義手の腕を伸ばし、掌を開閉して見せる。
その様子を見つめるジュリアスだが、その瞳はサングラスの向こうに隠れて、感情を読み取る事はできなかった。
――だが、読み取るまでも無かったのだ。これで確信した。
「なぁ、ジュリアス……。スティルナさんの事は、脚を失ったことも含めて覚えているんだな?」
「あ?」
「お前……。本物のジュリアスなんじゃないのか?」
僕の問いにジュリアスは、ぽかりと口を開けたまま少しの間沈黙すると、大きくため息を吐き出した。
「はぁ〜。……いつから、気づいてた」
「最初からかな。僕の事をお坊ちゃんなんて呼ぶのは、お前くらいだからね」
「チッ……」
僕の答え合わせに、ジュリアスはぼりぼりと頭を掻きながら舌打ちすると、不機嫌そうに口を開いた。
「軽口が過ぎたな。……できればテメェには、赤の他人だと思って俺を殺してもらいたかったんだがな」
「じゃあ、やっぱり……」
「あぁ。テメェの考え通りさ。皇都に居たのが、俺の複製体……いや、眷属体っつーんだったか? もっとも、意識も俺から離れていたから、俺からすると俺の姿をした他人だったんだがな。
ちなみに、ここにいる連中や、ジルバキアの奴等を含めても、眷属体を作れたのは、俺だけだ。まぁ、それでも俺も失敗みてぇな話は聞かされたけどな」
「よく分からないが、僕はお前が生きていてくれて嬉しいよ」
「……」
「ジュリアス。僕と一緒に来い。僕から紅の黎明の皆には話をするから――」
「無理だ」
僕の誘いを、ジュリアスは冷え切った声で拒否した。
「戯神になにかされたのか? それなら、僕達が戯神を倒してお前を解放す――」
「無理だっつってんだろうが!!」
「……ッ」
ジュリアスは何故か激昂すると、震える手でサングラスを外し、それを手で握り潰した。
――レンズが砕け、それがジュリアスの手に突き刺さると、ジュリアスの手から鮮血ではなく、乾いた砂が、さらさらと零れ落ちた。
「俺は、もう、化物だ。――ヒトじゃねぇ」
ジュリアスは、サングラスを地面に落とすと、掌から零れ落ちた砂が逆再生の様にジュリアスの手に戻り、その傷を塞ぐ。
――治癒や再生というより、まるでジュリアス自身が砂になっているかのような……。
「お察しのとおりだ。オレは、起源者になってから、身体のほぼ全てが砂みてぇになっちまった。
……この身体になってから、何も感じねぇ。美味い酒を浴びるように飲んでも、イイ女を抱いても、いくら金を得ても……あれ程執着していたモノ達は、俺になんの高揚も、悦びも、幸福も、何も齎さねぇ。
あるのは、胸に穴でも空いたみてぇな空虚さと、力への渇望。
渇くんだ……! 渇いて、渇いて……仕方がねぇんだ。この力を使って、渇いた身体と精神に、赤き潤いが欲しくて……! それだけが! それしかオレを満たさねぇ!! とにかく、とにかく殺してぇ……!」
胸を抑えながら、どこか苦しげに語るジュリアスに、僕ははっきりと恐怖を覚えた。
以前からジュリアスは、短気で荒くれ者の様な振る舞いをしていたが、根は優しく義理堅い男なのだ。もっとも、気を許した者にだけではあったのだが。
これ程までに殺意に駆られているのは見たことが無い。
身に余る力は、己を滅ぼすというが、こういう事なのか?
「だから……だからよ。俺はもう、
もう、この衝動には抗えねぇ。もうすぐ、俺はきっと、衝動に飲まれてテメェを殺そうとするだろう。
……そん時は、頼むぜ」
「僕は、お前を斬りたくない……!」
「五月蝿ぇよ。
……頼むぜ、お坊ちゃん。ダチだろ?」
「ジュリアス……!」
本当に……本当に何も無いのか? 戯神を殺せば? ミエルさんから精神に干渉してもらうのは? ジュリアス自身が立ち直る事も無いのか?
――目まぐるしく思考を回すが、やがて、僕は気が付いた。
自分が、ジュリアスにしてやれる事が何もない事に。
「……テメェがいくら考えたって、無理なモンは無理なんだよ。ソイツは、こうなった俺自身が、一番分かってる」
諦めたように語るジュリアスを見やれば、身体が、徐々に漆黒に染まっていく。
ジュリアスはそれに視線を這わせると、どこか申し訳なさそうな顔をした。
「ハ。テメェとしゃべくってる内に、来ちまった、みてぇだな。
……後、頼むわ。スティ姐さんには、俺はニセモンだったって、伝えてくれよ」
「ジュリアス!」
「チッ。クソが。テメェにバレなかったら、とっとと斬られて終わりって思ってたのによ……」
「ぐ……ッ! オオオオオオオオオああッ!!」
獣のような咆哮を上げながら、ジュリアスは完全に漆黒に染まる。
やがて咆哮が収まると、ゆっくりと僕を睥睨する。
「ハ……テメェが、餌か」
「……ッ!」
ジュリアスだった漆黒の魔人は、僕を視界に捉え、凄絶に嗤っていた。
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