第百十三話 リノン救出作戦 7 Side Shion



 ――とは言ったものの、この数を殲滅するのは流石に骨が折れる。

 ざっと見渡しても三十や五十ではきかない数……百も超えているかもしれない。さっき倒した蟷螂の化物、このエントランスに降りる時に銃撃で何体か屠ったものの、如何せん分母が多い。

 こういった時、サフィリア団長なら広範囲に焔を展開し一気に敵を殲滅できるのだろうが、生憎僕にそういった事は出来ない。

 自分が高速で疾駆しながら、銃撃を放つ技も、こうも敵が多すぎると弾がいくらあっても足りないし、こんなところで貴重な弾丸を全部使う訳にもいかないだろう。


 ――となれば、やはり基本に忠実に、一体ずつ切り裂いていくしかないか。


疾風はやて


 異能を自らに使い、身体速度、反射速度、動体視力、思考速度……おおよそ肉体にまつわるものの全てが、三十倍程に加速される。

 これは、加速の度合いは自らである程度調整ができる。一番使い慣れているのが、今使った三十倍。サフィリア団長と戦った時は、七十倍まで加速させた。異能の深淵に触れれば二百倍……いや、おそらくもっと加速出来るが、あれはあまりにも負荷が大きく、まだ制御も拙い。実戦で完全に使えるのは、僕にはまだ先だろう。

 

 ともあれ、怪物程度が相手であれば三十倍の加速でも十分過ぎるだろう。


 実際、初動の踏み込みで、ほぼ全ての怪物が僕を視界から失っている。

 地を這うように体勢を低く走っているのもあるが、僕は素で走っても、競走馬よりも速い。それが三十倍ともなれば、そのスピードは時速二千キロンを超える。

 異能により空気の摩擦に干渉し、大気の影響無く動けなければ、移動だけで衝撃波が発生し自損しかねない速度だ。


 ――その速度でもって、回る様に足を捌き旋回しながら両手の刃を振るう。

『疾風』を使用している感覚からすれば、普段自分が動く感覚となんら変わりはないのだが、ただただ圧倒的に相手が遅い……いや、遅く感じる。

 結果、怪物達は僕を認識する事無く、一方的に切り刻まれていく。

 低い体勢から、膝や太腿、腹を薙ぎ、倒れることすら遅い怪物達へと、前蹴りや掌打を打ち込み、細切れにした身体を吹き飛ばしていく。

 怪物達は理性も何もないのか、ただ屠られていく同胞を見ても、憤激も戦慄も抱く事無く、ただ血の旋風を振りまく場所目掛けて殺到してくるのみだ。


 なるほど。ろくに僕が視えずとも、仲間が死んでいく方に行けば僕が居るとわかる訳か。


 もっとも、それがわかった所で僕を止められる事は無いだろうが。


 ――大半の敵を切り刻むと、それなりに大きく剣を振るう隙間が出来てきた。こうなれば、本来の戦闘スタイルで戦えるというもの。


 両手に携えた長剣の柄を連結させ、一振りの双刃とする。やはり、僕にはこのダブルセイバーが一番しっくりくる。

 柄を指や手首を使い、バトンのように回転させ、加速させていく。もはや刃どころか柄元も見えなくなる程に加速させた双刃は、耳に残る高音を発生させるものの、回転する剣を目で捉えられる者は僕以外にはほぼ居ないだろう。

 それを縦横無尽に振るいながら、疾走する。


 自らの二つ名『血旋騎』の由来ともなったこの闘法は、僕がサフィリア団長の元で戦う事を決めてから、自ら編み出した僕自身の戦闘技法だ。

 難しい事は無い。圧倒的な速度で、ただ相手を刻み続ける。それだけの単純なものだ。



「だが単純なものを、突き詰めたものは、究極と言えるだろう……!」



 斬法も、何も無い。ただ刃を振り回し続けるというだけ。しかし、他人よりも速く剣を振り続けた僕は、誰よりも刃筋を立てる技術だけはある。

 超速で振るう刃が常に完璧な角度で、刃筋が通れば……。



「僕に斬れないものはない!!」



 最後の怪物を縦に両断し、切り抜け残心を取る。


 それなりに面倒ではあったが、怪物達は一切僕を認識する事ができないままに、肉片と化した。


 ――こんなものか。数だけは多かったが、こんなもので紅の黎明の精鋭達を、本気で倒せると思っているのか? いや……戯神ローズルは、したたかな男だ。あの灰氷大戦の時も、サフィリア団長とスティルナさんが、お互いに最大の技を放つ隙を狙って割って入ったのだろうし。

 ともすれば、この分断され、大量の化物を充てがわれた状況からすると……。


「目的は、時間稼ぎか……?」


「正解だぜ。お坊ちゃん」


 突然、耳を打った声に、僕は驚愕と戦慄が入り混じった感情が湧き出し、声の主へと視線を向ける。

 男は、元々は銀である髪を染めた金髪を肩口まで伸ばしており、真紅のコートを直接地肌に羽織っている。

 まるでチンピラの様なこの容貌は、今は亡き友と、瓜ふたつのものだ。


「ジュリアス……? なのか……?」


「ハン。さぁな。……テメェの言ってんのが、テメェとダチだったジュリアス・シーザリオの事を言ってンなら、俺はソイツじゃあねぇだろう。ソイツは皇都で死んだんだろうし、俺はソイツじゃあねェ」


 僕は、つい右手に握った双刃の柄を強く握り締める。

 ジュリアスじゃないと言われても、口調も見た目も雰囲気も……全てが僕の知るジュリアスと重なる。


「納得できねぇってツラだな?」


「納得も何も、どういう事か、全く状況が読めない。僕の朋友……ジュリアスは、死んだと聞いている」


「あ〜……。チッ、メンドクセぇな。さっきも教えてやったろ? 俺は、ってよ」


「……」


「クソが。鈍いんだよ。俺とそのジュリアスは他人だ。俺にはソイツの記憶なんかねェんだよ」


「しかし、その姿は……」


 目の前の男は、完全にジュリアスそのものだ。それを違うと言われても、彼との思い出が、記憶の中のジュリアスの表情が……全てが、眼前の男と重なるのだ。

 それに、なにより彼は、僕の事をさっきお坊ちゃんと言った。

 自分で言うのもなんだが、僕ももう二十九にもなる。それをお坊ちゃんなどと、初見の人間が言うはずが無い。

 しかし、ジュリアスは生前僕の事を、ことあるごとにお坊ちゃんと呼んでからかっていたのだ。

 

 まさかとは思うが、断片的には記憶が残っているとでも言うのか。


「オレは、オレだ。元になった奴が居ようが関係ねぇんだよ。つっても、テメェの足止めを戯神サマに頼まれた身としては、さっきの怪物を切り刻んでる姿を見ると、中々ダルそうだぜ」


「……」


 僕は無言で双刃を、眼前の男へと突き付ける。

 

「そうか。君を僕に当てたってわけか……全く。やはり戯神って奴は、嫌な奴だな」


「あぁ……? んだテメェ? 泣いてんのか?」


 僕は、頬を伝う雫をコートの裾で擦る。


「いや、嬉しくてね。敵対していたとはいえ、ヨハンさん達に、ジュリアスは殺されてしまった。せめて、最後に……もう一度会いたかったんだ。友達だからね」


「……だから、テメェのダチのジュリアスじゃねぇって言ってんだろうが」


「それでも、もう一度ジュリアスに会えた気がして、嬉しいんだ」


「……チッ。テメェの事情なんざ関係ねぇ。オレはテメェを殺せって言われてんだ。こっちの気が狂う前に、ヤラせてもらうぜ」


 眼前の男が、大鎌を構え、殺気をこちらへと放出してくる。


 この重圧……力の方もジュリアス並か。


「……。君が僕の知るジュリアスじゃないと言うなら、戦う前に改めて名乗らせてもらう。

 僕はシオン・オルランド。紅の黎明の団員にして……ジュリアスの友だ」


「……チッ。知るかよ」


「良ければ、君も名乗ってくれないか」


「あ? オレは砂の起源アモス・オリジンのジュリアス……ただのジュリアスだ。気は済んだかよ?」


「そうか」


 やはり、ジュリアスはジュリアスなのだろう。戯神に死体を弄られたか、洗脳されたか……もしくはアリアやイドラの言っていた、起源者の創り出す眷属体というものに近い存在なのか。

 答えは分からないが、どうでもいい。


 怒りで、拳が震えてくる。

 僕の友人を、弄ぶなんて……やはり許し難いな。戯神ローズルという存在は。


 双刃の切っ先をジュリアスへと向け、独り言を、だが確かな気持ちを呟く。



「ジュリアス……僕が君を、もう一度解放してやるからな……」


「……」



 大切な友人の生を侮辱した事……。必ず償ってもらうぞ。戯神……ローズル……!!


 



 

 

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