第百十二話 リノン救出作戦 6 Side Shion



 よくよく考えれば、敵の本陣に乗り込むというのに、警戒がお粗末だったとも言えるだろうな。

 まんまと分断……もしくは転移だろうか。とにかく、こちらの奇襲作戦は失敗に終わったのだ。



「これだけ待ち構えられていれば、僕達は手のひらの上で転がされてると言っても良いのかもしれないな」



 僕が転移させられた場所は、割と深層に位置する建物だったのか、地上からの光は全く届いていない。

 人工的に調光がとられているのだけは助かる。これが万が一真っ暗だったら、移動すら困難極まりないのだから。


 ――しかし、このまるで地下都市の様な戯神の拠点は、はっきり言えば無駄の極みだ。

 何かしらの敵は居るのだろうが、おおよそ人の気配や生活感が無いわりに、人が生活する事を前提としたようなつくりの建物の様に見える。

 近しいのは、アルカセトやザルカヴァーの商業街やオフィス街だろうか。あの辺は夜になると、世界が闇夜に包まれて尚、仕事に勤しむ者達の、苦しみと努力の光が、美しい夜景となる。

 その光景が美しいのか、心に痛みを伴うのかは人によるらしいが、そういった都会的な夜景と、この戯神の造り出した街は、何処か似ていた。



「人の居ない場所に、人が生きる為の設備を造るなんて……。壮大なままごとだな」



 窓から外を見回しても、耳をすませても、僕以外の紅の黎明の人達の、気配も戦闘音も感じとる事ができない。


 ――僕だけ、随分と離れた位置にトバされたか?


 思考を巡らせながら、取り敢えず下へ下へと移動を始める。

 建物の造りは、やはりオフィスビルのような造りで、昇降機こそ無いものの、広く頑丈に造られた階段があり、僕はそこを下り続ける。

 途中、食堂のような空間や、やたらと華美な調度品が集められた部屋などが見受けられ、本当に何かの会社のようですらある。

 やはり使われた形跡や、生活感は一切無く、どことなく物寂しさを感じさせるようでもあるが。


 ――とはいえ、この気配。人は居らずとも化物は居る……か。


 

「どうやら、待ち伏せされてるみたいだな」



 吹き抜けになったエントランスを見下ろせば、無数の異形の怪物達がひしめき合っていた。


 まだ、下までは十五メテル程もあるが、異形達は僕を見つけるやいなや、次々に奇声や雄叫びを発し、先程まで静寂に包まれていたこの建物が喧騒にまみれる。


 当然だろうけど、狙いは僕か。


 肩に掛けていた、愛用の双刃ダブルセイバーを手に取ると、真上から何かが、気味の悪い鳴き声をあげて落下してきた。


 眼前に現れたのは、巨大な蟷螂だ。その大きさは僕の身長を優に超えている。だが、この蟷螂は、不気味な事に中脚と後脚が人間の腕を取り付けられた様になっている。


 ――刹那、蟷螂の後ろ脚が、人の指で硬質な石床をがっしりと掴むと、驚くべき事に石床にヒビが入った。


「……掴まれたら終わりだな」


 ダブルセイバーを身体に巻き付けるように構えると、蟷螂ががっしりと掴んだその指を開放する。

 一瞬にして加速した蟷螂は、その鋭利な両腕の鎌で、僕の両腕を肩のところから切り裂こうと迫ってくる。

巨体に似合わず、そのスピードはまるで銃弾のように疾い。やはり、異形の腕で踏み込んだ力は相当なものだったのだろう。

 醜悪に体液を撒き散らしながら肉薄してくる蟷螂の巨大な口元から除く牙も鋭く、仮に捕まれば、見るも無惨に食い散らかされるのは、想像に固くない。


 ――もっとも、捕まればの話だが。


 僕は、蟷螂の振り下ろしてくる二本の鎌に対して、臆することなく懐に飛び込むと、しゃがんだ態勢から、身体を真横に倒し片脚で真上に蹴り上げる。

 巨大な蟷螂は、不気味な嗚咽と共に体液を撒き散らし、真上に打ち上げられた。



「どれだけ膂力があろうと、体勢を崩され地に足もつかなければ、何も出来ない」



 無防備に宙を舞う蟷螂へ向けて、ダブルセイバーを一閃する。

 両の鋭い鎌ごと断ち切ったのは、蟷螂の頭部。

 巨大な頭についた大量の複眼が、何が起きたかも理解できず、ただ僕を映す。


 身体能力は、驚異的だが、単体ならなんの問題も無いな……。


 ともあれ、階下には大量の怪物達が僕を待ち受けている。この先に待ち受けているであろう戦いを想像すれば、あまり消耗するのはいただけないが、あの数をいちいち相手取っていたら、時間がどれほどあっても足りないだろう。



「……一気に行くか」



 僕は蟷螂の頭が落ちると同時に、自らの異能『疾風はやて』を発動させる。

 これはその名と違い、風を生み出したりする異能では無く、この我が身を疾風のように加速させる異能。単純な力だが、それを突き詰めた僕を捉えられる者は、もはや世界にもそうはいまい。


 階段を下りずに、吹き抜けの階下に身を踊らせると、僕は太腿のホルスターから銃を引き抜く。


 安全装置を外し、異能の力を銃へ送り込むと、狙いもろくに付けずに、引鉄を引く。

 狙いをつけないのは、狙う必要もない程に、怪物達が無数に蠢いているからだ。


 ラピッドファイアで、連続して放たれる銃弾は、一発一発が僕の異能によって超速に加速された、絶死の弾丸だ。

 僕の放った弾丸は、怪物達の頭頂部へ突き刺さり、一杯の抵抗を許さずに肉を、骨を、はらわたを突き破り、床を砕く。

 嗚咽と断末魔の悲鳴を上げ、砕けた頭蓋から脳漿が飛び散っていく。


 通常の銃撃で出せる破壊力ではないが、異能によって超加速され、知覚すら出来ない程の速度を持った弾丸は、当然速度に比例して威力も上がる。ただの鉄くれに過ぎない通常の弾丸の弾頭が、特殊弾頭の対物ライフル等よりも威力が高いのだ。



「間引きはこんなところか」



 宙に身を踊らせながら、僕はダブルセイバーを回転させる。

 身体の周りで回転させながら振り回すことで、遠心力により相当な速度を生み出し続ける。


 これを『疾風』の異能で、走り回りながら敵に自分の姿を捉えさせずに、一方的に敵を切り裂いていくのが僕の得意とする戦闘スタイルだ。



「おおおおおおおッ!!」



 回転加速させたダブルセイバーを、バトンのように使いながら、真下で大口を開けていた蜥蜴男に向け一閃する。

 切削機で削られるかの様に、大量の斬痕をその身に刻み付け、鮮血が宙に舞う。

 血飛沫を多少浴びながら、怪物ひしめくエントランスへと降り立つと、大量の怪物が一斉にこちらへと視線を向ける。

 一体一体がかなりの強さをもっているのは、雰囲気というか、肌を刺すような殺気からも理解できる。中には人間の頭部を持った怪物も居るが、目がイっていて、正気を失っているのか口の端から涎を垂らしているようだ。


 僕はダブルセイバーの持ち手をねじり、柄同士を繋ぎ固定している留金を外す。


 奇しくも、スティルナさんと被ってはしまったが、長剣の二刀流だ。


 

「よし、紅の黎明での初陣の相手が怪物っていうのも少し格好がつかないというものだけど……」



 両手の長剣を鳥の翼のように後ろに広げ、構える。


 

「贅沢は無しだな。とにかく、こいつ等を一掃するとしよう」



 僕は一陣の風となって、怪物達へと突撃していった。

 

 


 


 

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