第百九話 リノン救出作戦 4 Side stillna



 目の前に現れた黒銀の少年は、私に向け微笑む。その表情は、どことなくリノンに……いや、私に似ていた。



「君は……何者だ」


「えぇ? 僕ですか?」



 嫌な想像が胸中をよぎり、それが杞憂である事を心から望んだ。

 ……だが、彼の口から発された言葉は、やはりと言うべきか私の期待を裏切るものだった。



「気付いているんでしょ? 僕は、貴女の息子ですよ」


「……違う」


「違いませんよ。僕の父はリヴァル・ゼルヴァ。母は……アレ? なんでしたっけ貴女の名前」


「スティルナ・フォルネージュだ」


「スティ……? うーん。なんか入って来ないなぁ。リノン・フォルネージュじゃないんですか? 面倒くさいから、リノンにしますよ。リノンとリヴァルの息子です。よろしくお願いします」



 得も言わせず、私の名前を無視し、リノンとリヴァルの子だと名乗った少年は、恭しく一礼する。私の予想が正しければ……容姿がリノンに似た私の身体の一部、髪を取り込んだ事で、リヴァルと私の中間の存在を創り出し、リヴァルの脳内にあったリノンとの子供という妄想を、この子にまで植え付けている……というところか。


 私は背後を振り返らずに、ユマに語り掛ける。



「ユマ。前のそいつ。一人でやれそうかな?」


「……やってみせます」


「良い返事だ。私は、こいつをやるッ!」



 ユマに指示を出すと、私は両手の太刀を右手は上段に、左手は腰の後ろへと回しながら、黒銀の少年へと間合いを詰める。



「全く、まだ名前も名乗ってないのに、無粋な母さんだなッッ!」



 少年は腕だけを私と同じ様に構えると、私と激突する様に間合いを詰めてくる。

 それに対し、私は身体の撓りで生み出した速度を両手の太刀に乗せ、交差させながら斬撃を繰り出す。

 ――しかし、少年もまた私と同じ様に両手を振るうと、手刀の先端から鋼糸が幾筋も飛び出し、私の斬撃と重なり火花を散らす。



「――!」



 この攻防で驚愕に目を見開いたのは、彼では無く私だ。斬撃を防がれた事自体では無い。

 私が、そして少年が今繰り出したのは――。



「水覇一刀流攻の太刀一の型、時雨・十字しぐれ・じゅうじ


「チッ……!」



 技の名すら、先に言われるとは……攻の太刀一の型は、全身の各所を柔軟に撓らせ、太刀を加速させ鋒の先端速度が空気の壁を破壊する事により、衝撃波を発する術理だ。つまり、お互いに十字の斬閃を交差させた後は……。

 轟音を伴い強烈な衝撃波が発生し、お互いを吹き飛ばす。

 私は直前に後方に向けて跳び、威力を多少なり殺すが……まさか、水覇の技まで使って来るとは思わなかった。しかも、それを鋼糸を用いて繰り出すというのも驚かされる。

 やはり、私に連なる者だとでもいうのか……?



「大丈夫ですか!? 師匠!」



 黒銀の少年の衝撃波によって、ユマの傍らまで吹き飛ばされた様だが、衣服はそれなりに破れたが、ダメージ自体はそれ程ではない。



「大丈夫だよ……と、言いたいところだけど、どうやら直ぐにユマに加勢するのは難しいかもね」


「私のッ! 事は! 気にしないで下さいッッ!!」



 リヴァルから次々に振るわれる鋼糸を見切り、ユマはそれを太刀を柔軟に使い受け流していく。防戦一方と言う訳でもなく、攻撃の隙間に細かく斬撃を入れ、リヴァルの身体を少しずつだが刻んでいた。



「銀……嶺……! ギンンンン!」


「あぁ、うるさいなもう!」



 決定打を決めるのは難しくとも、現状ではユマが優勢を保っているようだ。これならば――。



「他人の心配なんて、随分と余裕ですね。母さん」


「――!」


 右側面から、回り込む様に少年が一気に間合いを詰めてくる。

 今度は水覇の歩法、瞬・孤月か……!!

 捻りを加えた歩法で、弧を描く軌道によって相手の側面、または背後へと高速で間合いを詰める歩法を用い、私に向けて一気に突っ込んできた少年は、鋭い呼気と共に、鋼糸を縦横無尽に振るってくる。


 鋼糸の軌道は変則的で読みづらく、疾い。いかに二刀を以ってしても捌き切るのは難しい。現状、身体にまで触れる鋼糸は無いが、いつまでも防戦に回っていては、脚甲の耐久力が持たない。

 歩法の奥伝等はこの脚ではそうそう使えないだろうし、攻の太刀の奥伝や、氷刹の異能もまた、あまり強力に発動させれば、この建物が倒壊しかねない……。

 

 ――展開規模を抑えて、異能の深淵に触れるか……?



「ギンンンンレイイ」


「全く、しっかりして下さいよ。父さん」



 打開策を講じようと思考を巡らせる私への攻撃を、突然緩めると、少年はユマが相手をしているリヴァルへと鋼糸を突き刺した。



「あ……が……!」


「な……!? 今度はなんだって言うんですか……!」



 リヴァルの頭部に鋼糸が突き刺さり、リヴァルはビクリと身体を震わせた後、動きを止める。この戦闘が始まってから、奇妙としか言えない事ばかり起きているので、ユマの言葉も頷ける。


 少年が突き刺した鋼糸を引き抜くと、リヴァルの顔がぼこぼこと流動し、やがて元の端正な顔つきに戻っていた。



「あぁ、済まない。我が愛しの息子よ。手間を掛けさせたな」


「いいんですよ。父さん。これもまた、家族愛ですから。……それより、僕に名前をつけてくれませんか」


「名前か。そうだな……リ……リ……そうだ。リィンにするとしよう。お前は今から、リィン・ゼルヴァだ」


「リィン……悪くないですね」



 ユマが戦っていたリヴァルが、先程の会話ができるリヴァル……。

 会話ができるリヴァルと会話ができないリヴァルというのもおかしいものだけど、そうとしか言えない。それが突然、会話のできるリヴァルへと変わった。

 しかも、黒銀の少年に名を与えている……駄目だ。状況があまりにも急速に変わり続けているからか、私もユマも平静さを保てない。



「と、言う事です。母さん。僕はリィン・ゼルヴァ。いいですか? リィン・ゼルヴァです」


「どうでもいい……でも。わたしから生まれた存在だというなら、私が引導を渡すべき、だろうね」


「母さん? 何を言っているリィン。その年増は母さんでは無いだろう。母さんは、いつだって俺達の側に居るのだから」


「そう言われればそうですね。貴女は誰なんです?」



 ――ぷつりと、私の中で何かがキレる感覚が生まれた。



「……ぃぃ」


「し、師匠?」


「もういい! 殺す! 二度と陽の目を見られると思うな!!」



 今まで戦ったことの無いような敵だったから、何が起こるか分からないと警戒をしていたがもういい。



「ただただ不快で、唾棄すべき存在だな。貴様等は。殺るぞユマ、全力で往く。君もリヴァル・ゼルヴァを殺してみせろ」


「は、はい」



 ――歩法、虚影こえい


 私は影ほども低く前傾を取り、前方へと加速し、奴等の視界から消えたかのように接近する。

 両の太刀を抱え込む様に構え、リヴァルとリィンの二人を同時に横薙ぎに斬り払う。


 二人は意識の外から放たれた斬撃に対し、左右に分かれるようにバックステップを取りながら、私に向けて鋼糸を振るう。


 

「ユマ!」



 私の呼びかけと同時にユマが飛び出し、リヴァルの鋼糸を火花を散らしながら、太刀で受け止める。


 私はリィンの振るった鋼糸を、左の太刀で円を描く様にして受け、それをリィンに向け弾き返す。


 ――防の太刀、偃月えんげつ


 更に、偃月を放った反動で、細かく踏み込みながら右の太刀で以って、高速の一閃へと繋げる。


 ――攻の太刀五の型、神立かんだち


 リィンは弾き返した鋼糸とタイミングを合わせた私の斬撃に対し、回避するどころか腰溜めに構えると、まるで居合のように鋼糸を振るい、私の神立と打ち合ってきた。


 ――が、甘い。刃筋を完全に通した私の神立は、鋼糸を斬り捨て、そのままリィンの左腕を切り飛ばし、私が切り抜けた後にリィンの身体へと、自らが放った鋼糸が次々に突き刺さった。



「ッハ!」



 リィンはこちらへと振り向きながら不敵に嗤うと、切り飛ばされ宙を舞う腕へと鋼糸を延ばし、どういう理屈なのか一瞬にしてそれを自らの身体と繋ぎ合わせる。

 自らへと突き刺さった鋼糸も、腕を振るい引き抜くと、一切の出血は無い……やはり、斬撃でコイツを殺すのは至難。という事か。



「貴女の剣技は、恐ろしい程の技量だと思いますが、僕を幾ら細切れにしたところで無駄ですよ。僕は人間ではありませんからねッ」



 リィンの手刀が間合いの外で空を切る。一見意味の無い行動のようにもとれたが、鎌鼬の如く迫る風切音に私の身体は思考よりも速く、反射が太刀を動かし、身体を低く屈めさせた。


 

「くっ!?」


「アハハ、初見で防がれるとは思いませんでしたよ」



 これは……物体を見えなくする異能か……? 嫌な奴が嫌な力を持つものだ。

 ――こいつ等は、力が特殊過ぎる。あまり長く戦えば、いつまでも主導権を握られかねない。やはり、一気に叩くべきだな。



「ふふ……愛は、見えざるもの。ですからね」


「愛……ね」



 事あるごとに、愛はなんだかんだと……。知らない者ほど何かと定義付けたがるものだね。


 

「何か言いたそうですね?」


「いやなに、君達の言う愛というのが妙に薄っぺらく感じてね」

 

「……なんだと?」



 両手の太刀を鞘に納刀し、煽るように肩を竦める。



「私が教えてあげようか。愛ってなんなのか」


「……」



 ――異能の深淵に触れ、私と力を繋ぐ。巨大な力の奔流に包まれるような錯覚を覚え、それらを掴みとる様に制御する。

 


白煉氷獄ルヴィル・ゼグディル



 太刀を一振り、ゆっくりと鞘から引き抜けば、漆黒の太刀が、ただ、ただ白く染まり、全てを破滅へと誘う冷気を纏っていた。

 

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