第百八話 リノン救出作戦 3 Side stillna


 花嫁――? 言動の質は先程と変わらず狂っているが、はっきりと変わったのは、その存在感、覇気、威圧感……。その全てが明らかに先程までとは文字通り桁が違う。

 異常な行動や言動に粟立っていた肌も、今度は眼前の存在に対して、強く警戒を抱き背筋が寒くなった様だ。


 だが、会話が通じるのであれば、とりあえず訂正しておくべきだろう。



「君は、リノンの友人か何かなのかい?」



 友人だ。等とは心にも思ってはいないが、様子を探りつつ声を掛ける。



「ん? その物言い……。お前は、銀嶺ではないのか? いや……確かによく見れば、銀嶺よりも老けて」


「殺すぞ貴様」



 いや、相応に年をとっているつもりはあるのだが、他人に老けていると言われれば、癇に障る。ましてや、こんな訳のわからない奴に言われれば頭にも血が上るというものだ。



「私は、リノンの父親だ。名は先程も名乗ったがスティルナ・フォルネージュ。君も傭兵だったのなら、その名くらいは、聞いたことがあるとは思うのだけどね」


「傭……兵? オレが? ……そうか。そういう人間だったのか。オレという存在は」


「まさか記憶が……無いのか?」



 私の問いかけにリヴァルが、意味深に呟くとユマがリヴァルに向け更に問を掛けた。



「オレはオレが、造られた存在であり、元になった人間が存在する事も知っている。もっともオリジナルリヴァルそいつが、生きているのかは知らんが……。全く記憶が無い訳でもない」


「リノンの事か」



 自分が誰かの偽物であるという事を理解していると言えるほどに、コイツの精神状態は安定している様に見えるが、先程までの狂乱ぶりからすれば、リヴァルの精神が、極めて安定している事と、極めてイカれている事が混在しているという事が、更に危うい状態にあるのではないかと思わせられる。



「銀嶺……そうだ。なんの記憶も無いオレの心の中に、オレという存在が新たに創造されたその時から、オレの心に存在した運命の人……!! 理解できるか!? リヴァル・ゼルヴァと名付けられたオリジナルの存在によって、虚ろな魂が肉体を得ただけのオレが……いや、オレ達が!! 魂を共有して愛し続けている存在!! それこそがリノン・フォルネージュという女なのだ!!」


「……では、キミはリノンに会ったことは無いのか」


「うん? 何を言っている? 銀嶺は常に共にあるさ。……ここでな」



 私の問いかけに、リヴァルは自らの頭を指差しにんまりと笑った。


 呆気に取られつつも、ついつい私は舌打ちをしてしまったが、隣のユマは背筋を冷したかのように、ぶるりとその身を震わせた。



「会ったことも無い人間を、よく愛せるものだ」


「会っていなくても、オレ達の魂が彼女を求めている。これは愛としか言えないだろう。それに……銀嶺の事を考えれば、頭の中の銀嶺もいつも俺に笑い掛けてくれる。これは、オリジナルの俺が、銀嶺と相思相愛だったという事に違い無いだろう」


「……ふう。キミがリノンを、仮に愛しているというなら、私達を行かせてくれないかな。私達はリノンを助けに来たんだ」



 面倒になり、リヴァルの戯言を無視する。こんなのにリノンが嫁ぐなどともし言ってきたら、リノンを斬り伏せてでも止めなければいけない。あの子は、少し世間知らずだからね。


 私の言葉にリヴァルは首を傾げた。



「助ける? 何故だ?」


「何故って、戯神の計画に利用されるのを防ぐ為だよ」


「ローズル様は、俺と銀嶺の式で仲人を務めてくださる方だぞ……。そうか、お前等がローズル様の言っていた、銀嶺と俺の結婚を妨害しに来ると言っていた『恋のテロリスト集団、紅の黎明』とやらだな?」


「「は……?」」



 リヴァルの意味不明な言に、私とユマは素っ頓狂な声を上げてしまう。



「銀嶺は、俺のものだ」



 刹那、リヴァルの姿がブレる。



「ユマ! 上だ!」


「――!!」



 天井に跳んだリヴァルが、私達に向け大量の鋼糸を振るう。

 ユマが一歩前に出ると、太刀を回す様に振り、大量の鋼糸を八方に弾き返した。


 ――防の太刀、偃月えんげつ


 円周状に回転させた太刀に触れた相手の攻撃を弾き返すその術理によって、前方に空間が開ける。



「師匠!」


「分かってる」



 ――歩法、またたき


 一瞬にしてトップスピードに乗り、鋼糸による攻撃を掻い潜ると、天井から逆さになって立つリヴァルが私を見据えていた。



「そう来ると思ったぞッッ!! 銀嶺は渡さん!!」



 リヴァルの振るう鋼糸は、まるで生き物のように糸同士が捻れ合って絡み合う。


 やがて極太の鞭の様になって、私に向けてそれは振るわれた。


 あの質量、速度。受け流すのはまず無理だ。まともに受ければ太刀が折れて、鋼鞭が私の身体を砕くだろう。

 私はちらりとユマに視線を送ると、上方から叩き付けられてくる鋼鞭に向け、異能の力を解き放つ。



六花・臥龍りっか・がりょう



 私の全面から、巨大な氷の結晶が生まれると、そこから氷龍が勢いよく飛び出し、リヴァルの鋼鞭と轟音をあげて激突する。


 私は異能の制御や展開力には、自分で言うのもなんだが、相当な自信がある。……だが、私の氷龍がリヴァルの攻撃を一方的に打ち破る事は無かった。



「――――!」



 リヴァルの表情が、驚愕に彩られる。

 

 確かにヤツの攻撃は重い……! が、押し切られる程では無い。

 だが、私はリヴァルの鋼鞭を一気に押し切る事はしない。何故なら、狙いは――。



氷縛ひょうばく!!」



 氷の龍は鋼鞭に螺旋状に絡みつくと、鋼糸の発生元であるリヴァルの両腕まで拘束していく。

 そして締め付けながら、鋼糸とリヴァルの腕を凍結させていく。



「――ッッ!」



 リヴァルが鋼糸を解き、身体へ引き寄せようとするが、氷龍が尚も締め付けその抵抗を阻害する。


 と、そこへ黒髪をゆらした影が一気に踏み込んで来て、勢いそのままに跳躍した。


 ――攻の太刀三の型、水天すいてん



「はああああっっ!!!」



 ユマは跳躍時の捻転を開放し、錐揉みしながら上方へと斬撃を放った。


 ユマの放った水天は、天井で氷龍に拘束されたリヴァルの首へと吸い込まれて行き――、一気にその頭を刎ね飛ばした。



「カッ……!」



 リヴァルの頭部は嗚咽を吐きながら宙を舞い、私の背後に重い音を立てて落ちる。


 太刀を空中で払いながら、ユマが軽やかに着地すると、笑顔を向けてきた。



「成長したね。ユマ」


「ありがとうございます!」



 視線を向けただけで私の意図を読んだ愛弟子ユマを労い、私は氷龍を解き霧散させると、頸を飛ばされたリヴァルの身体が天井から落ちてくる。



「……流石に頸を飛ばせば、死にますよね……?」


「と、思いたいところだけどね」



 一応油断無く警戒を続けていると、やがて笑い声が響いた。



「ククククククククク……。やはり、人の恋路を邪魔しようというだけある」


「な――!?」



 私は声のした方に振り返れば、リヴァルの生首から大量の鋼糸がまるでクラゲの足のように生えていた。

 そして、その口元には……銀色の頭髪……。つまり私の髪の毛が咥えられていた。



「貴様、銀嶺の父親と言ったな。紛い物でもその容貌、確かに銀嶺に連なる者だろう……。クク、俺と銀嶺の『幸せ家族計画』の為に、協力してもらうぞ!」


「何を――」


子へと紡ぐ愛の糸ヘヴンリーギフト



 リヴァルの生首は、私の髪の毛を舐め回しながら頬張ると、クラゲのように生えていた鋼糸がリヴァルの頭を包み込んだ。



「――! 師匠!」



 私の背中側を警戒していたユマが叫び、片目だけそちらへと視線を向けると、首なしの胴体がむくりと立ち上がり、首の切断面から一気に鋼糸が飛び出ると先程まで戦っていたリヴァルと同じ頭部が形作られた。



「チッ……まるで不死者だね……!」


「銀……嶺……ギン……ギンギンギンギン……」



 再生した頭部は、最初に会ったリヴァルと同じで意思が無いかのようだ。実際、先程までの威圧感等はかなり薄まっている。


 ――しかし反面……。私の眼前のリヴァルの頭部から発生した鋼糸の繭は、その存在感が強まっていく。

 私が危険を感じ取り斬りかかろうとした刹那、眼前の繭が開いた。



「はじめまして、お母さん。いや、お父さんなのかな? あぁ、でも貴女は女性だし、お母さんで良いよね」


「なん……だ……?」


 

 驚愕する私を他所に、中から現れたのはリヴァルではなく、頭髪が半分ずつ黒と銀に別れた全裸の少年だった。

 



 

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