第百六話 リノン救出作戦 1 side Stillna
「大丈夫かい? ユマ」
「う……師匠。すいません」
床に座り込んでいたユマに、私は手を差し伸べ引っ張り上げる。
――戯神によって張られた偽装結界を破壊すると、このアーレス中を見回しても存在しないような、高度な文明によって築かれた建築物がまるで大都市のように広がっていた。あまりにも広大で、戯神の拠点というよりは、街や小国とすら言える程に密に建てられたビル群は、奈落へと続く深淵の闇から伸びていて、それらが底の見えない暗闇からそびえ立つこの光景は、まさしく異界とすら言えるだろう。
そして、この広大な敵陣の中で分断されるというのも、攻め手側のこちらとしては、初手で致命的な状況に追い込まれたようなものだ。
「何はともあれ、他の皆に合流するのが先決だろうね。ユマ、私は感覚の眼を広げてみる。キミは通信端末で各員へ連絡を取ってほしい」
「了解です」
私は周囲の警戒も怠らない様、片目だけを閉じ、周囲に感覚野を拡張していく。
(――この感じは、ヨハンとクルトか。こちらはそう遠く無いな……距離にして一キロン程か。
――――これは、ミエルか。一人の様だが……複数人と交戦しているのか? 遅れは取っては居ないようだけど……ここからは少し遠いが、どうやら近くにイーリスが居るみたいだ。この二人はすぐに合流できるだろう。
――――――――!! く……シオンも見つけたはいいが、何だこの敵の数は……!? この感覚、怪物か? それも、百ではきかない数に囲まれている……?
リノンは……現在地からの探知範囲には居ないか……!!)
「師匠! ヨハン隊長達と通信繋がりました! こちらの座標を送信したので、向こうからこちらに向かうとの事です」
感覚の眼を解くと同時にユマの報告が入る。一キロン程の距離とはいえ、建物の高低差を考えればそれなりの時間が掛かるだろう。
――それに、
「これだけ敵が多かったら、尚更か」
「え――!?」
私達が居るこの建物は、最初に飛空艇から降りた建物から見れば、かなり低い位置にあった。
しかもこの建物は運悪く、戯神の尖兵の巣窟らしい。
私達と正対した側の通路から、ぞろぞろと敵と思わしき集団が姿を現した。
「銀――嶺――?」
「ん……?」
私が両腰の太刀を抜き、視線の先の男達を見据えると、男達の中の一人が私を見据えながら、目を見開き何かを呟いた。私は、よく聞こえなかったので、眉を顰め、男達へと警戒をしていると、
「銀嶺……やはり、銀嶺だ」
「銀嶺、銀嶺、銀嶺、銀嶺」
「銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺」
「銀嶺銀嶺銀嶺ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン」
「「「「「銀ンンンンン嶺ィィィィィィ!!!!!」」」」」
「何だ、こいつら……?」
「ギンレイギンレイギンレイギンレイギンレイギンレイギンレイギンレイ……」
「銀嶺って、リノンの事ですよね……?」
「愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛している」
「ユマ。こいつら明らかに異常だ。警戒を怠らない様に」
「オマエも俺の事がオマエも俺の事がオマエも俺の事がオマエも俺の事がオマエも俺の事がオマエも俺の事が」
「――! はい!」
「その美しいギン髪を俺の糸にその美しいギン髪を俺の糸にその美しいギンギンギンギンギンギンギンギン」
リノンを愛している……? 何を言っている……。
――よく見れば、男達は全員が同じ背格好で、黒髪の長髪。顔は全員がそれぞれ違う仮面を付けているものの、彼等から感じられる存在感や殺気は全員が同等のもの……いや、全く同じものだ。
これが意味する所は。
「ユマ、こいつら、よく分からないけれどおそらく全員が同一の人物だ。それに、一人一人が油断出来ない力を持っているみたいだし、油断は厳禁だよ」
「ヤバさは、伝わってますよ……」
ユマの言うヤバさが、こいつらの実力的なものなのか、イカれ具合なのかは分からないが……。
私が両の太刀を半身になって構えると、狂った集団は突然、全員が統率されたように動きを止めた。
「オオオオレレレは、
集団の中心に居た一体が、驚いた事に名乗りを上げた。半ば何を言っているかは分からないが……。
「リリリヴァヴァルル……? まさか……?」
「なにか知ってるの?」
「多分ですが……テトラーク皇国専属傭兵の『蜘蛛』のゼルヴァ……。鋼糸使いのリヴァル・ゼルヴァ……かもしれません」
「鋼糸か……」
そうだとしたら、厄介な話だ。鋼糸使いとは過去に一度だけ戦った事があるが、攻撃が不規則で読みづらい。私はともかく――ユマは初見なのもあって、危険度は高いだろう。
『氷刹』の異能で一網打尽を狙うにしても、この狭い空間ではユマを万が一にも巻き込みかねない。かといって展開規模を絞れば、一気に倒す事も出来ないだろう。
――――何よりも、こいつは今、『
私の思考と警戒をよそに、狂った仮面の男達はゆっくりと指揮者の様に両腕を広げていく。
三十人は居るであろう仮面の集団が、無言で一斉に統率された動きを見せるのは、何かを崇拝している狂信者の様だ。
(うだうだと考えている暇は無いか)
仮面の下の表情は読み取れないが、今にも攻撃してきそうな気配はある。
「ユマ……気張りなよ!」
「了解です!」
防戦に徹しろと言いたいところだけど、我が愛弟子を甘やかし過ぎるのも、弟子に失礼だろうと思い、結局は無策で立ち回る事にする。……我ながら、策を弄する頭脳が無いことが恥ずかしい。
「紅の黎明団長。スティルナ・フォルネージュ」
私が名乗ると、傍らのユマも太刀を抜き正眼に構える。
「紅の黎明第一部隊副部隊長。ユマ・ヴェルゴーリ」
私とユマは剣気を発し名乗りをあげると、男達の仮面の奥の双眸が一斉に細められる。
「ギンレイギン……」
「「「「「銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺銀嶺」」」」」
「オレのオレのオレのオレのオレのオレのオレの」
「オレタチノオレタチノオレタチノ」
「共にトトトトト共に共に共にアユモウアアアアユモウアユモウ」
「愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛オマエもオレのコトをアアア愛して愛して」
男達は一斉に意味不明な事を喚きだした。そこから感じられるのは狂気しかないが……。
「全く。娘についた
――歩法、
私とユマは揃って、膝を抜き倒れ込む力を使い強烈に踏み込むと、一気にトップスピードに乗り、狂った集団へと突撃して行った。
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