第百五話 戯神の思惑



「やっと、始められるか」



 皇都での戦いでの目的は色々とあったけど、最大の誤算はやはりあの女、サフィリア・フォルネージュだった。まさかこのアーレスで、あれ程の力を身に付ける者が現れるとは思っていなかった。

 レイアから豊穣の起源紋を奪った時も、かなりの力を持っているのは分かっていたが、あの時は深手を負わせた上で、レイアへの人質にする事くらいにしか気に留めていなかった。



「あんなの……まるで、異能者が起源者になれるとでも言っているようなものじゃないか。反則だよ。あんなの」



 異能者は、永久に異能者の筈なのだ。それこそ僕が無理矢理、異能の根源と本人の魂を接続してでもやらないと、異能者は限界を超える事などできない筈だった。

 ――神とすら呼ばれるこの僕ですら、そんな領域に到達出来ていないというのに、あんな四十年も生きていないアーレスの人間如きが……。

 

 あの女の、最後の紫紺の焔に焼かれてから、普段老化を防ぐ為、常に使用している自己時間停止の異能を解く度に、消えた筈の紫紺の焔が、まるで獲物を前にした獣が牙を向くように、幾度もこの身を焦がして来る。

 おそらく、僕の魂を焼き焦がすまで、烙印のように纏わりついているのだろう……全く忌々しい。

 おかげで異能創造による異能の切替は、短時間しか行えなくなってしまった。



「もっとも……。リノンちゃんこのこにこの豊穣の起源紋を埋め込んで、僕が彼女に乗り移ってしまえば、この身を焼かれても問題では無くなるけどね」

 


 要は、この身を紫紺の焔が焼くまでの間に、起源付与エンチャント・オリジンの異能と、憑依ポゼッションの異能を創造して、僕が豊穣の起源者に成り変わればいいだけの話だ。

 仮に、付与に難航しても都度、再生リジェネレイトを使えば、死にはしないだろうし。



「じゃ……も、上で飛び回っている様だし、始めるとしようか。――異能創造・起源付与エンチャント・オリジン



 起源付与に異能を切り替え、眼前のリノンの胸に埋め込む様に豊穣の起源紋を付与していく。

 ――やはり、レイアの同位体というべき存在だったのだろう。拒絶反応や抵抗が全く無い。だが、起源紋がその魂に定着するまでは、多少の時間が掛かりそうだ。

 起源紋が僕の手から離れ、リノンに定着をし始めたところで、指先から紫紺の焔が上がり始めた。



「チッ、全く忌々しい焔だ。――異能創造・自己時間停止」


 

 異能を切り替え、時間を停止させると紫紺の焔は行き場を失ったように、息を潜めた。あれ以降、有視界内空間移動の異能で、皇国からここまで来たが、時折こうして時間停止を挟まなければ、何度焼け死ぬ目に合ったか分からない。そのぶん、対処法はこうして見つけることが出来ている訳だが。



「さて……。定着まで、四時間程掛かりそうかな? こればっかりはやってみないと分からない事だったから、想像できなかった訳だけど、中々に掛かるものだねぇ」



 それまで、蠅共の足止めはしないと行けない訳だけど……。

 ここには、僕の作った準起源者デミ・オリジン達や、以前作った準起源者の複製体。そして、それらを作る過程で生まれた大量の怪物達が、僕のコントロール下にある。それなりの強者でも数時間どころか数日は、ここに辿り着くまでに足を止められる戦力は配備されている。

 それに、いざとなれば豊穣の起源紋はリノンに移したとはいえ、風と水の起源紋を搭載したアウローラも、まだ完璧では無いにしろ、リペアはしてある。

 豊穣の起源者となったリノンの肉体を、僕のものにすれば、このアーレスに居る者ではもはや僕に敵うものは居ない筈だ。そうなれば、どうとでもできる。

 ――――そして、その後はテラリスに居るレイディウムだ。無限に成長するとはいえ、豊穣の起源に勝てる域には未だ居ない筈だ。テラリスで奴を倒し、レイアの豊穣の起源紋とレイディウムの叡智の起源紋を融合させ、僕は本当の意味で神的存在へと昇華する……そして、開く。

 デウスの園への門を。背面世界へと至り、偽りの神達を殲滅し、この世界と背面世界を切り離す。



「そうしなければ、この根源的な恐怖からは逃れられない」



 僕は、グラマトンやレイア達のように、緩慢な滅びへの道を容認するつもりは無い。

 何者を犠牲にしても、僕は、僕だけは滅びへの恐怖から逃れてみせる。

 諦観者にも、傍観者にもなるつもりなど無いのだ。



「僕は、僕の為の英雄になるんだからね」



 

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