間話 ミエル・クーヴェルは赦さない



 その男は、会議が終わった後、突然私のもとにやって来た。



「あの……」


「なんでしょう? 殴った事なら、謝る気はありませんが」


「いや、それは良いんだけれど……」



 何を遠慮しているのか知らないが、うじうじとした男だ。



「大した用事でないのなら、すみませんが、今は遠慮していただけますか? 私は、部隊の団員達に伝達事項がありますから」


「あ、あぁ……済まない。出直すよ」



 別に出直さなくても構わないけど。なんだかあの男……シオン・オルランドを見ていると、感情を逆撫でされる。

 ベルメティオさんは生きてる可能性があると言っていたけれど、この男とサフィリア団長が戦わなければ、サフィリア団長はこんな目に合わずに済んだかもしれないのだと思うと、煮えたぎったお湯の様に、怒りが沸騰する。

 そんな奴が、サフィリア団長の義手を身に着けていることもまた、悶々とさせられる理由の一つだ。



「サフィリア団長から、何かを受け継ぐのは、私の役目だと思っていたのに……」



 つい漏れた呟きに気付かされたが、私はシオンに嫉妬しているのだろう。

 勿論、あの男よりも私がサフィリア団長から信頼されていなかったとは思いたくない。



「確かに、強いんだろうけどさ……」


「何をぶつぶつボヤいてるんですか? 隊長」


「ひぃっ!?」

 


 突然背後から声を掛けられ、妙な奇声を発してしまう。



「ユマさんでしたか。びっくりしましたよ〜」


「普段なら声掛ける前に気づいてるのに。まだ調子悪いんですか?」


「なんともありませんよ。それより、第一部隊の皆さんに今後の団の動きなんかを説明しに行かないとですね」


「あぁ。それなら、もう既に伝達済みですよ。隊長、さっきシオン・オルランドさんとも色々あったから、こっちで済ませた方がいいかなと思って」


「あ、ありがとうございます」



 全く、有能な部下を持てた事はありがたいものだとつくづく感じさせられる。

 反面、自分の未熟さを痛感する事も多いのだけれど。



「隊長は、武装の破損とか無かったですよね?」


「そうですね〜。少し特殊弾を補給してもらうくらいですかね」



 私は顎に立てた指を這わせ、ユマさんと話しながら歩き出す。



「特殊弾ですか? どんなタイプの?」


「ハイペネトレーション弾と、アナキティス弾です」


「ハイペネ……あぁ、貫通力の高い奴ですか。それより、アナキティス弾なんて良く都合つきましたね」


「そっちは、無理矢理作ってもらう予定です。今度の作戦において、考えがあるので」



 弾頭に異能伝達物質であるアナキティスを仕込んだ弾頭は、付与した異能の威力を底上げし、また手元から離れた際も制御がしやすくなる。

 ただ、アナキティス自体が非常に高価で希少な物な為、弾丸サイズの物ですらそこいらの宝石などよりもよほど高くつく。

 ――顧問が乗るらしいオリジンドールの武装には、相当な量のアナキティスが使用されているらしく、もしかしなくても、素体があったとはいえあのオリジンドールを作るのには、何十億ベリルもの大金がかかっている筈だ。



「隊長は異能持ち……しかも、精神干渉なんて強力な異能ですもんね。

 はぁ〜いいなぁ。私にも異能発現しないかな〜!」



 ユマさんは、ため息を吐きながらボヤく。私の異能は、精神干渉も、剥奪も強力な異能だとは思うが、幼い頃からそれに悩まされてきた身としては、素直に肯定はしづらい気持ちになる。



「あればあったで、大変な事もありますよ? それより、ユマさんは武装のメンテ。出さないのですか?」



 ユマさんは、普段通り愛刀である太刀を腰に佩いたままだ。



「砥いだりとかは自分で出来ますからね。一応予備の太刀はお願いして来ましたけど」


「もし折れたら、剣士も厳しいでしょうしね」


「一応、打法も訓練はしてますけど、顧問や師匠みたいには出来ませんからね。二振り持っていって、両方壊れたら撤退ですかね」



 ユマさんは、スティルナ団長からリノちゃんと同じく剣術を習う弟子でもある。近接戦の技術だけみれば、彼女の剣を捌くのは私でも苦労するレベルだ。



「ところで隊長……何処に向かってるんです?」


訓練場すぐそこですよ。少しでも異能制御を上達させたいと思うので」



 言いながら、訓練場の自動ドアが開くと、私達は中に足を踏み入れた。



「……げ」


「あ、ミエル……さん」



 訓練場の中には先程、袖にしたシオン・オルランドの姿があった。



「さっきは忙しそうだったけど……今度はいいかな?」


「…………なんでしょう? 先程の非礼を詫びろとでも?」



 私が目線を鋭くシオンを見やれば、ユマさんがあわあわと狼狽えだした。

 ――しかし当のシオンは、私の視線など受け流したかのように、涼しい顔をしている。



「いや、ちゃんと……謝ろうと思って」


「謝る?」


「うん。サフィリア団長がああなったのは、やはり僕にも原因があると思うから」



 シオンの発言に私は胸の中のざらつきが一層強くなるのを感じる。



「私に謝るより、スティルナ団長に謝られては?」


「それは……」



 そもそも謝れば、何でも許すと思っているのだろうか?


  

「それは、さっき済ませてきた。やはり……貴女にも詫びるべきかなと思ったんだ」


「そうですか……。お気遣いありがとうございます」



 ――分かってはいる。この人は別に、私に許してほしいわけじゃない。自分を縛る罪悪感を薄めたい訳でもない。

 さっき初めて対面した時から、その気持ちは見えていた。

 この人は……。サフィリア団長の大切なものを、私達をもう誰一人欠けさせない為、私達を護るつもりで、紅の黎明ここに来たのだ。

 そしてその思いは、サフィリア団長が生きていると聞いた時、更に強固な思いとなっていた。

『サフィリア団長が帰って来るまでは、この人達を守り抜く』と。



「…………シオンさん。少し、訓練に付き合ってくれませんか」


「え? あ、あぁ。構わないけど」


「た、隊長……?」



 私は訓練場に設置されていた短い木剣を二本手に取り、普段愛用している二丁のショートブレードガン『ナイトメア』を使う時と同じ様に構える。



「異能の使用は無し。先に相手に一撃入れた方が勝ち。それでお願いします」


「……分かった」


「異能制御の鍛錬やるんじゃなかったの……」



 ユマさんが嘆いているが、申し訳ないけど無視だ。


 (――思考接続。これは異能じゃないから構わないだろう)


 (……彼女の意図は読めないけど、ここは少しでも信頼を得る為に、力を見せたほうが良いだろう)


 シオンは長めの棒を手に取り、その中心を手に取る。

 ……信頼を得る……か。



「うし、見届け人は俺に任せろ」


「ひゃあ!! ヨハン隊長!? びっくりしたなぁもう!!」



 突然現れたヨハンさんに、ユマさんが驚き奇声をあげている。ヨハンさんの事だし、私とシオンの関係を案じてちょっかいを出しに来たのだろう。

 私は横目でヨハンさんを見る。



「お願いします」


「うっし、じゃあ……始め!」



 ヨハンさんの合図が掛かり、私は一気にシオンに向けて踏み込――む事ができなかった。


 ヨハンさんの合図が掛かった瞬間――。文字通りの瞬間だ。

 シオンの姿は突然私の眼前に現れ、顎先に棒の先端を寸止めしていたのだ。一拍遅れて彼の移動で巻き起こった風が私の髪を揺らす。



「勝負……ありかな?」


「いえ、まだです!」



 私はそう言うと、シオンの足を思い切り踏んだ。



「あだだっ!?」


「先に一撃入れた方が勝ち。そう言いましたよね」


「うへぇ……でも、それならミエルの嬢ちゃんの勝ちかもな」



 ヨハンさんが引き気味に私の勝利を宣告する。



「……」



 本当は分かっている。最後の私の苦し紛れの一撃も、避けようと思えば避けれただろう。それに気づかないほど私も馬鹿じゃない。


 本当は分かっている。許せないのはこの人じゃなく、あの時通信でサフィリア団長に、ジュリアス・シーザリオと戦った後、団長の下へ参戦すると言ったのに、私の力が足りず力尽きてしまった事をずっと後悔している事だ。


 ――本当は分かっている。私は、ミエル・クーヴェルを赦せない……!


 だが、今は、



「シオンさん。私が勝ったので一つお願いを聞いて欲しいんですが」


「え? な、何かな……?」



 私の突然の願いに、あからさまに狼狽えているのが見て取れる。



「ご飯。ご飯奢ってください」


「え? ……あ、あぁ! 喜んで!」



 シオンは何故か喜色ばんで私の提案を受け入れた。

 それを見てユマさんがにやりと笑った。



「えー隊長ばっかりいいなぁ。ヨハン隊長、私にも奢ってくださいよ〜」


「な、なんで俺が」


「いいじゃないですか。最近はお金を持った中年男性が、若い麗らかな女性に援助をする『オジ活』なるものが巷で流行ってるらしいですよ」


「麗らかじゃなくてしたたかの間違いじゃねえのかそれ……。わぁーったよ! よし、行くぞお前ら!」



 ヨハンさんが文句を言いながらも楽しげに笑い、私とシオンを手招きする。



「ミエルさんは何が食べたいの?」


「ミエルで良いですよ。そうですねぇ……ニョニョ苑の焼肉がいいです」


「うっ……ちょっと、お金おろしてきていいかな」


「ぷっ……はは」



 情けなく財布を確かめるシオンの様子が可笑しくて、つい噴き出してしまった。

 

 訓練場から出ながら、つい一人で考えてしまう。


 ――今は、赦せずともいつか……私は自分の事が好きになれる日が来るのだろうか……と。


 


 

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