第百二話 斬り拓く者
レイアは何処からともなく薪を出し、それを幾重にも重ね、そこに金色の粒子が流れていくと、恐るべき事に火が付き、焚き火となった。
「なんというか……何でもありだね。あなたのその力も」
私は半ば呆れながらもレイアの隣に座り、焚き火の火をぼんやりと眺めながら、身体を暖める。
「貴女の精神世界の中だから、というのもありますが。豊穣の起源は云わば、万物の生を促す滅びの対極にある力。無から有を生む事すら可能にしますが、本来は人一人が持っていいような物では無いでしょうね」
「ふーん。ちょっと何言ってるか分かんないけど、凄いと思うよ。それだけの力を持ちながら、自分の為だけに生きてこなかったっていうのはね」
私の言葉にレイアは、苦く笑うと、焚き火の火を見つめながら独り言のように呟いた。
「どうだったのでしょう……。今にして思えば、起源者になった直後は、この力がただただ怖かったですし。アリアンロード達、四大起源を創造したのも、悠久の時を独り生きていくのが怖かった……もしかしたら、私は家族が欲しかっただけなのかもしれません」
「うーん。そんなの皆、一緒なんじゃないかな」
「え――?」
「誰だって、いきなりそんな強大な力をいきなり持ったら、怖くもなるよ。
やったー! 私は最強の存在になったぜー! なんて思うのは、何も考えていない子供くらいのものじゃないかな?
――力には責任がある。何かを奪う為に力を振るうなら、命を奪われる事も覚悟しなければならない。
まぁ、母様の受け売りだけど、実際そうだと思うよ。私達がこれまで奪ってきた命は重い。でも、斬るのも斬られるのもお互い覚悟のうえで刃を振るう世界に居るんだ。例え志半ばで死ぬ事があろうと、それは私の運命だと思うよ。……まぁ悔しいけどね。
それに、アリア達の事だって、人として普通の事だよ。私は親になったことはないけれど、父様も母様も私を愛してくれていることは分かる。そういう心の繋がりを求める事なんて、どれだけ強くても誰でも持つ事じゃない? それに、独りは寂しいからね」
「独りは……寂しい」
長々と語った私だが、レイアは私の言葉を反芻していた。
「豊穣の起源者だかなんだかしらないけど、もとは人間なんだ。どれだけ強かろうが、怖いものは怖いし、寂しいものは寂しい。……それでいいんじゃない?」
「――ふ。教えるつもりが、教えられるとは」
自嘲気味に笑うレイアに、なんだか今の表情はアリアに似てるなと感じた。
ぼーっとレイアの方を見ていると、レイアは私の顔に視線を向け、口を開く。
「リノン。貴女に足りない物。それは、確固たる自己の存在の認識です。
出自や命気の事から、自分がどういった存在なのかという慢性的な疑念があり、貴女という存在を貴女自身が信じていない。それが、力に認められない……そして、貴女が力を認めていない大きな理由の一つです」
「――それは」
何か反論しようとするが、喉が急に詰まったかの様になり、否定の言葉を紡げない。
「貴女は、サフィリアとスティルナの本当の子供なのかということも疑念があるのでしょうし、命気に関しても、異能なのか何なのか分からないまま、見ぬふりをし、蓋をしてきた。
……言ってしまえば、その口調や剣技も、スティルナの模倣をしているように感じます。それは、貴女がリノン・フォルネージュという存在であるという事を、貴女自身が心の何処かで否定しているからではないですか?」
「――ッ」
レイアの言葉は、これまで受けてきた彼女のどんな太刀筋よりも重く、鋭いものだった。
見れば怖い気持ちになるものを、丁寧に包み、蓋をして、ずっと見ないようにしてきたものを、今、明確にあばかれた。
「貴女の生命は、確かに豊穣の力によって発生した生命ではあります。いわば人の交わりによって生まれた生命ではありません。
ですが、サフィリアとスティルナの子供であるというのは確かなのです。スティルナの遺伝子とサフィリアの遺伝子は確かに受け継いでいます。それは貴女という存在の種子というべきものを創り出した私が言うのですから、間違いありません」
「…………」
「命気……生命の起源の力についても、先程お話した通りです。勝手に貴女という存在をローズルへのトラップとし、貴女をこれからの戦いへの切り札にした事は、どれほど詫びても足りない事と思います。
ですが生命の起源の力は、アリアンロードらと同じ、豊穣の起源から割譲されたもので、それは貴女自身と共にあるものです。できれば、信頼し、貴女の方からその力と向き合う事をして欲しい」
「…………一つ、間違いがあるよ」
「なんでしょう?」
「私が水覇の剣を覚えたのは、父様の真似をする為じゃない。両脚を失い、剣を振るえない父様の代わりに、私が水覇の技を継ごうと思った。……それは、私の……リノン・フォルネージュの意思だ。
まぁでも、他は概ね痛い所を突かれた……いや、それどころじゃないね。致命傷だよ」
私は膝を抱え身を丸くすると、苦笑混じりにレイアの言葉を認める。
ずっと、私は私がなんなのか分からなかった。そして、それが、ただただ怖かったのだ。
敬愛する母様や父様、あの人達が本当は私となんの関係も無い人達だったら。あの人達から向けられる愛情がもしも偽物なのだとしたら。
本当の事を知ったら、何かが変わってしまうんじゃないかと思い、私は真実を恐れ目を背け、
――命気の事もそうだ。漠然と身体能力の向上といった意味で使っていたが、生まれつき宿っていたこの力がなんなのか、本当は知りたくなかった。
知れば、私を取り巻く様々なものが壊れる気がして。
「私ってなんなのかなぁ」
空虚な心にぽかんと出た言葉をただ口に出しただけ。何の意味も無い呟き。少しばかりの諦観とレイアの言葉からもたらされた安心感。
――あぁ、そうか。多分、私、レイアに甘えてるんだ。
私の呟きに、レイアは薄く笑う。
「貴女はリノンでしょう。そして、貴女がどうありたくて、どうあるべきなのかは、貴女自身が決めていいことなんですよ。
数奇な運命に翻弄されたとしても、自分の運命を切り拓くのは貴女の刃です。護りたいものがあるのでしょう? 倒したい敵がいるのでしょう? 貴女は、もっと自分の意思を強く持っていい。他人に甘えるのでは無く、自分に甘えてみなさい。
何も貴女一人で全てに向き合う必要は無い。貴女は一人ではないのですから」
「あ……」
――そうだ。私が何者か分かったところで、アリアは、父様や母様や、皆は私を裏切ったりする訳が無いんだ。
皆、私を信じてくれていたんだ。ただ私は怖くて、恐ろしくて、皆の優しさや想いに甘えていたのだ。私が手を伸ばせば、いつだってその手を取ってくれたんだ。
手を伸ばそう。今度は私から。
嬉しさと、喜びと、いままでの申し訳無さと、なにかに許してもらえたような、そんな気持ちが一気に湧き出す。いつの間にか頬を伝う泪もきっと、心から溢れたものな気がした。
「――!」
私の泪が、太刀の――父様から受け継いだ『蛍華嵐雪』の柄に染み込むと、太刀から白銀に輝く命気が、溢れるように湧き出し、私を銀の輝きで照らす。
「ふふ。貴女の愛刀にも、これまでだいぶ心配されていたのでは?」
「ん……ハハッ。ほんとだね……!」
泪を拭い、蛍華嵐雪の柄に触れる。
「そっか。君も私と進んでくれるんだね。……ありがとう」
私は蛍華嵐雪を抜き、刀身を眺める。なんとなくだが、今までより手に吸い付く様な感覚があり、身体の一部の様な一体感がある。
「……レイア。勝負の続きを始めようか」
「ええ」
口許に笑みを浮かべながらレイアは立ち上がり、私に正対する。
「ついでに。貴女の我流技と、スティルナから受け継いだ剣技……。複合して使ってみては如何でしょう」
「それは、今からやってみようと思ってたところだよ……!」
私は、もう迷わずに進む。――この剣で、全てを切り拓きながら!
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