第百一話 金城湯池
――最早、幾度刃を合わせただろうか。何時間? 何日? 何週間? この空間は時間の流れが違うのか、もう相当な時間、私はレイアと戦い続けている。
不思議な事に身体も疲労することも無いし、息が切れることもない。削られるのは精神力、集中力なんかの内在的なモノだけだ。
これまで千や万ではきかぬほどに、剣をぶつけ合い、分かった事は、レイアが母様や父様よりも強いという事だけ。
「シッ――!!」
レイアが鋭い呼気と共に、上段から斬りおろして来る。踏み込みがあまりにも鋭く、後方に避けるのを許さない程に身を入れた状態からの斬撃。
「チッ!」
私は、舌打ちしつつレイアの長剣の鍔元を柄尻で打ち上げ、手首を返す様にして刃を回す。レイアは自分に向けられた下方からの刃を、爪先一つで回る様に回転し私の斬撃を躱すと、その瞬間、私の顔面に強烈な衝撃が襲い、真横に吹き飛ばされる。
「小手先の技術は確かに高いですが、貴女には足りない物が多すぎますね」
レイアは握った拳を解くと、正眼に構えながら私に向けて口を開く。
どうやら、回避と同時に裏拳を顔に叩き込まれたようだ。
「私に力が足りない事なんて、十分に分かってるよッ!!」
痺れる様に痛む顔面の感覚を堪え、私はレイアに向け強烈に踏み込んでいく。
――水覇一刀流歩法、
一気に加速しながら、低く前傾を取り、レイアの心臓を狙い下方から胸めがけて太刀を突き出していく。
――水覇一刀流攻の太刀四の型、
レイアは猛獣の様に突っ込んでくる私の太刀を半身になって躱し、真っ直ぐに突き出された太刀の腹に長剣を這わせると突きのベクトルを反らされ、無様にもレイアに背を向けてしまう。
レイアと交錯した形になった私は、背後からの追撃を防ぐべく、そのまま前方に踏み込んでいく。
(一度距離を取り、風花か波濤をぶつけ、孤月でウラを取り、神立で切り抜ける――!!)
惜しみ無く技を繰り出し、一気に攻めるべく脳内で思考を高速で巡らせる。
前進しつつ、太刀を上段に構え直し、集束した白銀の命気を太刀に纏わせる。
――
身体に急制動をかけながら振り返り、後ろに身体を流そうとする慣性を負荷に使い、踏み込みの代わりにし、下段に向け一気に振り抜く。
――我流、
白銀の命気の奔流が、うねりを上げながら前進しレイアに向け迫っていく。
「成程。――
レイアが鋒を此方へ向けると、黄金の閃光が奔流となって私の放った波濤の白銀の奔流と激しくぶつかった。
銀と金の粒子が盛大に迸り、視界を眩く照らす。――しかし、銀と金の衝突の拮抗は一瞬だった。
瞬く間に視界が金一色に染まり、超速で私に迫ってくる。
「クッ……!」
太刀を振り抜いた体勢で、歯をきしらせつつ、軸足のつま先をねじるようにして踏み込む。
――水覇一刀流歩法、
辛くも金色の奔流を紙一重で躱しつつ、捻りを効かせた踏み込みで弧を描く様にレイアの背後を取る。
「――!」
レイアは鋭く反応を見せるが、私は既に太刀を振りかぶった体勢にある。なにか技を繰り出すにしても、私の方が、おそらく疾い。
短くその場で
――水覇一刀流攻の太刀五の型、
大抵のものは、斬られたことに気付くのが遅れるほど、速度に特化したこの術理だが、今回は相手が悪かったのか、手応えが無かった。
「く……。神立すら通じないのか……!」
切り抜けの際、レイアは敢えて私と交差する様に前に踏み込み、最短距離で私の技を躱した。
――おそらく、神立の術理の攻略法とでも言える避け方だろうが、行雲流水を使用している私の神立をいとも容易く躱すというのは、流石に驚きを隠せない。
(私に――レイアに通用する技があるのか?)
水覇の術理の中で、私が最も得意としているのは、二の型『
二の型の枝技は、抜刀から手首を返し、神速の刺突を繰り出す、
かといって他の型や、我流である命気刃や白激浪等も決め手になるとは思えない。
私の最大の威力を持つ技である波濤も、先程レイアの技に押し負けてしまったところだし……。
(……奥伝は、錬成の儀を経ていない私はどんな術理なのかすら分からないし……。どうしたらいい)
「戦う前に言いましたが、私は貴女を殺すつもりで行くと言いましたよね? ですが、貴女も感じているとは思いますが、私は本気で戦ってはいません。何故ならば、貴方に戦う意志があるからです。
――ですが、大分戦意が落ちてきているようですね。剣の冴えが最初の数合からは見る陰もありません。……敢えて、言い直しましょう」
「……何を」
「貴女の心が、戦う意志が、勝利への執念が途絶えた時、私は
言い切った途端、レイアの纏う金色の輝きが増し、言葉に乗せられた真なる殺意が圧力となって私に吹きつけてくる。
まるで突風のような殺意とプレッシャーは紛れもない本物であり、レイアの言葉が真実のものであると私の身体にびりびりとそれを伝えてくる。
――ここで、私は突然の閃きを得た。
「じゃあさ、私があなたに勝つには、どうしたらいいかな?」
そうだ。冷静に考えれば、レイアは私よりも強いのだ。そして、自分を倒してみろと言っている。だが、私にはレイアを倒せる手札が無い。
――ならば、レイアにそれを、聞けばいいのだ。何故もっと早く気付かなかったのだろうか。
「――はい?」
「いや、だからさ。あなたに勝つには私はどんな事をしたらいいの? って聞いてるの」
私の問いにレイアは、目を丸くし、口をぽかんと開いた。隙を見せた気もするが、ここで斬りかかるのは流石に無粋だろう。
「ぷっ……くく……ははははっ!」
やがてレイアは、腹を抱えて笑い出した。
「くく……! はぁ……ふぅ。やっぱり面白いですね。貴女は」
「別に面白さは狙ってないよ」
レイアは笑いが落ち着くと、一瞬なにかを懐かしむようにして微笑んだ。
「こう言うと、貴女は嫌がるかもしれませんが、私が起源者になる前の、ただの小さな子供だった頃と似ていますよ。貴女は」
「確かに嫌だね。もうあなたと重ねられるのは御免被りたいよ」
「…………そうですね。少し、休憩にしましょうか。語らう事も必要でしょうし」
レイアは長剣を鞘に納めると、私に手招きをして座り込んだ。
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