第百話 イドラの教え



 ――――私はその後、スティルナと格納庫に向かい、グレイシアに触れてみたが、やはり画面越しに見るのと実際に見て触れるのでは印象は全く違っていた。

 全高二十八メテルのその巨体は、物語に出てくる巨人の様で、ゼニスブルーの装甲は騎士の甲冑の様に優美さと強固さを伝えてくる。

 この装甲は、アルナイルやアウローラと同様、独特な陶器の様な質感を持っているが、強度も強靭さも兼ね備えており、生半可な攻撃は尽く弾き返すらしい。

 武装も豊富であり、先ずは基本武装と言える巨大なランス『オーレリア』には、各所に装飾の様に異能を増幅する物質であるアナキティスが埋め込まれており、これを媒介に異能による強力な攻撃が可能になるようだ。また、左掌部には掌に仕込まれた機銃『ヴァーディクト』の銃口があり、掌を対象に向けるように銃撃する事が可能なようだ。両肩部には長大な砲塔『カレイドスコープ』が折りたたまれており、これを展開するとグレイシアの全高と同等の長大な砲が前方に向けられる。これは本来、異能による攻撃を想定して取り付けられたものらしく、実弾は本来は装填されないのだが、今回は私の現状に合わせ、対象に衝突後爆発を起こすグレネード弾を四発装填するらしい。更に、腰部には皇都での戦いでヴェンダーが使用した狙撃補助ユニット『アイギス』の応用で作られた、脳波で操作する遠隔飛行操作ブレード『シュライク』が二振り取り付けられている。

 この武装を見せられただけでも、戦闘距離、戦闘規模を選ばずに戦闘行動が取れる機体だという事が分かった。

 操作性に関しても、少し乗っただけでも、実際の肉体を操作するのと変わらないほど、思考伝達による操作の追従速度が早く、思考が動作にダイレクトに繋がっていた。慣れる必要こそあるが、リノンであれば歩法や剣技も十分に反映させられるのではないかとすら思わせられる性能だった。

 ――しかし、問題はフライトモジュールを起動した際だった。当然だが、私はこれまで。飛ぶという感覚が私には無い為、脳波で操作するグレイシアで飛行するというイメージが沸かなかったのだ。

 その為、まともに宙を舞うような動きはできなかった。これは、とにかく訓練を積むべきか……とも思ったのだが、明後日の出撃に備え、異能コンデンサに充填された異能の力を消耗させる訳にもいかず、気は進まないが空を飛べる者に教えを請う為、今はその者を呼び出した所だった。



「やれやれ、アリアンロード。貴女は私を暇だと思っているんですかね? グスタフとシャルティア捜索の為の準備もあるというのに……」



 イドラは開口一番嫌味を言いながら、紫煙を燻らせ待っていた私に声を掛け現れた。この男の嫌味や暴言については付き合いの長さからか、怒りは全く覚えることが無い。この男の性格に諦めているのか、呆れきっているのかはわからないが。



「すみませんイドラ。少々アドバイスをいただきたくてですね」



 私は事の顛末を話すと、イドラは少し考え込み、ため息をついた。



「アリアンロード……。貴女、確か水流を推進力にして飛べましたよね?」


「ええ。ですが、貴方のように空を飛ぶ事はできないので……」


「応用と言う言葉を知らないのですか? 少し、試してみましょうか。貴方が立っている所から水流を噴射して、あそこまで飛んで見てください」 



 イドラは五十メテル程離れた地点を指差すと、そちらに向けてふわふわと飛んで行った。

 イドラが向こうに辿り着くと、手を挙げて合図をしてくる。来いという事だろう。

 私は背と足裏から水流を高速で噴射し、跳び上がるとイドラの下まで弓なりの軌道で飛ぶ。

 イドラの隣に着地し、小走りに制動すると、イドラが口を向けた。



「まぁ、当然ですよね。制御も良いです。では次――『気流ルフト・シュトローム』」



 イドラが私に向け起源術を展開すると、私の身体が宙に浮きあがった。



「さて……このまま、私が貴方を飛ばしてあげても良いのですが、それでは貴方が飛んでいるというよりは、という感覚を身に着けるだけでしょう。なので、無知蒙昧な貴女に一から説明してさし上げましょう。先ずは、この状態で、水を錬成せずに起源力だけを下方に放出し自分の体勢を保つイメージをしてください」



 ――私は言われた通りに、下方に起源力だけを放出した。水流を放出し空中にホバリングしているイメージだ。



「この感覚で、おそらくはオリジンドールでも宙に止まれると思います。……では、次。この状態から前後左右斜め後ろ。各方向に水流を放てば、貴女は当然そちらの方向に移動できるでしょう? それも、実際に水を放たず、起源力だけを放出する感覚です」


「成程……自分の移動技術に当てはめて考えれば、確かに分かりやすいですね」



『飛行』と聞いた時、私はイドラのように飛ぶものだと思いこんでいた。だが、実際はグレイシアを私のように飛ばせばいいという事か。



「その感覚でオリジンドールを飛ばしながら、貴女自身も水流も錬成し推進力を増強させれば、かなりの速度での移動が可能なのでは無いでしょうか。

 もっとも、初めての大型オリジンドールでの作戦な訳ですし、慣れない身の丈に合わぬ技術を使い自滅する可能性もあるわけですから、無理はしないほうが良いと思いますが」


「ふむ……。それも考えてすら見ませんでした。……ありがとう。イドラ」



 私は礼を述べると、イドラは顔を背け、



「べ、別に脳をロクに使えない貴女の代わりに智慧を巡らせただけです。礼を言われるほどの事ではありませんよ。

 では、私は忙しいので失礼します」



 メガネを上げながら、イドラは飛んで行ってしまった。



「ふふ。相変わらず、素直に慣れない人ですね」


 



 

 

 

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