第九十九話 残火
「「生きてるんですか!? サフィリア団長が!!!」」
シオンとミエルが声を揃えて半ば叫ぶ様に声を上げた。その勢いにベルメティオは微妙に焦りを見せる。
「い、いや。落ち着いて下さい。あくまでもその可能性がある。という話でございます。
フォルネージュ家で『炎』を継承される条件として、当代において強い力を持つ者であり、異能を持たぬ者である事が必要であるというのは、これまでの長年の継承にておおよそ分かっている事ではあるのですが、現状その条件を満たすのは、おそらくはイーリスとリノンのみでしょう。ですが、リノンの『命気』はおそらくは異能に類する物。となれば、当代のフォルネージュの者で、イーリスより力を持つ者はおりません。となれば、必然イーリスに継承される筈なのです」
確かに、サフィリアが生きていてくれているのであれば、それ程に幸せな事はない。……だが、私は目の前で見たのだ。戯神のオリジンドールに身体を貫かれ、その身を紫紺の大炎と化したあの凄絶な光景を……。
「――あの傷で、永らえるのはいくらサフィリアとて難しいと思いますが……。そういった生存の可能性があるのなら、それ程喜ばしい事はありません。ですが、サフィリアは一体何処に居るのでしょうか」
私の問に、ユマがハッと顔を上げた。
「そうだ! さっきの『星見』に聞いてみましょうよ! その人ならきっと、サフィリア団長の事が分かるんじゃないですか!?」
ユマの閃きに周囲がざわめき立つ。確かに、星見であればサフィリアの事もなにか分かるだろう……だが、あの男がそんなに世俗に協力するのは想像ができない。スティルナを見やれば、やはり悩ましげな表情を浮かべている。星見に接触した者としては、やはり私と同じ心境にさせられるのだろう。
――しかし、現状それしか情報が無い。というのもまた事実だ。
「すんなりと聞き出せるとは思えないけれど、星見はまだザルカヴァーに居る筈だから、イドラ。君に星見との接触を頼めるかな?」
スティルナに名指しされ、イドラは微妙な表情を作った。
「私ですか……あの人苦手なんですよねぇ」
イドラがそうボヤくと、ミエルを筆頭にこの場の大半の者達が鋭い殺気をイドラに集中させた。
「貴方が面倒だと言うのなら、そういった感情を消し去って、もっと従順な性格にしてあげましょうか?」
「いやいや、クーヴェル。こういった奴は身体に刻みつけた方がいい。再生不能な痛みをな」
ミエルが手に異能を発動させ、イーリスが関節をごきりと鳴らして立ち上がる。
二人ともどこまで本気なのかはわからないが、少なくとも完全に冗談で言っている感じでは無い凄みを感じる。
「わ、分かりましたよ……。星見との折衝は私が行いますから……。まったく、野蛮な……」
イドラが二人の放つ圧力に気圧され、その役目を買って出た。最後のボヤきは隣に居た私にしか聞こえぬ程度にぼそりと呟いていたが。
「頼んだよ。イドラ。なにか情報が入る度、通信端末で連絡を取り合うとしよう。基本的な連絡係は、ヨハンとミエルに任せる」
「了解です」
「あいよ」
イドラとは違い、ヨハンとミエルは従順に役目を了承した。
「場合によっては、作戦行動中に突然、サフィリアの方面へアプローチを行う事もあるかもしれない。その場合も想定していて欲しい」
スティルナの言葉に皆、力強く頷いた。やはり、紅の黎明の象徴であるサフィリアが生存している可能性がある……というだけでも、この場の全員の士気は相当に向上しただろう。
もしかすると、それを狙い、この場でイーリスに確認を取ったのであれば、ベルメティオもやはり傑物と言えるだろう。
そう考えながらベルメティオの方へ視線を巡らせれば、ベルメティオは私の視線に気付き、片目を閉じウインクをする。
壮年の男性が取る仕草としては、可愛らしいものだが、品のあるこの男にはそんな仕草ですら様になっていて、思わず私は鼻から笑いを溢した。
「さて、他にもなにか質疑はあるかな?
――なければ、これで解散とする。各自武装のメンテナンスと装備の確認をしたら、ゆっくり英気を養うといい。ヴェンダーには、私の方から今回の件を伝えておく。
それと……アリアは、少し残ってね。私と格納庫へ行くとしよう」
「分かりました」
格納庫――グレイシアの整備が行われているのだろうが、やはり実際に見て、操作や武装の確認等はしておきたい所だ。可能であれば、少し操作の訓練もしてみたいが。
やがて、会議室に私とスティルナだけになると、スティルナは私の肩に柔らかく手のひらを乗せた。
「よし、じゃあ行こうか」
「その前に、一つ、聞いてもいいですか?」
「うん?」
私の問いにスティルナは、微笑みながら首を傾げる。
「どうして、グレイシアの操者に私を? 動力に異能を使うなら、現状なら部隊長クラスの者達の方がグレイシアの力を引き出せるのでは?」
実際、今の私は水の起源の残りカスと言っていいほどに、起源力の生産量は小さい。異能量で言えばルーファスやミエルの方が操者として適格といえる筈だ。
「まぁ……それも実際考えなくも無かったよ。でも、戦闘中にもし、水の起源紋を取り返す事ができれば、グレイシアの力は、アウローラに匹敵……もしくは上回る可能性すらあるはずだ」
確かに、水の起源紋の本来の適合者である私なら、その力を取り戻しさえすれば、グレイシアの力を数倍以上引き出せるだろう。いかに豊穣と風の起源紋がアウローラに搭載されていたとて、不適合者の戯神ではその力を引き出せない筈だ。
ならば、アウローラの力を上回る事は十分に考えられる。
「アリア。その為の起源紋は、私が全力を以って必ず奪い返す。その為に……いや、家族を取り戻す為に、私は戦場に帰って来たのだから」
スティルナはそう言って力強く微笑むが、私には今のスティルナの表情が、最後に見たサフィリアの表情と重なって見えて、疼くような不安を覚えた。
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