第九十七話 天と地



 スティルナの口にした場所――マリナリアス渓谷。

 以前リノンと共に訪れた事があるシングスウィルの街の近くだ。



「マリナリアス……ってマジかよ。また厄介な所に隠れたもんだな」


「聞いた事はあるけど、俺は行った事無いんすよね。どんな場所なんすか?」



 ヨハンのぼやきに、第四部隊副部隊長のクルト・テルミドールがなんの気無しに聞く。



「このアーレス最大の渓谷地帯ってのは知ってんだろうが、問題はその大きさだ。最大幅三千キロン、最大深度にいたっては四キロンもあって、陽光も一切当たらねぇ所もある。基本的に人が住める環境じゃねえし、何よりもやべぇのは『異能を持った怪物』が出るっつー話も聞く。

 一応車道はあるらしいが、まともに走れるとは思えねぇな。基本的には、渓谷を迂回する大陸横断鉄道を使うのが一般的で、人間が行くとすれば、行き場を失った難民や、指名手配をされた犯罪者や傭兵くずれなんかしか近づかねぇだろうな。

 大方、怪物の餌にしかならねぇだろうが」

 

「幅はともかく、深さ四キロンて……」



 ヨハンの説明にクルトが軽く引いている。


 ――そう、その深度が問題なのだ。人間が生身で活動出来るような場所では無いし、暗闇を照らす方法はあれど、それに適応した怪物が相当数居るとなると、戯神に辿り着く前にかなりの消耗を強いられるだろう……。何よりそんな広大な場所で、目的地で作戦行動を取るには、アシは必須と言える。

 空間干渉を使える戯神にとっては、絶好の隠れ家と言えるだろうが、我々にとっては魔窟や異世界と言っていいほどに厄介な場所だろう。


 しかし、私や他の者の懸念を払うかのように、スティルナは薄く笑い、凛として皆に語り掛ける。



「場所が場所だけに驚くだろうが、心配は要らない。戯神のオリジンドールに対しても、手は打っている……。もっとも、未だ完成には至らないけどね」



 スティルナがちらりと教授プロフェッサーへと視線を巡らせれば、教授は「フホホ……」と不敵に嗤った。

 若干不審ではあるが、スティルナも絡んでいるのなら大丈夫だろう。……多分。



「それに、敵の拠点はマリナリアス渓谷最深部に向けて延びる塔の様な形状らしい。侵入部隊はそちらから攻め込む訳だけど、当然敵勢力の激しい抵抗が予想されるから、こちらも相応の装備と準備が必要になる」


「作戦行動前に、武装のメンテナンスを行います故、この会議の終了後に私のラボの方に武装を預けて下され」



 教授の言葉に、武装に変な機能をつけられるのではないかと不審な気持ちになるが、まぁ仕方無いだろう。……それよりも、戯神のオリジンドールへの対抗手段というのは気になる所だが。



「さて――ここまでで、何か質問はあるかな?」



 スティルナが腰に手を当て、皆を見渡せば、ユマがおずおずと挙手していた。



「なんだいユマ?」


「作戦とは関係ないのですが、さっき師匠が言っていた『星見』というのは何なんですか?」


「あぁ……それは、アリアの知り合いでね。うーん、ざっくりと言えば……占い師とか、預言者……みたいなものかな?」



 スティルナの説明はおおよそ正しい。――『星見』とは、古代ムーレリア時代、アーレスへの入植においての生き残りである戯神とレイア、その他に未だその生を保っている存在がその『星見』と呼ばれる存在だ。

 彼はレイアにも戯神にも従属せず、ずっと中立を保ってきた存在でもある。

 我々、四大起源がアーレスに辿り着いた際、既に亡くなったレイアの事を聞いたのも、その星見からだ。星見は、特殊な異能の持ち主で、詳細は不明だが、今自らが存在する惑星で起きた事象であれば、その全てを子細に知る事のできる異能を持つ。彼の寿命が凍結している理由も分からず、謎の多い存在ではあるのだが。


 ――これまでは、中立を貫いてきた星見であったが、レイアの死後、何か思う事があるのか我々に協力する姿勢を取っている。表立って戦いに参加することはないが、こちらからコンタクトを取りに行けば、情報を与えてくれるのは大きい。



「占い師……ですか。情報の精度としては信頼に足るのですか?」


「これまで、幾度か提供してもらった情報は全て正確なものだったよ。

 それに、闇雲に探し回るよりは、よっぽどアテになるしスピーディだ」


「まぁ、それもそうですね……」



 ユマが微妙な顔をして、溜飲を下げるが、星見の情報は確実なものだ。彼が嘘を吐かない限りはリノンはマリナリアス渓谷にいる筈だ。



「じゃあ、話を続けるよ。残り二人の四大起源の捜索については、イドラがその居場所を知っているらしいね」


「知っている……というよりは、薄っすらと探知できるといったところです。今は……ザルカヴァーと、オルディネル山の辺りに居るようです」



 ザルカヴァーはともかく……オルディネル山とは……。



「オルディネル山って……まさか山頂じゃないですよね……」



 オルディネル山の山頂は、標高二万メテルを超えるこの惑星最大の火山だ。当然の事だが、山頂どころか三合目以降ですら、人の生きるような環境ですらない。グスタフなのか、シャルティアなのかは分からないが、なんの意味があってそんな所に赴いているのか、我が同朋ながら全く理解ができない。

 


「天か地か……と言う訳か」


「そういう事だね。まぁ、そちらは戦闘行動が無いと思うぶん、少しは気が楽かもしれないけれど」



 イーリスが呟くとスティルナが補足する。



「では、人選だけど……。

 先ずはリノンの救出及び戯神の討滅……マリナリアス側のメンバーだけど、私、シオン、ミエル、ユマ、ヨハン、クルト、イーリス。

 起源者の捜索メンバーは、イドラ、ルーファス、ファルド、ヴェンダー、シグレ。

 本部待機及び、要請対処は普段通りだけど、ゴルドフに一任とする」


「ちょっと待って下さい。スティルナ、私の名が含まれていないのですが」



 私が声をあげれば、スティルナは不敵に微笑った。



「アリアには、特別任務を言い渡す」



 

 

 


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