第九十六話 二兎を追う者達
「休業って、どこからの要請も請けねぇのか?」
「あぁ、いや。言い方が悪かったね。大規模な介入行動なんかは請けないけど、小さな依頼なんかの団員規模でこなせる様なのは請けるよ。開店休業……みたいな感じかな」
ヨハンが疑問を呈すると、スティルナが応えた。
「つまり……今、ここにいる大半の者達を精鋭部隊として、戯神とやらを討滅し、リノンを救い出す……という事か」
イーリスが結論を先読みしたのか、そう口に出した。
「いや、それは勿論、第一目標として行うけど、部隊は二つに分けようと思ってる」
「二つに……? 別働隊を編成するという事ですか?」
ミエルの問いにスティルナは、首を横に振ると視線を私と、隣のイドラに巡らせた。
「――?」
「では私から、説明させていただきましょうか」
私はスティルナの意図が読めずに首を傾げるが、イドラは得意気に眼鏡を上げ、ふわりと浮き上がった。
昨日に、イドラがスティルナに進言したと言っていた件が絡んでいると言う事か。
「先日、団長殿に進言させて頂いた件で人を割いて頂けるということでしたので……。
おほん。先ずは戯神ローズルの討滅及びリノンの救出作戦を行う部隊。こちらの方が当然戦力が入りますので、個々にいる大半の面子はそちらに投入される事でしょう。人員の編成は既に団長殿が決めているらしいので、それは団長殿に話してもらうとして……もう一つの部隊。それの任務は、二人の起源者の捜索になります」
「――!」
イドラの言葉に、私は身じろいでしまう。起源者の事は、紅の黎明の者達には話していないのだ。スティルナやサフィリア。そして、リノンは知っている事だが、他の者達には打ち明けた事はない。
言えば、悠久の時を生きる化物だと思われてしまいそうで……怖かった。
「――失礼。その起源者というのは?」
ゴルドフが挙手し、イドラに説明を求めた。
「アリア。貴女の事だから話してはいないのだろうと思っていましたが……もはや、黙っていられる状況ではありませんし、彼等は仲間なのでしょう? ならば、胸襟を開く事も必要なのではありませんか」
「……あぁ。その通りだな。済まない、イドラ。私から話すよ」
そうだ。自己の殻に閉じこもり、皆を信用しきれていなかった事は、私の弱さだったのだろう。
六千年も生きてきたというのに、まだまだ子供だな。私は。
自嘲気味な思考を振り切り、私は座っていた席から立ち上がる。
「皆。先ずは、詫させてください。私は今まで話していなかったことがあります。
私は……いや、このイドラもそうですが、私達はこのアーレスでは無い星。テラリスから来ました」
私の言葉に、皆黙して視線を向けてくるが、疑念の視線を向ける者は居ない。私の言葉が嘘ではないと信じてくれているのだろう。
「十年程前に、我々は遥か昔にこの地へと渡った自らの創造者……いや、母を捜しにこのアーレスの地を訪れました。しかし、母は既に亡くなっており、それを看取ったのがスティルナとサフィリアであったと聞いています。
そして、我々はテラリスの地では異能者を遥かに超えた存在である『
私の告白に皆、沈黙し受け入れてはいるものの、激しい動揺は容易に伝わってくる。確かに突拍子もない話だろう。友のように過ごしていたものが異星人で創られた存在だ。等と話してくれば。
私に続き、イドラがその口を開いた。
「アリアの言う通り、今の話は真実です。そして、四大の名の通りに我々の同朋はもう二人存在します。そして、彼等の持つ力もまた、戯神によって狙われているのです」
「……話がぶっとび過ぎててうまく飲み込めねぇトコロだがよ。その二人もアリアの嬢ちゃんと同じくれぇ強えって事だろ? なら、そんなに心配は要らねぇんじゃねえのか」
今のヨハンの言葉は、ある意味では正しいがある意味では間違っている。それは――。
「確かに、このアリアの力は貴方達から見れば強力なものだったでしょう。ですが、それは本来の力では無いのです。今の我々は眷属体と呼ばれる器を自ら創造し、力を分け意識を移した存在であり、今の我々の身体では戯神を圧倒するほどの力はありません。残りの二人、グスタフとシャルティアもそれは同じ事。
そして――私とアリアの力の根源、起源紋は既に戯神の手の中にあります。私達は今や、そこらの異能者と大差無い力しか持ち得ていません。
さらに、その起源紋を使い戯神のオリジンドールは更に強化されており、残りの二人の起源紋まで奪われれば、もはやここにいる全員が束になっても手の届かぬ存在になるでしょう……ですから二人の捜索も、リノンの救出作戦と同様に緊急性が高い事案なのです」
イドラと私の言葉に説明に皆、真剣な面持ちで耳を傾けている。完全に理解は及ばずとも、その重要性は理解してくれたのだろう。
「あのさあ。その起源紋って、あの異能の根源っていうか、なんか紋章みたいなイメージの微妙に意思がある感じのアレ?」
「「――え?」」
スティルナの抽象的な問いかけは、私とイドラには衝撃的なものだった。まさしく、スティルナの言う通り起源紋とは、力の根源。意思を持った力そのものであり、それと自らの意識を繋ぎ、その強力な力を制御し発現するものが起源術なのである。
それを――なぜスティルナが?
「あー、やっぱりか。めっちゃ制御が難しいけど、とんでもない出力の力を出せるアレだよね? それなら、サフィリアもだったけど、私も……そして多分シオンもそれに触れてる筈だよ」
「つまり、僕達も起源者……という事ですか」
――異能の根源が、起源紋だというのか? 確かに、スティルナの言は、起源紋の感覚と相違無い。制御が難しいというのは、練度もあるだろうが、おそらくそれは彼女たちが人間だからだ。
起源者は、創造された段階から起源紋にアクセスされている……いや、常に起源紋とパスを繋がれているというべきか。その為、我々は高出力の起源術でも、制御にそれほど意識を割く事もないし、起源紋から直接起源力を供給されている為、ガス欠の様になる事も殆ど無いのだ。――尤もそれは、テラリスにある本体で力を行使する場合の話で、眷属体の身では、それ等を扱う力や供給量も十分の一程度になってしまうのだが。
「厳密に言えば、貴方達はそれでも起源者では無いでしょう。起源者とはあくまで強力な力を行使するために、力に適合するよう創造された存在であり、貴方達は才能と努力でそれに近い力を得た存在……異能者と呼べる領域には無いのでしょうが、あくまでも人間です。普通の人間が貴方方で言う力の根源を我々の様に常に起源紋とリンクさせてしまえば、非常に短命になり、人格にも影響が出る筈です。あなた達人間は、あまり長時間その力を振るう事はオススメできませんね」
シオンとスティルナに向け、イドラが忠告をする。そう言われれば、皇都で戦った戯神によって造られた起源者達は様々な問題を抱えていた。
「そうだ……! 私とヨハンさんが交戦したジュリアス・シーザリオも、確か起源者と名乗っていました!」
「だがよ。ジュリアスの野郎は、そんなにイカれたりはしてなかったぜ?」
「おそらくは、団長殿やシオンさんと同様に、元々の素養や力量が相当なものだったのでしょうね。そういった
ミエル達にイドラが説明をする。
ジュリアス・シーザリオ……確か紅の黎明の脅威度評価でもSSという評価をされていた筈だ。
「ジュリアス……」
スティルナが目を伏せその名を呟いた。……確か、紅の黎明の前身である蒼の黎明時代の副団長だったか。見知った顔であれば、寂寞の思いも浮かぶだろう。
「話を戻しましょう。纏めれば、戯神の目的には、残りの二人の起源紋も含まれており、それをみすみす渡してしまえば、戯神の討滅はかなわなくなる可能性が高い。ですので早急に彼等を保護する必要があるのです」
「話は分かりました。俄には信じ難い内容ではありますが、顧問達やこれまでの戦いからも信じるしか無さそうな話かとは思います。
して……編成はどうなるのですか? それに戯神の潜伏している場所はおろか、その起源者達の居場所もはっきりと分からなくては……」
イドラが話を要約すると、ルーファスが次の疑問を呈した。
確かに歯痒いがリノンの捕らわれている場所も分からない……部隊を派遣するにしても、居場所が分からなくては如何しようもない。
「ああ、それなら『星見』に話を聞いているよ。先ずは、リノンの捕らわれている場所……それは、マリナリアス渓谷の最深部。日の光も届かぬ暗き深淵の中だ」
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