第九十五話 焔の意志




 私が本部ビルの会議室へと足を運べば、既に招致された幹部はほぼ、全員が集まっていた。

 まだ来ていないのは――技術顧問のグラーフ・エイフマン……通称『教授プロフェッサー』と、スティルナのみか。



「貴方も一応、なにがしかの役職を貰ったのですか?」



 私は、自らの指定された席の隣に腰掛けていた……いや、微妙に椅子からは浮いているが、その席についていたイドラに話し掛ける。



「朝あったら、おはようございます。が先でしょう。……まぁ、いいでしょう。

 一応、団長殿からは貴女と同じ戦術顧問の役を拝命しました」


「そうですか。しかし……中々に痛々しい姿ですね。完治までは長そうですか?」


「本来ならば、三ヶ月近く掛かるところですが、こちらに来てからは、技術顧問謹製の医療カプセルとやらに入っていますので、もう四日程で治りそうですよ。いやはや、アーレスにも傑物は居るものですね。彼はテラリスの研究者達にも劣らない知能を持っているようです」


「そ、そうですか……良かったです」



 教授の作った怪しげな装置がまともに機能しているのも珍しいが、あの偏屈な教授と波長が合うとは、流石は四大起源きってのひねくれ者と言ったところか……。



「おはようございます。アリアさん。お久しぶりですね」



 今度はイドラと逆側から声が掛けられた。



「ゴルドフ。久しぶりです。貴方も元気そうで何よりです」



 ――第五部隊部隊長、ゴルドフ・ベルクリンゲン。皇国での戦争介入には参加していなかったが、彼は防衛力と持久戦に優れた第五部隊を率いている。第五部隊は基本的に、このエネイブル諸島連合王国から出る事は滅多に無く、国から依頼されている国家防衛の要でもある。

 基本的には、他国から依頼された仕事は第一から第四までの部隊や、団員単位で引受ける。そして、エネイブル国内での依頼は第五部隊が遂行するのが基本スタンスだが、その中でもこのゴルドフは首都ナスルーリアからは動かず、常に侵略への警戒を行っている。



「サフィリア団長の件、本当に残念でした。……私が戦場に赴いていれば、多少なり役には立てたと思うのですが……」


「確かに貴方が居てくれたら、状況は変わった部分もあるかもしれません。ですが、我らの誰もがサフィリアを失うとは思ってもみなかった事ですし、何より貴方には貴方の役目があった……それは仕方のない事でしょう」



 私の言葉に、ゴルドフは苦笑する。



「防衛任務を軽んじるわけではありませんが、戦地に赴けぬ歯痒さもありますがね」



 ゴルドフはゴルドフなりの葛藤があるようだ。確かに知略、戦略に優れる彼にしてみれば前線指揮に参加できぬということも思うところはあるだろう。

 だが、裏を返せばそれは、サフィリアが拠点を……ひいては母国を護るにおいて、彼に強い信頼をおいていたという事に他ならない。

 それは部隊長として、誇れる事なのではないだろうかと私は思う。



「やぁ、皆おはよう。揃ってるかな?」



 スティルナがにこやかに会議室に入室してくると、その後ろに教授が続いて入って来て、イドラの隣に腰を下ろした。教授とイドラは軽く会釈して笑みを浮かべている。知らぬ間に随分と仲が良くなったものだ。



「よし……じゃあ、早速始めようか。今日、皆に集まってもらったのは、他でも無い。今後の『紅の黎明』の行動についてだけど」



 スティルナが話を切り出し、ここに集まった全員が黙してスティルナに視線を集めている。



「先ずは、人事変更と新しく入団した者達の編成を伝えるね。初めに、私が総隊長をしていた補給部隊の新たな総隊長として、サフィリアとイーリスの父君であるベルメティオ殿にお願いした。以降宜しくお願いします」


「ベルメティオです。もはや老骨の身でございますが、補給指揮にあたらせていただきます。どうか、宜しくお願いします」



 スティルナの紹介でベルメティオが挨拶をする。齢六十を超えているが、まだまだ若々しく見え、エネイブルにおける一貴族の当主として品があり凛とした佇まいは、なんとも頼もしく感じられる。



「それから――新規で、アリアと共に戦術顧問として参入した、イドラ・アウローラ」


「イドラと申します。アリアン……いえ、アリアとは古い友人の様なもので、戦闘技術も彼女と同等だと思って下さい。まぁ、現在は怪我が酷く戦闘ができる状態ではありませんが。どうか、宜しくお願いします。皆さん」



 イドラは恭しく一礼し、椅子に座り直す。ルーファスが鋭い視線でイドラを睨み付けたが、イドラはどこ吹く風とそれを無視していた。



「それから、新規の入団員として、先ずはヴェンダー・ジーン……彼の配属は第二部隊にしようと思ったんだけど、彼は部隊には配属させない。それについては、ちょっと後で話すよ」



 ――? 確かにヴェンダーの特性を考えれば、後方支援や長距離戦闘に長けた第二部隊は適正だと思うが……。



「それから――。もう一人、入団希望者が居るんだ。入ってくれるかな?」


「はい」



 ドアの向こうから、若い男の声が聞こえる……。私には聞き覚えの無い声だが、ヨハンとベルメティオが微かに反応を見せた。

 ドアが開き、その男が入室してくる。容姿は色素の薄い水色の髪をバンダナであげており、その顔付きはかなりの美男子。灰白色のコートを羽織っており、どうやら左腕は義手の様だが……あの義手はまさか。



「シオン……」



 ヨハンが目を見開き、その名を口にする。

 シオン……。確か、サフィリアの元片腕で『血旋騎』の異名を持つ高位傭兵だったか。彼は、スティルナの隣に並び、深くお辞儀をした。



「シオン・オルランドです。今回、紅の黎明に入団させていただきたく参じました」


「知っている人も居ると思うけど……」


「なんで……! サフィリア団長の義手を、貴方がその腕に着けているんですか……!?」



 スティルナを遮り、ミエルが凄絶な眼差しをシオンに向ける。



「……皇都での戦いの際、僕はサフィリア団長と戦って、敗けた。その時、僕はサフィリア団長の腕を斬ったけれど、サフィリア団長もまた僕の腕を斬った。……その時に、頂いた物だよ」



 確かに、サフィリアが私やリノンの元へ現れた時には、義手をしておらず、隻腕だった。もし、義手とはいえ、両腕だったなら……いや、そんな事を考えても意味等なさない。


 ミエルは更に、強烈な殺気をシオンに向け放つが、シオンは真顔でそれを受け止めている。



「もし、貴方がサフィリア団長と戦わなかったなら……団長は死ななかったかもしれないのに……!」



 ミエルは歯を食いしばり、口の端から血の筋を流す。下手をすると、この場で襲いかかりかねない程の殺意を放っている。



「止せ、クーヴェル。気持ちは分かるが、この男に恨み言を言っても、姉さんは生き返りはしない」


「だからといって……!!」



 イーリスがミエルを静止するが、ミエルはやはり納得できていないようだ。

 ……尤も、表出させていないだけで、ここにいる人間の殆どがミエルと同じ感情を感じている所はあるだろう。



「ミエル。君の気持ちは分かるよ。でも……これからの紅の黎明には、戦力が必要だ。

 今の彼は、おそらく私よりも強い。そんなやつが入団したいと言ってきているんだ。それに、これは彼なりの罪滅ぼしでもあるんだろう。どうか、受け入れてやって欲しい」



 スティルナがミエルに、他の幹部達に向け頭を下げる。



「スティルナ団長は……嘘つきですよ……」



 ミエルは眉尻を下げ呟くと、糸が切れたように席に着いた。ミエルの事だ、今感情的になった際、例の心を理解する力が発動してしまったのだろう。

 それで、スティルナの心境も見てしまったといったところか。



「確かに、サフィリア団長は、僕と戦った時に、今まで人に向けた事は無いと言った蒼黒い焔で、僕と戦ってくれました。それが、かなりの消耗をサフィリア団長に齎したのは間違いないでしょう。だから……貴方方がもし、僕を殺したいと言うなら、ここで殺してくれても構いません。

 でも、もし入団を認めてくれるというのなら、僕は、この身が灼ききれるまで、紅の黎明の為に戦い抜くと誓います。僕の敬愛するサフィリア・フォルネージュの名にかけて」



 シオンが言い切った刹那、ミエルが一気に疾走し、両腕のブレードガンを交差させシオンの首元に向け振るう。

 それをシオンは瞑目し、受け入れ――首筋に刃が僅かに入ったところで、動きを止めた。



「……本気って、コトですか」



 ミエルのその言葉が、死を受け入れる事か、紅の黎明の為に戦い抜くという言葉に向けたものなのかは、分からない。



「それが、僕があの人から受け継いだ意志だから」



 ミエルはブレードガンを腰に納めると、思いきりシオンの頬を拳で殴りつけた。肉と肉が激しくぶつかる鈍い音が室内に響き、シオンは奥の壁に激しく背を打った。

 


「とりあえず、これで溜飲を下げておきます……でも、全部納得したわけじゃありませんから」


「……ああ。……済まない」



 ミエルは席に戻り、シオンは殴られた頬に手を当てた。

 ミエルの言は、ここにいる者達なら、大なり小なり持っていたものだろう。もしかすると、ミエルは敢えてこの役を買って出たのかもしれないな。



「ふむ、もういいかな? シオンの配属先だけど、ヴェンダーと同じで既存の部隊には配属させない。

 結論から言えば、新しく部隊を新設する」


「新規の部隊……ですか」



 スティルナの言葉にルーファスが反応を見せた。



「そう。ずばり言えば、特務部隊。私の直属部隊として働いて貰う。ま、給金は皆と一緒だけどね」



 すこし張り詰めた空気を弛緩させたいのか、スティルナはおどけた調子で口を開く。



「ここに、シオンとヴェンダー。それからアリアも入って貰う。まぁ、部隊として機能するのは些か先になるだろうけどね」 


「と、言うと?」



 私が先を促せば、スティルナは胸の前で腕を組んだ。



「それはね、暫く紅の黎明は、傭兵団としての活動を休業するからだよ」


 

 

 



 

 

 

 

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