第九十四話 新しい仲間
我々は、エネイブル諸島連合王国の首都『ナスルーリア』の一等地に建てられた紅の黎明の本部へと到着すると、現在エネイブルに散らばっていた連絡員や補給部隊員等も含め、サフィリアの葬儀を行った。ガレオンも本作線の協力者であった為、サフィリアの葬儀の後、略式ではあるが本部内で弔われた。
喪主はスティルナが務め、淡々と挨拶等をこなしていった。
サフィリアの葬儀には、フォルネージュ家の者達や、エネイブルの王族の他にどこから聞きつけたのか高位の傭兵達も現れ、皆、その死を悼んでいた。中には何か恨みがあったのか「ロートルがいつまでもしゃしゃるからだ!」等と罵詈雑言を吐く者も居たが、そういった者達には、その都度ミエルが真顔でその者達に近づいていき、耳元で何事かを囁くと、その者達は一様に顔を青くして走り去って行った。
また、ガレオンの葬儀の際も、紅の黎明の団員達や、結構な数のナスルーリアの市民達が献花に現れ、彼の人望の厚さを感じさせられた。
因みに、本来ガレオンに支払われる筈だった報酬は、ガレオンの遺族に支払われる手筈だったが、ガレオンは天涯孤独であった為に身寄りのある者が居らず、そういった者が見つかるまでは一時留保となった。
二人とも遺体も無く、サフィリアは折れた大剣、ガレオンもまた、ヴェンダーに託したと言われている奇剣を遺体の代わりに葬儀に用いた。
やがて葬儀の全てが終わると、ミエルがユマとルーファスを連れ、本部の屋上で煙草を吸っていた私の元へとやってきた。
「葬儀も終わってしまいましたし……これで、もう前を向くしか無くなりましたね」
「そうですね……。未だ、悲愁の思いは絶えませんが、我々は使命を果たさなければなりませんしね」
ミエルが私の隣に並び、フェンスに背をもたれさせながら呟く。私は煙草を携帯灰皿に揉み消しながら彼方の空を睨み付けた。
「顧問。その使命について、明日、団長から今後の方針が語られるそうです。部隊長、副部隊長と各顧問は明朝、九時に本部第一会議室に集まるようにとのことでした」
「今後の方針……ですか」
ルーファスが連絡事項を伝えてくれるが、私は多少なりもどかしい気持ちにさせられる。
――正直、うだうだと行動している位なら、私一人でリノンを救いに行きたい所だ。
だが、起源紋を奪われた今の私では、戯神はおろか、先日戦ったシダーやアイザリア等にも勝てるかは分からない程に、戦闘能力が低下している。
今の状態で行使出来る術は小規模な術のみで、規模の大きい術は発動すらする事ができない。体術や武器術は問題無く扱えるが、それだけだ。
紅の黎明で言えば、副部隊長クラスにはなんとか勝てるかもしれないが、部隊長クラスには余裕で負けるだろう。
そんな私が一人先走ったところで、良くて無駄死に……悪ければ、更なる状況の悪化を招きかねない。
となれば、紅の黎明からリノンの救出部隊を編成してもらうしかないのだ。
――しかし、それには懸念がある。リノンを戯神から奪い返すという事は、戯神と……ひいてはあの
イドラの風の力に、私の水の力、更にサフィリアとの戦闘で見せた『豊穣の起源紋』の力……。そのような力の集合体と戦うとなれば、下手に団員クラスの戦力を投入するよりも、強大な戦闘能力を誇る部隊長クラス以上のメンツが数名の精鋭部隊と……出来れば加わって欲しいのが、スティルナの存在だ。
「顧問、今すぐにでもリノちゃんを助けに行きたいんでしょうけど、万全を期す為には、多少休む事も必要ですよ」
「……それもそうですね。判断力まで低下しては、足手まといにしかなりませんしね」
私が自嘲気味にボヤけば、ミエル達は多少困った顔をした。
我ながら大人気ない事をしてしまったものだと、更に自らを内心で嘲っていれば、屋上にふわりと風が吹き、その風に乗って全身をギプスと包帯で固められた若草色の長髪を風にたなびかせた男が、空を飛んでやってきた。
「全く。何をいじけているんですか、アリアンロード。勢いだけが取り柄の貴女がしょぼくれていては、只の暗くて陰鬱な、酒と煙草と博打におぼれた駄目な女でしかないでしょう」
「んなっ……!? イドラ!?」
風に乗り宙を舞う、この失礼でいやみったらしいメガネ男は『
皇都の戦いにおいて、リノンに敗北し、従属する立場になったとは聞いていたが……。
「一応、私は勝負に負けた身ですからね。
「……リノンは、まだフリーランスですよ」
私の返しに、イドラは眼鏡を指で上げながら、ため息を吐いた。
「はぁ。アリアンロード。そういう屁理屈の様なものは求めていないのですよ。戯神の思惑を潰したいのなら、変な方向に頭を使わずに、もっとクリアに脳を働かせなさい」
「顧問……なんですか、この失礼な方は」
イドラの嫌味にルーファスが反応した。
「この男はイドラ。私の同僚……いや、古い友人の様なものです」
「そうですか。友人。ほう……貴方は友である筈の顧問を、出会い頭に侮辱するのか?
……不快だな。女性は敬うものだ。謝罪を要求する」
ルーファスはイドラの態度が癇に障ったのか、不快感をその端正な顔に押し出し、イドラに謝罪を要求した。
しかし、イドラは肩をすくめ視線を細めた。
「アリアンロード。身内の躾くらい、済ませておくべきでしたね。フェミニズムを気取るのは勝手ですが、そんなのは個人で勝手にやって下さい。
貴方が思うよりも、私とアリアンロードは浅はかな関係では無いのですよ」
「わぁお」
イドラの言葉に、ルーファスは渋面を作り、さらに不快感を強めるが、何故か傍らのユマが顔を手で押さえ妙な声を出した。
ユマが何を考えているのかは、なんとなく想像が付くが、あまりにも馬鹿馬鹿しいので、放置する。ミエルも少し呆れた眼差しをユマに送っている。
「まぁ、くだらない討論はさておき、アリアンロード。私も今後は貴方達に協力するつもりです。まぁ見ての通り、今は全身の骨が砕けているので戦力になるとは思えませんが、頭脳労働くらいはできますから、浅慮で短慮な貴方達の役には立てるはずですよ」
「顧問。この男……殺しても構いませんか?」
「あー……全然良いですよ。と、言いたいところですが、一応は私の家族のようなものなので勘弁してあげて下さい」
イドラの言に、ルーファスが青筋を額に浮かべながら、殺気を顕にする。
私は一応、ルーファスを静止するも、イドラは何故か得意気に微笑っている。こういう所が多くの者に嫌われる原因だろうが、イドラはこの性格を何千年も前から、直すつもりは一切無いのだ。
「まぁ、貴方に私が倒せるかはさておき、私の方からスティルナ殿に、一つ進言しておきました。それも今後の方針に加えて貰える筈ですので」
「ポッと出の分際で、我等が団長に進言とは……礼すら弁えられぬような輩でしたか」
ルーファスが、イドラに対しまたもや噛み付いた。……彼等の相性が悪いのは分かったが、段々と面倒になってきたな。
「ポッと出だろうが、なんだろうが、能力のある者は活かされるべきなのですよ。貴方のようにただ古参ぶり、下の有能な者を活かせないような者が誉れ高き部隊長とは、どうやら紅の黎明という集団も、その程度の集まりに過ぎないんですかねぇ」
「貴様……!」
「あぁ、もういい。黙れ。イドラも、ルーファスもだ。その不快な囀りを今すぐにでも止めれんのなら、私が貴様等の舌を凍らせるぞ」
じろりと二人を睨め付ければ、二人共、バツが悪そうに無言で視線を逸した。
「顧問……カッコいい……」
ユマがまたしてもボソリと呟き、ミエルがそれを横目で見つめている。
「はぁぁぁぁぁ……」
私の人生で一番大きな溜め息は、蒼穹の空へと虚しく流れていった。
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