第九十三話 リノンの生き方
目の前の女性……レイアは、私が『生命の起源者』になると言った。それに至る過程が、彼女が戯神に仕組んだ罠でもあると。
だが、懸念は拭えない。相手は、あの母様ですら敗れた戯神なのだ。
「あれほどの力を持つ戯神が……あなたの罠に気が付かないと?」
レイアは、表情を変えぬまま、口を開く。
「それは大丈夫でしょう。……その為に、私の肉体から起源紋を奪わせたのもありますし、先刻の戦いでも、『豊穣の起源紋』と謳ってその力を利用していましたしね。尤も、戯神も適合者では無い為、あまりうまく機能しては居なかったようですが」
あれほどの力を繰り出しておいて、うまく機能していないというのか……。起源者というのは、やはり恐ろしい程の力を持った存在なんだな。
「それが、本来私にある筈だったものだって言うのは理解したよ。以前、団の技術顧問に私の力は異能に似た力と言われたことがあったけど、異能者にしろ、起源者にしろ、力の根源的ななにか……あなた達の言う起源紋とやらが、本来は存在してる筈だけど、私にも本来あるべきだった
レイアは、私の解釈に首肯する。
「そうですね。分かりやすく言えば、本来は大容量かつ自己充電できる
うーん……分かりやすい……? レイアはモノを例えるのが下手なのだろうか。
少なくとも、私にはよく分からない例えだった。
「まぁ、私の理解で合ってるなら、問題無いよ。……でも、ちょっと、いや……結構気に食わないやつだなぁ。それ」
「?」
レイアは私が不満気に渋面を作ったのを、訝しげに見やる。
「文句を言う訳ではないんだけど……。私、いきなりすごい力あげます〜。なんて言われても、しっくり来ないんだよなぁ。
なんというか、なんの努力も無くすごい強さを得ても、私はその力を自分の力だと誇りたくは無いかな。
私は、自分で努力して得た力を振るいたい。それが私の生き方だから」
私のぼやきに、レイアは唐突に小さく噴き出した。
「ぶふっ……! あぁ、ごめんなさい。なんだか少し、懐かしさを思い出してしまって。
そうでしたね……貴女は、あの二人の子供なんですもんね……」
笑い出しながら、私を見やるレイアの視線に、どこか慈しみの様なものが混じった気がした。
レイアは何故か、少し嬉しげに表情を緩めた。
「なるほど……なるほど、なるほど。分かりました。
なら、私と賭けをしませんか?」
「賭け?」
「ええ。なに、単純な話です。私と戦って貰って、私に勝てたら『生命の起源紋』を貴女に託します」
成程、そう来たか。この展開は……正直嫌いじゃないかな。
「負けたら?」
答えは、なんとなく分かっている。だけど、私は挑戦的に広角を上げながらレイアに視線を向けた。
私の視線を受け止め、レイアもまた、その美貌に似つかわしくない、悪人っぽい……いや、いじめっ子の様な笑みを浮かべる。
「負けたら、貴女はここで終わり。この空間で、貴女が死ぬような事があれば、それは精神の死を意味します。
私に負ければ、二度と貴女の意識は目覚めずに、戯神に肉体を好き勝手に弄くり回され、なんとか自分の計画に組み込む為の
レイアの脅し文句に、私は一瞬、イカれた愛を喚き続けた鋼糸使いの顔が脳裏によぎった。
「それは、なんともゾッとしないね……。それはそれとして、あなたって強いの?」
これもまた、想像はある程度しているが、敢えて問う。拙い駆け引きの様なものだけど、私は何故かレイアの性格が、私に似ているような気がして、この問いにどう答えてくるかも分かる気がした。
「ええ、それなりに強いですよ」
レイアは腰に佩いた長剣を抜くと、半身になり少し腰を落とし、両手で持った剣を身体の後ろに立てて構える。脇構えの体勢から剣を真上に向けて立てた様な、特殊な構えだ。
そして更に――。
「……ッッ!!?」
黄金の蒸気の様なものがレイアから激しく立ち上る。
――あれはまるで私の『行雲流水』だ。
「
ですが、真の豊穣の力。甘く考えない事です」
レイアはこの位、等と言っているが、目の前の黄金の命気……いや、豊穣の力は途轍もないプレッシャーを叩きつけてくる。
肌をじりじりと炙られるような錯覚を覚え、思わず間合いを取りたくなるような圧力を感じる程だ。
「さっきから、なんとなく思ってたんだけれど、キミ……私達の戦いを何処かから覗いてたのかな?」
レイアが使った『神羅万衝』と、私の使う技の術理……十中八九『行雲流水』の事だろうが、それを知っている事と、先刻の戦いで、戯神が
「……それも、私に勝てたらお教えしましょうか」
「あ〜ずるい!」
一瞬、沈黙した後、レイアはいたずらっぽく笑い話を逸した。
――だがまぁ、それでも先ずは良いか。勝ってから、聞き出せばいい話だ。報酬を上乗せさせたと考えよう。
私は、腰から愛刀――父様から受け継いだ『
そして、体の内から湧き出る命気を収束させ、纏う。
「――
白銀の輝きが私を包み込み、レイアの黄金の力とぶつかり合う。
「……本当に大したものです。起源紋を持たぬ身で、それ程に上手く力を制御しているのですから」
「私にとってはこれが当たり前だよ。文字通りの
レイアは私が纏う白銀の命気を見て、その双眸をスッと細めた。
「それでは、じゃあ……始めようか」
「そうですね。言っておきますが、手は抜きません。私は貴女を
レイアからのプレッシャーが更に強くなり、全身の肌が粟立つ。……だが何故か、少しだが精神の高揚を感じる。
強者との戦いに、私の本能が昂っているのだろうか。
「私も、手は抜かないよ」
決して、ナメて戦えるような相手ではない。胸を借りるのではなく、私も殺す気で往く。
「フリーの傭兵、リノン・フォルネージュ」
私が名乗れば、レイアもまたそれに応じた。
「『
「往くよ!!」
「参ります」
開戦の叫びと同時に、白銀と黄金を纏った剣が激しく打ち合わされ、この空間を鮮やかに彩った。
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